08:○○○能力
「俺と同じとは……爽やかな外見のわりに物騒なものをお持ちなんですね……」
なんて恐ろしい……とマイクス君の下半身を見つめつつ告げる。
もはや彼に向けてというより彼の下半身に向けて話しているといった方が正しいだろう。
見れば周囲も俺と同じ気持ちなのか、緊迫した表情をしつつも全員視線の先はマイクス君の下半身だ。――慎みあるお嬢様は両手で目元を隠しながらだが、指の隙間を開けてばっちり見ているのはご愛敬――
そんな視線に居心地の悪さを感じたのか、マイクス君が怪訝そうに周囲を見回した。
真相を暴かれた時でさえ白々しい笑みと態度を貫いていたというのに、今は困惑を隠しきれていない。
「な、なんですか皆さん……」
「いや、まさかマイクス君がそんな荒々しさを宿していたなんて驚きですよ。どれだけ涼しい顔をしても、男は所詮狼というものですね」
「……あの、何の話をしてるんですか」
困惑したまま、マイクス君が身をよじる。注がれる視線から逃れたいのだろう。
どうやら俺達の視線を理解していないらしい。自分で言い出したというのに、むしろ俺を非難するかのような表情を向けてくる。
これはどういう事か。
「なんの話って、マイクス君の能力ですよ。俺と同じものなんでしょう?」
「えぇ、そうです。僕もそまりさんと同じ」
「俺と同じ、ち〇こ能力」
はっきりと俺が告げれば、次の瞬間、シンと周囲が静まり返った。
妙に冷えた風がヒュウと軽い音をたてて吹き抜けていったような気がする。
そんな沈黙を破ったのは、お嬢様の「破廉恥なのは駄目だけど、時と場合によってはやむを得ないのよ」という愛らしい声だった。さすがお嬢様、臨機応変。
それを聞いて我に返ったのか、マイクス君が苛立たし気に「そんな馬鹿な話……!」と声を荒らげた。下腹部を押さえているのは、注がれる視線から己の下半身を庇いたいが、さすがに下半身を手で押さえるわけにはいかないと考えたのだろう。
「変な話をしないでください。今の状況をわかってるんですか?」
「そう怒らないでください。そもそも、能力を振り分けたのはマイクス君でしょう。つまり、俺の下半身に性欲パワーを授けたのも君です」
俺が授かった能力は、お嬢様への湧き上がる欲望が下半身に溜まりドロドロに煮詰まりペンライトでの攻撃に変化するというものだ。
最初はどうして俺だけこんな事案待ったなしな能力なのかと思ったが、これが案外に使い勝手がいい。おかげで、こちらの世界に来てから今日まで、俺はペンライト1本で戦ってきた。
便利な能力を貰ったと感謝を示せば、マイクス君の表情が露骨にひきつった。
「そんな馬鹿々々しい能力、僕が考えるわけないじゃないですか!」
「おや、違うんですか? それなら俺の下半身は……」
今まで味方だと思っていたものがそうではないと知り、疑惑の視線を己の下半身に落とす。いやまぁ、味方云々のまえに俺の体の一部なんだが。――ちなみにお嬢様をはじめ、ベイガルさんや西部さん達までも「違うの?」と顔を見合わせている――
そんな俺の態度が気に入らないのか、マイクス君が苛立ちを隠し切れぬ声色で「いいですか」と言い聞かせるように話しかけてきた。
「僕とそまりさんの能力は、ち……そんな下品な能力じゃありません。チート能力です!」
マイクス君が怒鳴るように断言する。
それを聞き、俺は驚いたと目を丸くさせ……、
「チートって何ですか?」
と、抱いた疑問をそのまま口にした。
俺の背後で、お嬢様達が「何かしら?」「何だろう」と話している。あぁ、右に首を傾げては西部さんに尋ね、左に傾げなおしてはベイガルさんに尋ねるお嬢様のなんと愛らしい事か。
今すぐに抱きしめたい衝動に駆られるが、この衝動は特に能力も何も関係ない、単なる俺の欲望だと先程判明した。ひとまず押さえておこう。
「それで、そのチートとは? 下半身の欲望との関係性は?」
「関係ありません。そもそもチートっていうのは……そまりさん、ゲームってやりますか?」
マイクス君が苛立たしさ交じりに尋ねてくる。
それに対して俺は「ゲーム……」と小さく呟き、眉間に皺を寄せた。なにせ友人はおらず、娯楽とは縁のない人生を送ってきた。『ゲーム』と言われても今一つピンとこない。
