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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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13:その後のことⅠ


 あの夜の一件から数日が過ぎた。

 といっても俺達の生活はなんら変わりなく、今日も猫の手ギルドは通常通りの運営をしている。

 可愛いものカフェではオシー達がコロコロと転がり、いかつい冒険者が見た目に似合わぬ溶けた表情でそれを愛でる。エプロンを纏ったお嬢様がパタパタと料理を運び、探し物屋の手が空いた西部さんがそれを手伝う。


 何もかもが変化なく、俺達の様子からあの一件を見い出せという方が無理な話だろう。


 そもそも、マイクス君の正体も彼の魂胆も、すべて他言無用とした。

 ギルドの関係者はもちろん、王都にも報告はしない。あの場にいた者達の胸に秘めることにしたのだ。


「報告しようにも証明するもんが無いからな」


 とは、俺の向かいに座り、オムライスを食べながら書類を眺めるベイガルさん。

 今日もカフェの一角で雑談をしているわけで、この時間もまたあの事件の前後で一切変わりはない。


 ちなみにベイガルさんの言う『証明するものがない』とは、言わずもがなマイクス君についてである。

 彼がいま名乗っている名前も素性も全て偽りであり、その正体は俺達と同じ異なる世界からきた日本人。それどころかすべては彼の復讐心が発端であり、その復讐心を果たすために暗躍している。


 ……と、そんな突拍子の無い話をどう証明しろというのか。

 証拠なんて一つもなく、マイクス君が馬鹿な話だと一蹴してしまえばそれで終わりである。与太話もいいところだ。

 とりわけ、いまだ彼の手中にあるであろう虐めの加害者達に関しては、その存在すらも証明できない。むしろ俺達だって実際の人数を把握できていないのだ。

 仮に彼等が俺達のようにギルドに登録していたり、こちらの世界の善良な人達に保護されていれば話は別だが、あのマイクス君がそんなへまをするとは思えない。


「存在しているかも定かではない『異世界の人間』なんてものを探すほど、こっちの世界も暇じゃないからな」

「行方不明にすらなれないってことですか」


 自業自得とはいえ、哀れなものだ。

 だが哀れとは思えども、探す気にはならないし助けようとも思わない。

 そもそも探そうにも術が無く、手も足も出ないとはまさにこのこと。


 そういうわけで、マイクス君の件については他言せず、このままの生活を続けようという結論に至った。


「まぁ、害の無いやつに関しては平穏に暮らせるように仕組んでるみたいだし、不必要に俺達が手を出さない方が良いだろう。説得しようと介入して強硬手段に取られる、なんて事になったら西部達まで危険に晒しかねないからな」

「そうですね。どうせイレギュラーがあれば俺にやらせるんでしょうし」


 その際に俺が動くか否かは、以前と変わらず報酬次第である。

 ……もしくは、言いくるめられて動くことになるか。

 今までの事を考えれば、自然と俺の眉間に皺が寄った。思わず眉間に手を当てて唸れば、ベイガルさんがどうしたのかと尋ねてくる。


「日頃ベイガルさんに言いくるめられ、武闘会の件では犬童さんに掌で転がされ、すべては裏でマイクス君が糸を引いていた……と考えると、なんだか己の扱いやすさに眩暈が」

「なんだ、そのことか。俺からしてみれば非常に好都合なので別に気にしなくて良いだろ」

「……このオッサンモドキめ」


 ぐぬぬと唸りつつ、ベイガルさんを睨みつける。

 だがいくら俺が睨みつけても、ベイガルさんは詫びることもましてや自分の発言を訂正することもない。それどころか顔すら上げず、手元の書類を読み進めるだけだ。

 その書類だって、足元にオシーが近付いてくるとすぐさま他所に放ってオシーを抱き上げるのだから、相変わらず全てにおいてお座なりである。


 だがきっとこの適当さこそ、マイクス君に仲介役として選ばれた要因なのだろう。

 本来ならば無関係な身で巻き込まれたと憤慨しても良い所なのだが、あまり気にしている様子も無い。

 それでいいのかと問えば、ベイガルさんが僅かに考えを巡らせたのち、溜息交じりに肩を竦めた。


「マイクスとは比べられるほどじゃないが、どうしようもないものを相手に逃げざるを得ないってのは分からなくもないからな。お前だってそうだろ?」

「確かに、差はあれども身に覚えはありますね」

「俺もお前も、逃げた先で過去を捨てて生きることができた。だけどあいつはそうもいかなかったんだろ」


 膝に乗せたオシーを撫でながらベイガルさんが話す。

 どことなく沈んだ声色なのは、マイクス君のことを思っているからか、それとも自分の過去を思い出しているからか。


「ベイガルさんもご実家から逃げたわけですからね。まぁ、逃げきれずにいまだ追いかけられてますけど」

「今の距離を維持することを生涯の目標にしようと思っている……」


 実家のことを思い出したのか、途端にベイガルさんの目から光が無くなった。

 オシーから手を離して胃を押さえるあたり、心の溝はかなり深そうだ。――闘技会の一件以降シアム王子は味をしめたのかやたらとギルドを訪ねてくる。どうしてどこの世界も元凶というのは行動力に溢れているのだろうか――


