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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第五章

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13:ルール無用のスイカ割り



「そまり、頑張れ♪ そまり、頑張れ♪ わぁー!」


 と、お嬢様の愛らしい歌声が聞こえてくる。

 それを彩るように聞こえてくるシャンシャンという音は、お嬢様が手にしているポンポンが揺れる音だ。

 鈴の音のようなお嬢様の声が、軽やかで高いポンポンの音に乗って俺の耳に届く。なんて最高な環境だろう。聴覚が幸福で満たされていく。

 ちなみにお嬢様は応援の際、一回目の「そまり、頑張れ♪」で体を右に寄せてポンポンを振り、二回目の「そまり、頑張れ♪」で今度は左に寄り、最後の「わぁー!」という歓声で両手のポンポンを頭上で振っている。

 その姿はまさに舞姫。世界中のダンサーが束になっても敵うまい。


「あぁ、俺のために華麗に舞うお嬢様のなんて美しい……。お嬢様を見ているとその魅力でクラクラしてしまいますね」

「そのクラクラしているのは、俺の毒が効いてきたからなんだがな」

「お嬢様の姿が靄がかり、なんて神秘的なんでしょう。はっきりと見えるお嬢様も愛らしいですが、ベール掛かったお嬢様もまた一興」

「視界が揺らいできたな。毒が回ってきたか」

「お嬢様を見つめていたら吐き気が……。もしやお嬢様の清らかさに当てられて、体が毒素を吐き出そうとしている……? なんてこったお嬢様にはデトックス効果まで! ……いやさすがに無理があるか」


 うぇ、と小さく呟いて胸元を押さえる。吐き気はあるが嘔吐まではいかない、胃もたれを何倍も悪化させたような気持ち悪さだ。

 どうやら今回の俺の試合相手は毒を使うらしい。開戦早々に吹きかけられ、とっさに避けたものの僅かに吸い込んでしまった。油断していた。

 だが幸い被害は軽いもののようだ。

 対戦相手の男曰く、扱う毒の種類は様々で、相手の感覚を鈍らせたり体を痺れさせたりと多種にわたる。なかでも闘技会でメインとして扱う毒は『相手の動きが鈍る』程度のものだ。それも俺は微量にしか接種していない。


 こういった特殊な特殊な戦法を使うものは、相手に手の内を悟られると不利になる。

 一瞬で相手がぶっ倒れるような効果の強いものを使えば、その試合こそ勝てても次からは相手が警戒してくるからだ。『毒を使う』と分かれば相手だって対策を練るというもの。

 ゆえに、出来る限り手の内を察せられない軽度におさえるのだ。


「だがお前は何をしてくるか分からねぇからな。普段より少し強めの毒を使わせてもらった」

「そんな……。全参加者中、俺が一番節度があり紳士的なはずなのに……なぜ……」

「余所見しっぱなしで浮かれ騒いでよく分からん仕草して、あげくに容赦なく相手を叩き潰して最後に煽る。『過去の闘技会でも例のないイカれ野郎』って言われてるぞ」

「お嬢様への愛で溢れているばっかりに……。あ、本格的に視界が揺らいできた」


 ぐらぐらと頭を揺さぶられているような感覚。視界も移ろいで気持ち悪さが増していく。

 視界の靄が強まり、目の前の男の輪郭も朧気だ。毒は時間が経てば抜けていくと話す声は辛うじて聞こえるが、どんな表情をしているかは分からない。きっと勝ち誇った顔だろうけど。

 しまった、と小さく呟いた。お嬢様が俺を呼ぶ声すらも途切れ途切れに聞こえてくる。


 視界に写っている人物が誰なのか、そもそも人なのか、ものなのか。

 それすらも分からない……。


「これはまずい……。意識が……何が何だか分からなくなってきた……」

「そろそろか。悪いな、なるべく早く終わらせてやる。目が覚めた時には毒も抜けてるはずだ」


 男の声は、まるで既に決着がついたとでも言いたげだ。

 おおかた俺の視界と意識を奪ったことで勝ちを確信したのだろう。現に俺の視界は揺らぎに揺らぎ、もはや人なのか物なのかの区別もつかない。さらには、どちらかを判断する思考もいまは混濁しているのだ。

