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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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14:その後のことⅡ

 

 テーブルに置かれた瞬間、水色の液体が、カッ! と一際強く光った。何に反応したのだろうか。


「二人とも、どうぞめしあがれ」


 お嬢様が愛らしい声で俺達に告げ、再び給仕に戻っていく。


 それを見届け、俺とベイガルさんは揃えたようにテーブルに置かれたカップへと視線を向けた。

 なみなみと注がれ、光り続けるコーヒー。……コーヒーだと思われるもの。


「……これがそうなのか?」

「えぇ、たぶんですが……。ちょっと失礼します」


 一声かけ、上着の内ポケットから小さなナイフを取り出した。

 携帯用のいわゆる折り畳みナイフである。あの一件以降ペンライトだけを頼りにするのも如何なものかと考えはじめ、護身用にと持ち歩いている。

 その刃先を出し、軽く親指の腹に傷をつけた。赤い線が肌の上に走り、ぷつぷつと血の玉が浮かぶ。玉が繋がり血の滲みが激しくなり、むず痒さに似た痛みがじわりと伝い始めた。


 それをじっと見つめ、次いでナイフを置いてカップに持ちかえる。

 淡い水色の液体。軽く揺らせば光が揺らぎ、幻想的な輝きとさえ言えそうだ。

 匂いは……驚くほどに無臭。コーヒーの香りは一切無い。


「……飲むのか」

「……飲みます」


 覚悟を決めた俺の返事に、ベイガルさんが真剣な声色で「骨は拾ってやる」と返してきた。縁起でもない。

 そもそも、確かに飲み物とは思えない液体ではあるものの、これはお嬢様に関与するものだ。俺に害などあるわけがない。

 それに以前に一度舐めたが、その時もこれといった害はなかった。


 だから平気なはず。

 多分。


 そう覚悟を決めて、そっとカップに口をつけた。

 視界に淡い水色の光が広がり、カップを傾けると液体が唇に触れる。淹れたてのコーヒーとは思えない、絶妙な生暖かさだ。

 ゆっくりと口を開けば隙間から口内に流れ込み、そのなんともいえぬ温かさを感じつつ、ゴクリと飲み込んだ。


「お、おい、大丈夫か!」


 俺が飲み込んだのを見て取り、ベイガルさんが真剣な声色で尋ねてくる。

 対して俺は更に二口、三口と飲み進め、ゆっくりとカップをテーブルに置いた。

 深く息を吐き、左手を見せつけるようにベイガルさんの前に差し出した。


 親指の腹にあったナイフの傷が……無くなっている。


 これにはベイガルさんもぎょっとし、俺の手とカップで輝く水色の液体を交互に見た。

 その表情は信じられないと言いたげだが、目の前で実践したのだから信じないわけにもいかないのだろう。「どういう事だ……」と呟かれた声は驚愕の色さえ感じられる。

 そんなベイガルさんの言葉に、俺はなんと返そうかと考え……、


「……もしかして、今になって気付いたんですか」


 と、横から割って入ってきた声に、揃えてそちらを向いた。


 そこに立っていたのはどことなく呆れの表情を浮かべた一人の青年。

 爽やかな見た目、おどけたように肩を竦め、俺達の視線に気付くと穏やかに笑って「こんにちは」と告げてきた。目元がうっすらと青く晴れ、右手の包帯が痛々しい。


 誰か?