 そんなお家問題はさておき、己の胃とオシーを交互に撫でるベイガルさんにマイクス君を非難する様子はない。

 同意を求めるような視線を向けられ、俺もコーヒー片手に頷いて返した。

 俺も家族から逃げた身である。正確に言えば爺によって逃がされたと言えるのだか、大まかな部分では同じだ。家族とうまく付き合えず、己の居場所をなくし、絶望し、そして逃げた。

 何か一つでも違えていれば、俺もベイガルさんも不遇の元凶に復讐心を抱き、マイクス君と同じ道を辿っていたかもしれない。


 そういうわけで、どうにも彼を責める気にならずにいた。

 といっても、共感もしないし同情もしない。あくまで『どうでもいい』である。


「幸いお優しいお嬢様は俺の考えに同意してくださっているので、これ以上の言及は不要ですね」


 話しつつチラと視線を向ければ、お嬢様がトレーに乗せたオムライスを運んでいる。

 相変わらず愛らしさの塊だ。そうして手慣れた働きぶりで給仕を終えると、俺の視線に気付いて近付いてきた。

 エプロン姿が輝いて見える。近付く途中、足元で転がっているドラゴン達を華麗にひと撫でする姿はまさに天使。


「そまり、ベイガルさん。飲み物のおかわりはいかが?」

「なんて気の利く店員さんでしょう。では俺は愛情マシマシのコーヒーをお願いします」

「んもう、そまりってば、これ以上の愛を求めるなんて貪欲すぎるわ。でも腕によりをかけて淹れてあげる!!」


 待っててねー!と意気込んでお嬢様がギルドの奥へと向かう。

 ふわりと翻るエプロンのなんと可憐なことか。その愛らしい給仕が俺以外の男に向けられるのは腹立たしいが、お嬢様の働きぶりには感服してしまう。

 そんなお嬢様の、愛情マシマシのコーヒー……。

 想像するだけで表情が緩む。そんな俺を、ベイガルさんがこれ以上ないほどに冷ややかな視線で見つめてきた。


「お前は変わらず気持ち悪いな」

「愛に溢れていると言ってください。今の俺はお嬢様の愛があってこそなんです。……そうだ、愛といえば」


 先日の一件での事を思い出せば、ベイガルさんがどうしたのかと尋ねてきた。


 あの時、マイクス君との一騎打ちで俺は負けかけていた。

 悔しいかなそれは認めざるを得ない。同じ『チート能力』というものらしいが、性能の差で言えばマイクス君の方が優れていた。

 ほぼ同時に地に伏せたものの、あのままでいたら俺は意識を失っていただろう。共に回復能力があっても優劣があるのだから、マイクス君に軍配が上がっていたはずだ。


 ……だがあの時、お嬢様とキスをして、俺は再び立ち上がることができた。


 体の痛みが軽くなり、立ち上がりペンライトを握る力も湧いた。

 あの場では『愛のなせるわざ』と結論付けたが、さすがにそのままで放っておくわけにはいかない。立ち上がった俺を見たマイクス君が何かに気付き、お嬢様を睨みつけていたのだから尚の事。


「俺が立ち上がれたことについて、何かしらお嬢様が関与していると思うんですよ。というか、そうとしか考えられません」

「確かに、あの瞬間お前だけが立ち上がったのはおかしいな」

「ですがお嬢様が何かしら特別な行為をしたとは思えません。むしろ俺が調子乗ったぐらいです」


 あの時、負けを覚悟した俺にお嬢様はキスをしてくれた。

 だがキス自体は初めてではない。ドラゴンの鱗と髭で作ったネックレスを捧げてから幾度か交わしている。都度鋭気を与えてもらっているが、あの時のような明確な回復を感じたことは今までなかった。


 ならばあの時のキスと普段のキス、何が違っていたのか。


 思い当たるのは一つ。

 あの時だけ俺は調子にのった。調子にのって、お嬢様の僅かに開いた唇に……。

 ……と、ここまで話して「この先は」と自らストップをかけた。俺とお嬢様の甘いやりとりを他者に聞かせるのは惜しい。

 もっとも、俺が惜しがろうが、ベイガルさんは冷ややかさに鋭さを加えた眼光で「あの状況でよく調子にのれるな」と言い放ってくるだけなのだが。


「とにかく、あの瞬間の特別なキスが切っ掛けとなれば、俺に一つ考えがあるんです」

「思い当たる節があるのか」

「えぇ、今まで俺達がずっと気にしつつも後回しにしていた問題です」

「後回しにしていた問題……? まさか!」


 俺の話から答えに至ったのか、ベイガルさんが声をあげる。

 それとほぼ同時に「お待たせしました」と可愛らしい声が割って入ってきた。もちろんお嬢様だ。

 トレーに乗っているのは、ベイガルさんがおかわりにと頼んだ紅茶と……、



 そして俺が頼んだ愛情マシマシのコーヒー。



 ……だったであろう、眩く輝く水色の飲み物。

 




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[一言] やっと触れるのかそこにw
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