 ここから殴ってくるかそれとも武器を取り出すか、どちらかは分からないが、今の俺を相手にするのなら楽勝と考えているのだろう。

 ……もっとも、俺は意識と視界が混濁しているだけで、動けないわけではない。そりゃ脳味噌が揺さぶられているような感覚で普段通りに動けと言われれば難しいが。


「俺は、まだ負けていません……」

「無理するな。俺のこともまともに見えてないんだろ」

「えぇ、視界も意識も揺らいで……人かものかすらも……。ですが、視界に映るもの全て殴れば勝てる!!」

「……は?」

「俺の視界に映る、それすなわち攻撃対象! 動くものみな敵!!」


 とりあえず視界にうつった何かをペンライトで殴りつけてみる。

 堅い手応えと衝突音。一瞬目の前が赤く弾けて熱を感じたあたり、どうやらペンライトは赤に設定していたようだ。ーー視界が揺らいで、赤とオレンジの区別が付きにくい。だがどっちも威力が強いので外れは無いかと灯しておいたーー

 次いでカラカラと何かが転がる音がする。この手応えと音は人ではなさそうだ。ステージの一角を殴りつけて壊したのかもしれない。


「おっと、失敗……。次は人に当てなくては……」

「お、おい。無差別は流石に無いだろ」

「無差別ではありません。一応、声のする方を……そこだ! ……ん? なんだこれ、はずれか?」


 目を細めて殴りつけたものを凝視する。

 人の姿のように見えるが、別の方向から「今試合を終えた奴だ」と対戦相手の引き気味の声が聞こえてきた。人にはあてられたが、どうやらはずれらしい。


「どんまい、俺。切り替えて次に……今度こそ!」


 ペンライトを切り替えつつ、再び視界に入り込んだものを全力で殴りつける。

 だが手応えは人よりも堅い。今回も外れだ。

 靄がかる俺の意識の中、ざわつきが聞こえてくる。止めるべきかという声も聞こえてくるが、実際に行動に出る物は居なさそうだ。「離れた方が良さそうだ」という声は聞こえてくる。賢明な判断である。


