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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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09:彼の大事な世界

 


 狙われた喉元を撫でながら、彼の一撃が迷いなく殺しにきていたことを確信する。

 あれをまともに喰らっていたら致命傷間違い無しだ。

 それほどまでに的確だった。元とはいえ高校生男子が狙っていい太刀筋ではない。


「驚くほど明らかに俺を殺そうとしていますよね。力尽くで従わせるんじゃないんですか?」

「大丈夫ですよ。僕もポーションを出せますし、僕なら致命傷でも治せます」

「ポーション……?」


 聞き覚えのない単語に首を傾げて問えば、今度はマイクス君が怪訝な表情を浮かべた。

 その表情は「知らないんですか?」とでも言いたげだが、事実ポーション等というものは知らないのだからしょうがないだろう。マイクス君の話から判断するに回復薬のようなものだろうか。

 だが今はポーションとやらを解明している場合ではない。そう考え、「死んだらどうするんですか」と不満を訴え……、


「……あぁ、そうか、仮に死んでも動かせるのか」


 会話の途中で俺が結論に至れば、刃先を撫でていたマイクス君がゆっくりと一度頷いた。

 仮に俺を殺してしまっても支障はないということだ。


 彼は俺を殺しても亡骸を操れる。

 そんな能力を与えられた者もいたではないか。思い返せば、あの一件も始まりはマイクス君からの依頼だった。

 それを確認すれば、マイクス君が一度肩を竦めた。正解だと話す表情はどことなく罪悪感の色があり溜息も深い。

 曰く、あの一件は彼にとって最初のイレギュラーだったという。ゆえに俺に調整させるしかなく、ベイガルさんを通じてコンタクトを取った……と。


「リコルやラナー達には申し訳ないことをしたと思っています。どうにも僕は鈴原達を信じてしまっていたようで、二人が生きていけるようにと強い能力を与えてしまったんです」

「そういえば、あの二人は本格的な虐めが始まる前に学校に通わなくなったらしいですね。なるほど、霧須武人君にとっては『いじめっ子』ではなく『茶化してくるが良き級友』で止まっていたと」


 彼等が同じ教室に通っていた期間はとりわけ短い。ゆえに付き合いは浅く、心根を知らずにこちらの世界に呼び寄せてしまった。

 死者を操る能力についても、せいぜい死んだ動物を味方につける程度に考えていたらしい。まさかエルフと獣人の墓を掘り返し、あまつ自ら死者を増やそうとするとは考えもしなかったのだという。

 浅はかというなかれ。霧須武人にとって、まだ虐めに至らない時期は思い出補正もされていたのだろう。


 だがその考えが間違いだったと、マイクス君が溜息交じりに話す。

 今の今まで浮かべたことのない後悔と罪悪感の表情。誤った判断でエルフと獣人の森を汚したと、そう重く責任を感じて己を責めているのだ。

 意外だと俺が見つめていると、その視線に気付いたのか、マイクス君が誤魔化すようにパッと表情を変えた。


「そまりさんもチート能力ですから、似たようなことは出来ますよ」

「俺もですか?」

「はい。もちろん僕よりは劣りますけど」


 同じチート能力とはいえ、多少は差をつけておいたという。

 自分が優位に立つためなのか、それともこうなる事を予期していたのか。どちらにせよ、今となっては彼の判断は正しかっただろう。

 見事な危機管理能力と拍手を送っておく。もちろん皮肉だ。


 そんな雑談にも飽きたのか、マイクス君が短刀を構えなおした。

 続きをという事だ。ならばと俺もペンライトを握りなおして応戦の意思を見せる。

 片や鋭利な短刀、片やペンライト。どうにも見た目に差が出てしまうが仕方あるまい。

 それでも今は武器の違いを訴えている場合ではないと、今度は俺から駆け出して距離を詰めた。


 まず一手目は、赤く灯らせたペンライトの周りに炎の膜を張る。

 ゆらゆらと揺れる赤い炎ごとマイクス君の腹にめがけて打ち込み……すんでのところでナイフの刃に止められた。

 高い音が響く。

 それと同時にハラハラと周囲に散るのは、細かな氷の欠片。


「……氷?」


 ならばと俺はペンライトをオレンジ色に切り替え、彼の右肩に狙いをつけて叩き込む。

 だがその一撃すらもナイフの刃に受け止められてしまった。行き場のなくなった自身の力が痺れに変わり、危うくペンライトを落としかける。

 それを力を籠めることでなんとか乗り越えれば、その隙を狙っていたのか、マイクス君の短刀が俺の胸元に迫ってきた。小ぶりな短刀とはいえ、刺されば確実に心臓に到達するだろう。