 言わずもがな、マイクス君である。


 ベイガルさんが「よぉ」と片手をあげ、俺も「ごきげんよう」と彼に返す。

 もちろんそこに一触即発の雰囲気など無い。それどころかマイクス君は当然のように空いた一脚に腰を下ろして加わってきた。たまたまギルド長と顔馴染みを見つけ雑談に混ざった、あっさりとした彼の態度はその程度だ。


「どうでも良いと言った俺が言うのもなんですが、君もよく当然のように顔を出せますね」

「ここのギルドは僕の仕事場の一つですから。出入り禁止にされなくて助かりました」


 冗談めかしてマイクス君が笑う。

 その態度も声色も相変わらず爽やかな好青年で、先日の一件で見せた攻撃的な一面が嘘のようだ。


 あの事件を言及せず何も変わらずにいるのは彼も同じで、いまだに爽やかな情報屋としてギルドに顔を出している。


 周囲ももちろん彼の本性になど気付くわけがなく、通りがかった冒険者の一人がマイクス君の顔を覗き込んだ。「その怪我どうした?」と尋ねるのは、彼の目元の腫れと手の包帯を言ってるのだろう。

 問われたマイクス君が苦笑を浮かべ、指先で己の目元を軽く掻いた。


「これは……。ちょっと、そまりさんと意見を違えちゃって」


 ぶつかっちゃいました、とマイクス君が眉尻を下げて笑う。

 それを見て、彼に尋ねた冒険者はもちろん、他の者達も顔をしかめ……。


「まじかよ……。自分より年下の戦えないやつを相手にするなんて……」

「元からおかしい奴だと思っていたが、とうとう暴力まで振るったのか……。利き手まで狙うなんてどんだけ性格がねじ曲がってるんだ」

「勝ったも同然なのに馬乗りになって殴り続けた……? なんて極悪非道なんだ……」


 と、俺の評価が一瞬にして地に落ちた。


「濡れ衣すぎる! 言っておきますけど、彼、情報屋とか言いつつ実際は俺と同じぐらい強いんですよ!」


 さすがに濡れ衣で悪評がたつのは気分が悪いと、慌てて弁明する。

 それを聞きながら「ばらさないでくださいよ」と笑うマイクス君のなんと質の悪い事か。目元と利き手の怪我だって、回復能力があるのに残しているのは見せつけるためだ。

 思わず俺が睨みつければ、話を聞いていたベイガルさんが溜息交じりに「そこまでだ」と仲裁に入ってきた。


「みんな、そまりの言ってることは事実だ。マイクスは今まで素性を偽ってきた。実力もそまりの言う通り、この怪我だって治せるのを当てつけに残してるだけだ」


 ベイガルさんの説明に、ギルド内で話を聞いていた者達が意外だとマイクス君に視線を向ける。

 彼はこのギルドの顔馴染。ギルド単位どころか個人相手でも情報の売買を行っていた。そのため顔も広く、今いる殆どと顔見知りといえるだろう。

 そんなマイクス君が、実際は誰よりも強い……と、想像できないのだろう。

 ギルド内の反応を見つつ、次いでベイガルさんが俺の方へと視線を向けた。


「それはそれとして、そまりが性悪野郎だという意見にはおおいに同意する」

「くそ、囮にしたことまだ根に持ってる……!」


 このオッサンモドキ、隙あらば率先して俺の評価を下げにくる。

 それを恨むも、ベイガルさんもましてやマイクス君もどこ吹く風だ。

 そもそも、ベイガルさんを囮にして、さらには勝敗が決したうえでなおマイクス君を殴りまくったのも事実なので否定も出来ない。性悪野郎の自覚はある。

 自覚があるからこそ、ふぅと深く一息ついて、「確かにそうですけど」と答えて話を終いにした。


「驚くほど素直に認めたな」

「えぇ、認めざるを得ないと判断しました。それに、別に誰に性悪野郎と思われても構いませんし」


 俺が絶対視し唯一と考えるのはお嬢様からの評価のみ。

 そう断言すれば、聞いていたマイクス君が楽しそうに笑った。一度は殺意を抱いて殴り合った相手に見せる笑顔ではないが、彼も彼で吹っ切れたのだろう。

 もっとも、いまだ復讐心は収まっていないらしいが、それに関しては俺もベイガルさんも関与しないことにした。彼の暗躍も、こちらの世界の法律に触れない限りは”見て見ぬふり”である。