 この闘技会にルールは無い。相手を殺してしまっても隠蔽してくれる。

 いわば無秩序、つまりやりたい放題。ステージこそあるが場外負けなんてものはなく、もちろん乱闘になっても咎められない。そもそも咎めるための基準が無いのだ。

 国とギルドの目を盗んで戦うような血の気の多い者の集まりだ。「戦う時は試合相手と正々堂々と」なんて清らかさは無く、次の試合が待てずに争う者だって居た。


「つまり俺は誰を殴ろうと反則負けにはならない。貴方に当たって勝つまで視界に入るものを殴り続ければ俺が勝ちます! ……ん?」


 ふと、俺の耳になにやら聞こえてきた。

 遠くから俺を呼ぶ、可憐で儚い声……。「そまり、右よー」というこの声は……。


「お嬢様、お嬢様が俺を誘導してくれている! 右ですね、右!」

「また一人逃げ遅れた奴が……」

「お嬢様の愛らしい声がさまよう俺を導いてくれる。さながら! スイカ! わりの! ように!!」


 豪快な破壊音をあげつつ、お嬢様の案内に従って進みつつ周囲を殴りつけていく。

 どうやら対戦相手の男も逃げているようで、「こっちに来るな!」と彼を罵る声も聞こえてきた。周囲の参加者達も巻き添えはごめんだと思っているのだろう。

 もっともだ。……と思いつつ、また一人殴り倒した。外れだ。


 そうして周囲を破壊しながら一人また一人とペンライトの餌食にし……、


「そまり、いまよー!」


 というお嬢様の声と共に、全力でスイカ……もとい、目の前にうつりこんだ何かをペンライトで殴りつけた。


 打撃の音と共に、低いくぐもった声が聞こえる。

 次いで聞こえたのはドザッと何かが倒れる音だ。俺が誰かを殴り、殴られた相手がその場に倒れた……という事だろう。

 だが問題は誰を殴ったかだ。

 相変わらず俺は視界が揺らいで靄がかり、今足下に転がっているのが誰なのかも分からない。


「さっきの男……のようにも見えるけど、違うようにも見える。念のためあと二・三人近くにいる人を殴っておこうか……」


 用心に越した事はない。

 そう考えペンライトを握り直すのとほぼ同時に、俺の勝利を告げる声が聞こえたきた。




「お前のことを『無差別イカれスイカ割り野郎』って呼んでるのを聞いた」

「試合をこなすごとに俺の評価がボロクソになっていく……。まぁ良いです。事実と言えば事実、スイカ割り野郎ですので」


 否定はするまい、と甘んじて悪評を受け入れる。ーーこれだと俺がスイカ割りが大好きな男に思われそうな気もするがーー

 それに対してベイガルさんは呆れたと言いたげに肩を竦め、次いで顔つきを真剣なものに変えた。どうやら本題に移る気らしい。

 チラと周囲を見回すのは盗み聞きを危惧しているからだろう。

 ただでさえ秘密裏の闘技会、さらに今回はきな臭い賞品が出ている。そこに第二王子兼ギルド長となれば参加者だって警戒して当然だ。


 ……もっとも、警戒しつつも近付いてこないのは、先程俺が暴れに暴れたせいだろうか。

 心なしか、ベイガルさんを見る目には警戒の色を、そして俺に対しては警戒に加えて畏怖に近いものを感じてしまう。

 だがそれもまた好都合だ。


「シアム王子からコラットづてで連絡が来た。騎士隊が行動に出るのは最終戦が終わった瞬間だ」

「最終戦ですか」

「お前が色々と探ってくれたおかげだと言っていたらしい」


 よくやった、とベイガルさんがお座なりに誉めてくる。

 俺としてはオッサンモドキに誉められても嬉しくないし、たぶんベイガルさんも俺が誉められて喜ぶとは思っていないのだろう。そんな適当さだ。


 俺が探りを入れたというのは、この大会の流れについてである。

 いつ賞品が出てくるのか、賞品が管理されている建物は元々なんだったのか、どんな構造なのか……。それとなく聞いて回っておいたのだ。

 もちろん誰もが話してくれるわけではなく、声を掛けても睨んでくるだけの者が殆どだった。この闘技会の性質を考えれば当然。

 だが中には新参者の俺にあれこれと教えてくれる人もいた。きっとハリアンさんのように純粋にこの闘技会を楽しんでいる者達なのだろう。


 そうして聞き出した情報をベイガルさんとコラットさんに伝え、コラットさんからシアム王子に……というわけだ。

 つまり俺は新参者に教えてくれる親切な人達を裏切っているわけだが、その件に関して罪悪感は一切無い。イカれスイカ割り野郎にそんな繊細さが搭載されているわけがない。


「あの建物には隠し通路があるらしいからな。お前が聞き出したものに関しては対処するが、それも全てとは言い切れない。下手に逃げられたら追うのも難しくなる。だが勝者が決まれば賞品を渡すために動くだろう」