 のけぞって僅かな距離で躱して、そのまま体を左に捩って右足で上段の回し蹴りを入れる。だがマイクス君はこれを片腕で受け止めてしまった。


「俺の蹴りを受けとめるとは、能力だけってわけでも無さそうですね」

「これでも一応、多少の実戦は経験してきましたから」

「それはお若いのにご苦労を」


 上段交じりに言葉を交わしつつ、青く灯らせたペンライトが一瞬で氷で覆いつくされるのを横目に確認し、今度は上段を狙って叩きつけた。

 狙うは彼のこめかみ。

 だがペンライトが彼に触れる直前、ゾワと俺の背筋に寒気が伝った。


「……っ!」


 息を呑むと同時に、咄嗟に後ろに飛びのく。

 次の瞬間、俺の視界が赤一色に染まった。ゴゥと低い音が耳に響き、それと同時に熱風が体にぶつかる。肌の内まで焼かれるような熱さ。

 炎の渦。それが眼前でうねりをあげ、まるで蜷局を巻く大蛇のように一本の柱となって揺れる。

 一瞬にして口内に熱が入り込み、ヒュッ……とか細い声が俺の喉から漏れた。


 危なかった。


 あの瞬間、咄嗟の危機感に従って飛びのいていなければ、今頃炎の渦のど真ん中だ。この熱量と渦の激しさを見るに、包まれたと察した時には遅いだろう。

 だがその炎の渦も、マイクス君が軽く短刀を振ると一瞬にして消え去ってしまった。

 残されたのは、周囲に漂う熱とゆっくりと掠れていく黒煙。

 それも夜の闇に消えると、再び静けさが漂った。


「なるほど、何から何まで俺の上位互換ですか」


 凄いですね、と軽口を叩きつつ軽く手を振る。

 ペンライトの一撃を受け止められた時の痺れがいまだ残っているのだ。対してマイクス君は平然としているあたり、これに関しても彼の方が上なのだろう。

 息一つ乱していないところを見るに、体力も底なしと見て間違いなさそうだ。


 続ければ続けるだけ、俺が不利になる一方か……。


 それはマイクス君も分かっているのか余裕の笑みを浮かべており、「今度は僕の番ですね」と冷ややかに告げた。

 うっすらと青く光る短刀を構え、駆け出すと同時に俺へと突き出してくる。


 短刀では届かない距離。


 だが甲高い音を響かせ、短刀の刃が一瞬にして伸びた。

 真っすぐに、俺の喉をめがけて。さながら突風が形になって襲ってくるような速さと鋭さ。


「くそっ……!」


 こんな使い方もあるのか、と身を捩って交わすも、首筋を氷の刃が掠めていく。

 一瞬の冷たさ。次いで熱に似た痛みが首筋に伝う。

 だが今はどれだけ切られたかを確認している場合ではない。ペンライトをオレンジに切り替え、横一線に切り倒そうとしてくる氷の刃を打ち砕く。


 大きな破壊音と共に氷の刃が砕かれ……、


 そして砕かれた氷の破片が、その勢いのまま真っすぐに飛んでいった。


 後方へと。

 そこに佇んでいた西部さんが、自分にぶつかると察してか体を強張らせた。

 短い悲鳴が響き、次いで「西部!」と彼女を呼ぶベイガルさんの声が続く。


「杏里ちゃん! ベイガルさん!!」


 次の瞬間に聞こえてきたのは、二人を案じるお嬢様の悲鳴じみた声だ。

 二人はその場にしゃがみ込み、西部さんを庇うように抱きかかえたベイガルさんがグラリとバランスを崩すと地面に倒れ込んだ。

 咄嗟に西部さんを守り、だがよけきれずに氷塊を脇腹にくらったのだろう。うずくまり、痛みに呻く声が聞こえてくる。

 恐怖で呆然としていた西部さんも一呼吸後に事態を察し、悲痛な声でうずくまるベイガルさんを呼んだ。


 しまった、と小さくぼやく。氷の刃を砕く方向を誤った。

 後で文句を言われたら面倒だな、と俺が横目でベイガルさんの様子を窺っていると、微かなためらいの声が聞こえてきた。


「あ、ベイガル……僕……」

「マイクス君?」


 見れば、マイクス君が見てわかるほどに困惑している。