そう答えれば、マイクス君がならばとお嬢様達へと視線をやった。誰か一人ぐらい分からないのかと、彼の視線が急かすように俺達を交互に見てくる。
「ゲームと言われましても、マインスイーパーとソリティアぐらいしかやったことがありません」
「私、嗜む程度だけどジェンガを少々」
「あ、あの、私、将棋を打てます……!」
「おや西部さん、将棋ですか。お若いのに珍しいですね」
「杏里ちゃんかっこいいわ!」
「おじいちゃんが教えてくれて、毎年お正月には親戚皆で将棋大会をするんです」
俺とお嬢様にほめられて、西部さんが照れくさそうに笑う。
そんなやりとりに痺れを切らしたのか、マイクス君が大袈裟に一度咳払いをした。どうやら俺達の挙げたゲームはお気に召さなかったらしい。
そんな中、犬童さんが「チートって……」と窺うような声をあげた。
聞き覚えのある単語のようだが、周囲の視線が自分に向けられると慌てて「詳しいわけじゃないけど」と訂正を入れてきた。
曰く、彼女もゲーム自体はそこまで嗜んではいないようで、そのうえ「社会人の課金力には敵いません」とよくわからない謙遜を見せてきた。
「でもチートっていう単語自体は聞いたことがあります。分かりやすく言うなら、裏技とか反則技みたいな感じですかね。そういうのを違法に手に入れて、他のプレイヤーじゃ手も足も出ない強さでゲームをプレイする人がいるって聞きました」
「ゲーム世界のドーピングみたいなものですか」
「多分それに近いと思います。この場合だと、私達とは比べ物にならないほど強い能力ってことかと……」
犬童さんが伺うようにマイクス君へと視線を向ける。
それに対して、彼はようやくと言いたげにふんと露骨に一息吐くと小さく頷いた。どうやら犬童さんの説明した『チート』というものでおおむね正解らしい。
「そまりさんには、僕の復讐劇をサポートしてもらうためにチート能力を……そうですね、いわば『万能』と言える能力を与えました」
「万能……」
「それと僕にも。つまり今の僕はそまりさんと同じ、むしろ上回っています。そのうえ僕は僕のためにこの能力を使えます」
己には欠点が無いと言いたいのか、マイクス君の表情に余裕の色が戻る。
それと同時に明確な敵意が漂い始め、これにはさすがに俺もペンライトの色を灯した。
答え合わせは終わった。
となれば、これで幕引き……なんてわけにはいかない。それぐらい俺だってわかる。
見ればマイクス君は穏やかな表情こそ浮かべつつ、それでもどこか冷めきった瞳で俺を見つめている。纏う空気は挑発ともいえるだろう。
俺としても、これで「はい解決」とはいかない。
彼の復讐劇はどうでもいい。
だがお嬢様を巻き込んだことについては、落とし前をつけてもらわねば気が済まない。
そう俺が告げれば、マイクス君が僅かに半身よじり……、
次の瞬間、
「でも僕、本当は暴力って嫌いなんですよ」
と、妙に明るい声で告げると同時に、一瞬の速さで俺の目の前に迫ってきた。
駆けるだの飛ぶだのといった表現すら生ぬるい、まるでもとよりそこに居たかのように、俺の目の前でマイクス君が片手を振るう。勢いを殺すことのない動き。
彼の手元が僅かに光った。それが何かまでは判断出来ないが、俺は咄嗟に「何か来る」と察して大きく後ろに飛んだ。
喉元を数センチ離れた先を、ヒュンと何かが掠めていく。
避けられたと察したマイクス君もまた距離を取り、片手に持っていた短刀を構えなおした。
そう、小ぶりながらによく研がれた短刀だ。鋭利な刃が月の光を受けて輝く。護身用として常に服の内にでも隠していたのか、握りなおす手つきには慣れを感じさせる。
一瞬でも俺の反応が遅れれば、あの鋭利な刃で喉元を切り裂かれていただろう。それほどまでに早く、そして無駄のない動きだった。
これは一朝一夕で得られるものではない。
いかに異世界に来て変化を遂げたとしても、たった数年では至らない領域だ。
とりわけ、元が平穏な日本で暮らしていた少年ならなおの事。たった数年ではあのように動けはしない。
だがマイクス君は出来ている。こちらの世界に来て初めて触れたであろう短刀も、まるで長年愛用していたかのように楽に扱い、それどころか手元でクルリと回して見せつけてくる。
なるほど、これがチート能力というものなのだろう。
そしてなんて厄介なのだろうか。