「なるほど、そこを一気にって事ですか。確かに動く瞬間を狙うのが一番良さそうですね」

「そういう事だ。合図を出すから、それを見たら相手を倒して優勝しろ」

「俺はお嬢様しか見ませんが」

「だろうと思って、合図役はお嬢さんにしておいた」


 抜かりはない、とベイガルさんが断言する。

 たとえ重要な合図だろうが、俺が一切無視してお嬢様を見つめ続けることを予想していたらしい。察しが良くて助かる。

 だがその合図の内容は……と聞こうとした瞬間、横から声を掛けられた。

 ハリアンさんだ。またも俺を呼びに来てくれたようだ。

 ……もしくは、俺とベイガルさんが話しているのを見て怪しんだか。


「そまり、お前の番だ。次勝てば決勝だぞ」

「もう準決勝ですか。意外と早いものですね」

「お前が残ってるやつらの半数以上を殴りつけて再起不能にしてなけりゃ、あと数試合はあっただろうな」


 ハリアンさんが呆れた声で俺を見てくる。冷ややかな視線だ。

 どうやら俺は先程かなり暴れてしまったらしい。だが視界が揺らいで見えなかったのだから仕方ないだろう。

 それにどのみち俺が優勝するのだから、遅かれ早かれ彼等は倒れていたわけだ。試合で負けて倒れるか、俺に殴り倒されるか、その違いである。微々たる差異。


「では、殴り損ねを処理して……いえ、準決勝に挑んでまいります」


 ベイガルさんとハリアンさんに対して品良く挨拶をしておく。ちょっと言い間違えたが、俺の紳士的な素振りで帳消しされるだろう。

 チラと横目で応援席のお嬢様を見れば、俺の視線に気付いて手を振ってくれた。なんて可愛らしい。そしてどことなくキリリとしているのは、きっと合図役を任された使命感からだろう。

 合図の内容は聞けなかったが、俺がお嬢様の行動を見逃すわけがない。



 そうして準決勝となったのだが、さすがにここまで残っている相手となると中々に腕がたつ。

 だが『そまり 明日の朝食はハムサンドにして』と書かれたうちわを振るお嬢様に応援される俺に敵うわけがない。

 ちなみにハムサンドうちわを振るお嬢様の隣では、西部さんが『そまりさん 今度りんごお裾分けします』と書いたうちわを振っている。もはや伝言だ。

 犬童さんに至っては可愛いものカフェのメンバーを描いたうちわである。俺ですらない。−−だが犬童さんの画力は中々のもので、このうちわは後にカフェに飾られることになった−−


 そんな応援をされながら対戦相手をペンライトで殴りつける。

 腕を壊して攻撃を封じ、次に足を狙う。崩れおちそうになったところを下から打ち上げるように腹を殴り、相手が白目をむいて倒れた瞬間に俺の勝利が決まった。

 お嬢様が歓喜の声をあげ、西部さんに抱き着いている。俺の勝利を喜ぶお嬢様はなんて愛らしいのだろうか。あの姿を見られるなら、俺は何十人だろうと何百人だろうと殴り倒そう。

 ……ひそひそと聞こえてくる『殴打式無差別イカれスイカ割り野郎』という悪評は気にしないでおく。


「なんだ、やっぱりそまりが決勝進出か」

「ハリアンさん」

「相変わらず容赦ない試合だったな」


 呆れ混じりに話しながらハリアンさんがステージに上がってくる。

 チラと一瞥するのは、先程まで俺が戦っていた相手だ。まさに再起不能と言える様子で、闘技会の関係者なのか数人に引きずられステージから去っていった。


「さすが準決勝まで登ってきただけあり、頑なに降参はしませんでしたね。最後まで足掻こうとする姿はお見事です」

「心にもないことをよくもまぁペラペラと言えるもんだ。さて、これでめでたく決勝なわけだが……」


 ハリアンさんの表情がゆっくりと変わっていく。

 先程までの呆れと皮肉を混ぜ合わせたような表情から、次第に冷ややかになり、瞳も鋭さを増していく。静かに、それでも確かに、彼の纏う空気が変わっていく。

 無意識に息を止めてしまうような張り詰めた空気。肌が粟立つとは、こういう事を言うのだろう。


 ここまでお膳立てされれば俺も分かるというもの。


 なにせこの闘技会はルール無用のぶつかりあい、敗者は殆ど再起不能で、まともに喋れる状態なのは勝者のみ。

 そんな惨状の中、ハリアンさんはいまなお平然としているのだ。


 彼がステージに上がってきたのは俺を労うためではない。

 戦うためだ。


「お前も察しがついてるだろ。始めようぜ」


 冷ややかな声と共にハリアンさんが笑った。

 敵意と闘志をこれでもかと含みつつも、どことなく楽しそうな笑みだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] スイカが歩いとる
[一言] ここまで一気に読ませていただいたのですが、すごく、あっもしかして……というのが気になりすぎて次が待ち遠しいです(笑) 主人公のブレなさもすごいですが、ベイガルさんとのいいコンビ感も好きです!…
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