 眉尻を下げてベイガルさんを見つめ、その表情は先程エルフや獣人達の森について話していた時と同じだ。

 見てわかるほどの後悔と罪悪感。大掛かりな復讐劇を迷いなく進めているとは思えない、それどころかかつての姿さえ彷彿とさせる弱々しい表情だ。

 仮に今が平時であれば、いったいどうしたのかと尋ねていただろう。心優しきお嬢様ならば案じてやっていたにちがいない。それほどの変化だ。


 その変化に、俺の中で一つの仮定があがった。


 ベイガルさんはこの件には全くの無関係だ。

 それでも根からの性格ゆえか俺達の面倒を見てくれ、果てにはこの場にまで付き合ってくれている。その面倒見の良さはきっとマイクス君に対しても同じなのだろう。

 マイクス君も書類詐称については呆れたような反応をとっているものの、接する態度には友好と信頼が見て取れる。俺への仲介にベイガルさんを選んだのも信頼からに違いない。


 そんな人物を傷つけてしまった。

 きっとマイクス君の中では、こちらの世界を、逃げた自分を受け入れ生まれ変わらせてくれた世界を傷つけたようにすら感じられているはずだ。

 ゆえに、復讐劇の最中には微塵も抱かなかった罪悪感と後悔が湧いた。


 つまり……、


「本当に、何から何までベイガルさんには感謝しかありませんね」


 そう呟きつつペンライトをオレンジ色に切り替え、いまだ呆然とするマイクス君へと殴り掛かった。

 殴打の寸前で彼がはたと我に返り一撃を避け、次いで氷で覆った短刀で切りつけてくる。

 それを俺はあえて後方へと流すようにして割り砕いた。甲高い音がして氷塊が飛んでいく。


「あっ……!」


 と小さくマイクス君が声をあげ、短刀を振り払うと同時に炎の渦を俺の後方へと出現させた。

 氷塊を溶かしたのだろう。だが俺はそれを確認もせず、ペンライトをマイクス君の腹へとめり込ませた。

 不意打ちをくらい、彼の口から空気が漏れる音がする。目を見開き、倒れこそしないがグラリと体を揺らした。


 ようやく一撃お見舞いできた。

 たかが一撃、されど一撃。


「ベイガルさん、お嬢様から離れてください! 貴方は今から囮です!」


 そう声高に告げつつ、マイクス君の短刀から放たれた炎をペンライトで受け止める。こちらも赤く灯してあえて炎の威力を増させ、わざと後方へと受け流す。

「この薄情者め……」と呻きつつも這いずってお嬢様達から離れるベイガルさんのもとへ……。

 それを見たマイクス君が慌てて短刀を振って炎を消し、そして俺の蹴りを真正面から喰らった。苦し気に呻き、苛立たし気に俺を睨みつけてくる。随分と非難の色が濃い視線だ。


「形勢逆転とまではいかずとも、これで互角ぐらいにはなりましたね」


 ペンライト片手に告げれば、マイクス君が悔し気に小さく舌打ちをした。



 ちなみに背後からは西部さんや犬童さんの「あまりに卑怯」だの「汚い」だのという囁き声が聞こえてくるが、一切俺の耳には届かない。もちろん、律義にお嬢様達から距離を取りつつも「後で覚えてやがれ……」と文句を言ってくるベイガルさんの声も。


 なにせ俺はお嬢様以外どうでもいい。

 むしろ俺の中の天使と悪魔とニャルラトホテプがこの形勢逆転に大はしゃぎ。そこだ殺せと歓声を上げている。


「感謝した矢先に囮にって、よくできますね……」

「えぇ、躊躇なく出来ますよ。そういう俺だからこそ選んだんじゃないですか」


 ねぇ、と同意を求めつつ煽れば、更にマイクス君が悔し気に表情をゆがませ……、



「大人って汚い……」

「凄い、見てあの黒い笑み」

「やっぱりあいつに感謝されると碌なことがない……」



 そして、俺の評価がダダさがりした。

 良いんだ。お嬢様は「悪いそまり……いえ、闇そまり」と言いつつも見守ってくれてるし。




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