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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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10:世界で一番

 

 マイクス君の攻撃を、後方へと、囮であるベイガルさんに当たるように受け流す。

 そのたびに彼は慌てて攻撃を止め、氷塊を炎で溶かしたり炎を水で消したりと相殺していた。

 明らかな隙だ。もちろん当人もそれは分かっているのだろう。だが無視出来ず、隙を突かれて俺の攻撃を喰らっては悔し気に歯ぎしりをしている。


 もっとも、彼とてやられっぱなしではない。

 目を見張る速さで短刀を振り下ろしてきたかと思えば、ギリギリそれを避けた俺の隙を狙ってくる。

 短刀に纏わせていた炎が俺の肩を焼き、それに気を取られた瞬間に彼の拳がみぞおちにめり込んだ。

 少年らしい細腕からは想像できない重い一撃。フルスイングした鈍器で殴られたような衝撃に呼吸が出来なくなり、苦しさで喉から詰まった声が漏れる。

 苦痛から体が前のめりになり、倒れかけたところをなんとか一歩踏み出して堪える。


「ぐぅ……。囮を使ってもこれとは、なかなかやりますね」

「そまりさんこそ、こっちが引くくらい容赦なくベイガルを狙いますね」

「使えるものはなんでも使う主義ですから。ベイガルさんが多少怪我をしても……!」


 構わない、と告げると同時に、ペンライトを後方へと振り払う。

 色は緑だ。一瞬にして周囲がざわつき、瞬く間に伸びた草木がベイガルさんへと襲い掛かり……。


 次の瞬間、ゴゥと低い音と共に周囲に湧き上がった炎によって焼き尽くされた。

 マイクス君がベイガルさんを助けるために炎を出したのだ。

 そしてそれは隙となり、俺は一瞬にして彼との距離を詰めるとペンライトでこめかみを狙った。鈍い音と共に、俺の手に殴打の手ごたえが伝ってくる。


 普通であれば意識を飛ばすほどの一撃。

 いや、オレンジ色に灯したペンライトの一撃なのだから、意識を飛ばすどころか頭蓋骨にヒビが入ってもおかしくない。

 だがマイクス君は呻くだけで、それどころかほぼ同時に回し蹴りを決めてきた。モロに脇腹に受けてしまい、俺もバランスを崩しかける。


「……これだけやられたのは人生で初めてかもしれません」


 掠れた声で告げれば、ぐっと息が詰まり咳き込んだ。口の中に鉄臭さが広がり、口元を手で拭えば真っ赤な血が擦れる。

 口の中を切ったのか。それとも内臓をやられたか。

 呼吸のたびにあばらが痛み、左足には火傷のような痺れが続いている。やたらと狙われた首筋に至っては幾度となく切りつけられ火傷を負い、脳にまで響きそうな痛みが終始付きまとって触れればヌルリと血の感覚がした。


 まさに満身創痍。

 だがそれはマイクス君も同じだ。

 負傷も気にせず俺が攻撃に徹しているおかげで、彼の回復も間に合っていない。

 苦し気に息を荒らげ、殴られたばかりのこめかみを片手で押さえている。ふと手元を見て忌々し気に目元をゆがませるのは、血でも滲んでいたか。もしくは痺れで手が震えている可能性もある。……俺みたいに。


「さすがそまりさんですね……。でも、どれだけそまりさんが止めようと、僕は考えを改める気はありませんよ」


 マイクス君が苦しげだが鋭く俺を睨んでくる。

 自分の復讐心はたとえここで打ち倒されても折れやしないと言いたいのだろう。隠しきれなくなった憎悪が瞳に宿っている。


 もっとも、それに対して俺は口内に溜まった血を吐き捨て、


「いや、別に君の復讐に関しては興味が……」


 興味が無いと言いかけ、再び迫ってきた炎の渦に目を見開いた。体中を熱風が襲い、咄嗟に顔を庇う。

 赤く染まった視界に目を細めれば、一瞬だが鈍い銀色の光が走り……、


 短刀を両手で構え、まるで己自身も武器のように身を固めてマイクス君が突出してきた。

 自身の火傷も厭わない強硬手段。より鋭さを増した眼光には、これで仕留めるという狂気にも似た覚悟が感じられ俺の背に寒気を走らせる。


 だが俺もみすみすやられるわけには……、

 と後ずさって躱そうとしたが、後ろに引いた足から力が抜けた。カクンと膝が折れ、視界が一瞬にして揺らぐ。ただでさえ負傷し痺れを訴える限界の近い体。そのうえ熱風を直に浴びて、脳内の判断に四肢が反応しきれなかった。


