16:命の恩人は誰か
闘技会の夜から、ちょうど二ヶ月が過ぎた
上津君と柴埼君の保護については、本来であれば王宮から近い施設で徹底したサポートのもと行われる予定だったが、現在はギルドの一室で行われている。
彼等が王宮で保護されることを拒否したのだ。
正確に言うのであれば、西部さんや犬童さんといった知人と離れることを恐怖した。酷い時など、二人とも青ざめて震えだして話すことすら出来なくなってしまう。
そのため、ひとまず二人の心のケアを優先することにしたのだ。
これに関しては話し合いの際シアム王子が十回ほど「彼等のためだ」と言っていたのだが、その瞳が爛々と輝いていたのは言うまでもない。彼からしてみれば、継続してベイガルさんに会う大義名分を得たわけである。
その時のシアム王子の喜びようと言ったらなく、決まるやいなや、上津君達やケアに関する王宮関係者とは別に、自分用に宿を一室長期で借りてしまったほどだ。――そしてその翌日、普段は鍵などかけないベイガルさんの執務室に内鍵が四つ新たに設けられた――
「しかし、上津君達もだいぶ落ち着いてきたようですし、つつがなく終わりそうで良かったですね。若干一名まだ憔悴してますけど」
「これもそまりが闘技会で優勝したおかげよ。さすがそまりね」
嬉しそうにお嬢様が俺を誉めてくれる。なんて光栄なのだろうか。
それを堪能しつつ歩いていると、背後から「お久しぶりです」と声を掛けられた。
マイクス君だ。どうやらこの町に仕事があって来たらしく、相変わらず働き者な彼にお嬢様が優雅に「オムライスぶり」と微笑んだ。
「そまりさん、随分と大変な仕事を請け負っていたんですね。僕も闘技会の事は知っていましたが、まさか今回こんな事になっていたなんて……」
「おやご存じでしたか。さすが情報屋さん」
「誉められるほどじゃありませんよ。今回の件も、さっきベイガルから聞いただけです。……かなり憔悴してましたけど。そのうえ、話してる最中にシアム王子が来たんですが、その瞬間に執務室に逃げていきました」
「お家問題に口を挟むのは野暮というもの、外野は放っておくのが一番です。それに、シアム王子達もそろそろ撤収するでしょうし」
二ヶ月が経ち、上津君達も落ち着き、聞き取りもだいぶ進んだ。
今までは王宮の徹底サポート体制だったが、これならばケア要因を一人残してあとは撤収してもいいだろう……と、これが数日前に下った決断だ。
それを簡単に説明すれば、マイクス君がなるほどと頷いた。
次いで俺達が向かう先へと視線を向ける。
「ところで、お二人はどこに行くんですか?」
「私達はこれから秋奈ちゃんのところに行くの。杏里ちゃんとクッキーを焼いたからお裾分けよ」
お嬢様が嬉しそうに手にしているカゴをマイクス君に見せた。
中には美味しそうなクッキー。午前中、お嬢様はマチカさんの家にお邪魔して西部さんとクッキーを焼いていたのだ。
それを見て、マイクス君が自分もギルドに行った際に西部さんからクッキーを貰ったと苦笑しながら話した。どうやら今日の捜し物屋は依頼するとクッキーを貰えるサービスデイのようだ。
西部さんと一緒とはいえ、お嬢様が焼いたクッキーを俺以外が食べる……。
と考えると不満と嫉妬が溢れ出すが、そこは「ハートの形はそまりにだけ」という甘い言葉で誤魔化される事にしておいた。楽しそうにクッキーを焼き、皆に振る舞いたいと話すお嬢様の清らかさを汚すわけにはいかない。
「せっかくですし、マイクス君も行きますか? 今なら件の少年二人も居ますよ」
「犬童さんのところに居るんですか?」
「数日前から犬童さんの手伝いをしているそうです」
日中とはいえ、女性一人の家に男が二人……。と考えれば危なっかしいが、犬童さんは自宅に居る際、常にドラゴンか猫っぽいものを一匹は家に残している。有事には三メートル越えに巨大化し彼女を助けるのだから、なんとも優れた生き物だ。
ーーちなみに、家に残るドラゴンまたは猫っぽいものは、可愛いものカフェでは非番扱いされている。最近カフェにはコアなファンが付き始め、誰がいつ非番なのかスケジュールの公開してほしいという声もあがっているーー