「見て見ぬふりすらも恨んだ君を、俺達が見て見ぬふりをする……というのも皮肉な話ですね」

「僕としてはこの”見て見ぬふり”は有難いですけどね」


 俺の皮肉に、マイクス君が笑う。

 だが手元にコーヒーカップが一つ置かれると、僅かに笑みを歪めた。

 カップを持ってきたのは西部さんだ。彼女は僅かに臆した様子ながら、震える声で「こんにちは」とマイクス君に挨拶を告げた。

 随分とぎこちない挨拶だが、二人の関係と西部さんの胸の内を思えば当然ともいえる。むしろマイクス君を見てギルドの奥に隠れたっておかしくないのだ。


「何度も言うけど、僕はコーヒーぐらいじゃ考えは改めないよ」


 穏やかに、それでもはっきりとした口調でマイクス君が断言する。

 彼の言う『考えを改める』とは復讐心のことだ。平時こそ爽やかな情報屋として働いているが、その裏ではいまだ霧須武人として復讐行脚の最中にある。

 彼に囚われているかつての級友は何人なのか、どれだけの苦境に立たされているのか、それすらも彼は話そうとしない。


 そんなマイクス君に、西部さんは彼が来ると必ずコーヒーをご馳走していた。

 説得するでもなく、非難するでもなく。ただコーヒーを一杯差し出すのだ。


「わ、私には……こんなことしかできないから……。でも、何もしないままじゃダメだと思って」

「西部さん」

「それじゃ、私、仕事に戻るから。コーヒー、おかわりが欲しかったら言ってね」


 ぎこちない笑顔で挨拶をし、西部さんが仕事場へと戻っていく。

 その後ろ姿を見届け、マイクス君が肩を竦めた。


「あれならいっそ説得でもしてくれた方がマシですね」

「おや、多少は心が揺さぶられるんですか?」

「まさか。そんな簡単にはいきませんよ。ただ希望を言わせてもらうなら……」


 深く息を吐き、マイクス君が手元のコーヒーに視線をやった。

 西部さんが淹れた、贖罪のコーヒーとでも言えるだろうか。ふわりと湯気があがり、ウィンナーが2本浮かんでいる。


 ……そう、ウィンナーが2本浮かんでいるのだ。


「希望を言わせてもらうなら、普通のコーヒーが良いです」

「仕方ありませんよ、可愛いものカフェの人気メニューですから。これがこちらの世界のウィンナーコーヒーです」


 ねぇ、と俺が同意を求めれば、話を聞いていたベイガルさんも頷いて返してきた。

 むしろ彼にしてみれば、これこそがウィンナーコーヒーである。ちなみに本来は生クリームを浮かべたコーヒーの事だと説明をしたのだが、不思議そうな顔でコーヒーに浮いていたウィンナーを食べていた。


 それを話せば、マイクス君が盛大に溜息を吐いた。

 露骨に肩を落とし、ソーサーに添えられていたミニフォークをウィンナーに突き刺した。ぷつと小気味よい音がする。

 そうして眉間に皺を寄せつつウィンナーを食べ「そういえば」と話し出した。


「今日ここに来た理由を忘れるところでした」

「理由?」

「えぇ、そまりさんに負けたことですから、ちゃんと説明しようと思って。ほら、あの夜に俺に聞いてきたでしょう?」


 穏やかにマイクス君が話す。

 それに対して、俺もベイガルさんもいったい何の説明かと彼に視線を向け……、



「元の世界に帰れるかですよ。端的に答えれば『()()()()』」



 という言葉に、揃えて目を丸くさせた。



 俺の手元で水色の液体が光りながら揺れるが、ひとまず今回もまた後回しである。

 先程より光が強くなりカップを揺らしてもないのに水面が揺れているのは、もしかしたら後回しにされていることにご立腹なのかもしれない。



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