「……っ!」


 悔やんでも遅い。

 短刀の刃先が俺の胸元に刺さり、服を超え、プツと肌を貫いたのが分かった。肉を切り、その先に更に押し入ってくる。

 熱に似た衝撃が走った。

 だが大人しくその衝撃に喘いでいれば、肌だの肉だのどころか心臓を刺されかねない。

 すぐさま体を反転させて心臓を庇えば、胸元に刺さった刃先が横一線に肌を切り裂いていった。


 激痛に目の前がチカチカと瞬く。

 さすがにこれには耐えきれず、数歩後ずさるとその場に倒れ込んだ。

「そまり!」とお嬢様の悲鳴じみた声が聞こえてくる。その声に応えたいのに息がうまくできず、必死で浅い呼吸をすれば激痛が胸元に走る。


 しまった。炎の目くらましにやられて反応が遅れた。

 深く切られた胸元から血が流れていくのが分かる。心音が体中に響いているように大きく感じられ、脳にまで響いているかのようだ。

 立ち上がれと己に命じても、胸元に置いた手を動かすのがやっと。それすらもヌルリとした血の感覚を伝えるだけでろくに力が入らない。


 次いでドサと何かが崩れる音が聞こえてきた。

 見れば、マイクス君が地に臥せっている。

 ズリとこちらに這いずってはいるものの、その進みも随分と力なく遅い。

 どうやら立ち上がれないのは彼も同じようだ。炎の目くらましから突出するという強硬手段を取ったはいいが、己の体にも限界をきたしたのだろう。

 俺をここまで追い詰めたのに、自身も立ち上がれない。それに対する悔し気な唸り声が聞こえてくる。


「そまり……そまり!」


 倒れた俺を見て耐えきれなくなったのか、お嬢様が俺の名前を呼びながら駆け寄ってくる。

 本当は止めたいところだが、近付いてはいけないと告げることすら今の俺には出来ない。止めようとするも、咳き込んで血を吐くだけだ。


「そまり大丈夫? 私の声、聞こえる?」

「……お嬢様」


 泣きそうなお嬢様の声に、掠れた声でなんとか答える。

 駆け寄ってきたお嬢様が俺の隣にしゃがみこみ、俺の上半身を抱きかかえ。身を起こすことも出来ず、お嬢様の腕に抱かれながら彼女の顔を見上げる。

 青ざめ目尻いっぱいに涙を貯めて、痛々し気に眉根を寄せている。

 泣かしてしまったという罪悪感が、体の痛みを超えて俺の胸を締め付けた。それどころじゃない負傷なのだろうが、俺にとっては俺よりもお嬢様である。

 ゆっくりと腕を上げて頬を指で拭ってやれば、お嬢様の白くきめ細やかな肌の赤い血の跡がついた。


「そまり、もう良いの。無理をしないで」

「ですが……。彼はお嬢様を巻き込んで……」


 だからその落とし前を、と掠れる声で話せば、お嬢様が俺の手を握ってきた。

 彼女の小さな手が俺の手を包み、血で汚れてしまう。


「巻き込まれたなんて思ってないわ。だって、そまりが一緒なら私どこに居たって幸せだもの」

「さすが俺のお嬢様……。あぁでも、くそ、お嬢様の目の前で負けるなんて……」


 情けない、と悔しさで唸る。

 お嬢様にこんなにズタボロで弱った姿を見せるなんて。

 他のどこで情けなく負けたって構わないけれど、お嬢様の前でだけは強く格好よくありたいのに……。

 そう悔やめば、お嬢様が涙で潤んだ目を細めた。今にも泣き出しそうな、それでいて微笑んでいるようにも見える表情。

 そうして愛でるような声色で「馬鹿ね」と告げると、俺の頬をそっと手で押さえゆっくりと顔を寄せ……。


「誰に負けたって誰より弱くたって、世界で一番そまりが好きよ」


 そう告げて、俺の唇にキスをしてきた。


 軽く触れるフレンチキスではなく、押し付けるようにしっかりと。お嬢様の潤った唇が、中途半端に開いていた俺の唇を覆う。

 その心地よさに、朦朧としていた俺の意識が次第に明確になり……。



 そして今が好機と、お嬢様の僅かに開いた唇に舌を入れた。

 薄くて小さな舌に触れる。



「んもー! そまりってばー!」


 お嬢様が怒ると共にパッと顔を放した。青ざめていたのを一瞬にして頬を赤くさせ、なんて愛らしいのだろうか。

 そんなお嬢様を見ていると鋭気が満ち溢れてくる。お嬢様の愛らしい癒しのキスのおかげで、痛みもどこかへ吹っ飛んでいった。

 これぞ愛のなせる業。



 ……いや、冗談ではなく、本当に痛みがどこかへ消えた。




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