それを話せば、マイクス君が苦笑を浮かべた。一緒に来るかと尋ねれば、首を横に振る。
「仕事があるので、僕はもう行きます。犬童さん達によろしく伝えておいてください」
「えぇ、かしこまりました。ではまた」
俺が恭しく頭を下げれば、お嬢様がスカートの裾を軽く摘んで優雅に挨拶をした。
犬童さんが住んでいるのは、村から少し離れた場所にある一軒家だ。
といっても楽に行き来できる距離だし、彼女にはドラゴン達がいる。西部さんやお嬢様も頻繁に遊びに行っており、寂しい一人暮らしというわけではない。
そんな犬童さんの家を訪れ、扉を数度ノックする。お嬢様が「秋奈ちゃーん」と可愛らしい声をあげれば、ガチャと音がして扉が開き……。
パタパタと空中で留まる、ぬいぐるみサイズのドラゴンが迎えてくれた。
お嬢様がたまらず抱きつき「優秀!」と誉める。
「お出迎えをしてくれるなんて、可愛いうえにおりこうさん! 秋奈ちゃんはお家の中かしら。秋奈ちゃーん、お邪魔しまーす」
「……なんだか嫌な予感がしますね。お嬢様、とりあえずラベンダーの香りをしみこませたコットンを被ってください」
俺がそっとコットンを取り出せば、お嬢様が鼻を摘んで眉間に皺を寄せることで拒否の姿勢を見せてきた。どうやら以前に香料たっぷりのラベンダーに酔った時のことをまだ覚えているようだ。
ならばせめてとお嬢様の前を歩き、話し声のする一室へと向かい……。
手足を縛られ床に転がされる上津君と、同じように拘束された上に床に置かれた器に顔を突っ込んでいる柴崎君の姿に、開けたばかりの扉をパタンと閉じた。
えらいものを見てしまった。
「そまり、どうしたの?」
「お嬢様、ここは汚れた屋敷です。清らかなお嬢様が居て良い場所ではありません」
即刻出ましょう、と俺が告げるも、部屋の中から犬童さんの声がする。
俺達を歓迎し入ってくるように促してくるが、どうして今の場面を見られて堂々と迎えられるのだろうか。
お嬢様がそわそわと俺と扉を交互に見てくる。ついには扉越しに犬童さんに「クッキーを持ってきたのよ」と話しかけ始めた。
仕方ないと溜息を吐き、お嬢様を庇いつつ再び扉を開ける。
そこではやはり上津君と柴崎君が縛られており、対して犬童さんは一人のんきにペンを手に何やら描いている。
なんとも言えない光景に、お嬢様がコテンと首を傾げた。その仕草は愛らしいが、出来るならば今すぐにその澄んだ瞳を手で覆いたい。
だが慌てる俺とは逆に、お嬢様は三人を見回すと「脱出マジックの練習なのね!」と独自かつ清らかな解釈をした。
これには俺も安堵してしまう。よかった。お嬢様の清らかさは守られた。というより、清らかすぎるあまりに、目の前の光景の汚れに気付かなかったのだ。素晴らしい。
「しかし犬童さん、なんてものをお嬢様に見せるんですか」
「なんてものって、これは次の原稿に必要なんです。次は監禁もので、上津君にはあの状況から立ち上がって逃げるまでを、柴崎君にはあの状況で這い蹲ってご飯を食べる姿を再現してもらってます」
「高校生がそんなマニアックなもの描かないでください。というか上津君も柴崎君も転がってビタビタ跳ねてるだけじゃないですか」
チラと横目で床に転がる二人を見れば、上津君は立ち上がろうとしつつも「足がつる!」と悲鳴をあげ、柴崎君に至っては時折器から顔を上げては「シチューに溺れる……」と呻いている。
それでも律儀に二人とも自分の役割をこなそうとしているのは、元々自分達を助けるように俺に言ってきたのが犬童さんと知ったからだろう。彼等からしてみれば命の恩人である。
「そういえば、そもそも犬童さんはデッサン人形が欲しいって言ってましたね。なるほど、指示通りに動くデッサン人形がニ体」
「便利で助かってます。それに、原稿を笑う者は原稿に泣く、これは原稿の神様が彼等に下した罰です」
「彼等も面倒な人に助けられたものですね」
「助けたのはそまりさんじゃないですか」
犬童さんが訂正してくる。
確かに、彼女の提案とはいえーー詳しく言うならば口車に乗せられたのだがーー俺が闘技会に出場することになった。シアム王子達も一枚噛んできたとはいえ、結果的に戦い勝利したのは俺だ。
一連の流れを見れば、上津君と柴崎君を助けたのは俺だと言える。
……だけど。
「彼等を助けたのは間違いなく犬童さんです」
きっぱりと断言する。
犬童さんが不思議そうに俺を見上げ「そうですか……」と呟いた。俺の断言に今一つ腑に落ちないが、無理に訂正して続ける話題でもないと考えたのだろう。
次いでお嬢様へと向き直り「紅茶を淹れるね」と話しかけた。上津君達を脱出マジックの練習と考え見守っていたお嬢様がパッと表情を明るくさせる。
「私も紅茶を淹れるの手伝うわ!」
「それならお願いしようかな。そまりさんは二人の拘束解いておいてください」
「さらっと嫌な役割押しつけてきますね」
出来れば視界には入れないようにしたかったのに……と呟くも、犬童さんはさっさとキッチンへと向かってしまう。そのあとをお嬢様がパタパタと追いかけていく。
残された俺は仕方ないと肩を竦め、ペンライトを片手に上津君と柴崎君へと歩み寄った。床でびたびたのたうっていた二人が、ようやく解放されると安堵の表情で俺を見上げてくる。
「生けるデッサン人形扱いは同情しますが、そもそも自業自得ですし、それに前に比べれば良い生活でしょう」
「それはもちろん、犬童には感謝してます。なぁ柴崎」
解放された上津君が同意を求めれば、シチューまみれになった顔を拭いていた柴崎君が頷いて返してきた。
次いで彼等が俺にお礼を告げてくる。
闘技会の日から二ヶ月、落ち着くとともに自分達の置かれていた境遇を知った彼等はことあるごとに感謝を告げてくる。
小津戸高校にいたころは自分より弱い者をからかったり嫌がらせをしたりとひねくれていたようだが、過酷な境遇に置かれ、不条理な暴力に晒され、そこを以前虐げていた者に助けられて改善したようだ。
性根を叩き直された、とでも言うべきか。随分な荒療治ではあるが。
「何度も言いますが、貴方達を助けたのは犬童さんです」
「それは分かってます。でも実際に闘技会で戦ってくれたのはそまりさんですし」
だからと引かぬ上津君達に、俺は肩を竦めて返した。
「確かに戦ったのは俺ですが、たとえ俺が優勝して貴方達を保護したとしても、それだけじゃ救えませんでしたよ」
「……どういう意味ですか?」
上津君と柴崎君が不思議そうに俺を見てくる。
だが俺が返事をするより先に、キッチンからお嬢様と犬童さんが戻ってきた。彼女達が持つトレーには人数分の茶器と、それに器に盛られたクッキー。
お嬢様が「ティータイムよー!」と嬉しそうに茶器を並べ出す。
その隣では、犬童さんがティーポットの中を確認するように覗き込んでいる。微妙にもぐもぐと口を動かしているのは、運んでいる最中にクッキーを食べたからか。
犬童さん自身は気付いていないが、今回の一件、上津君達の命運を左右したのは間違いなく彼女だ。
彼女がいなければ、きっと上津君達は今もまだ苦境に居ただろう。一時的に保護されたとしても、平穏は長くは続かなかったはずだ。
上津君と柴咲君は許された。
いや、許すか否かを犬童さんが託された、というべきか。
その結果が今目の前にあり、そして許されなかった場合どうなるかも俺は知っている。
俺の脳裏に、かつて聞いた少年達の悲鳴と呻き声が蘇る。
彼等はその後どうなったのか。俺の推測が正解ならば、碌な目には合ってないだろう。想像するだけで気分が悪くなる。
今になって考えると、いっそあの場で息の根を止めてやるのが慈悲だったのかもしれない。
……だけど。
「そうと分かっても、慈悲を掛けてやる義理も無ければ、助け出してやる気もさらさらない。……と、だからこそ俺が選ばれたわけだ」
なるほどね、と呟くのとほぼ同時に、お茶の用意ができたとお嬢様が声を掛けてきた。
これにて第5章終了です。
次話からいよいよ最終章!
最後までお付き合い頂けると幸いです。




