02:オムライスの食べ方
西部さんを先頭に歩き、辿りついたのは一軒のレストラン。さして大きくも無ければ絢爛豪華というわけでもないが、飾られたプレートや扉の両脇に置かれた花が入りやすさを感じさせる。
カントリー調と周囲の雰囲気がよく合っており、こじんまりとした店構えもアットホームさを感じさせる。暖かみのある店だ。
どうやらその趣向はお嬢様の好みに合っていたらしく、お嬢様のダイヤにも勝る瞳が輝きだす。なんて美しい。
「素敵なお店だわ。さぁ皆さん、入りましょう!」
お嬢様が意気揚々と店へと向かう。
俺が先導するように扉を開ければ、カランと鐘の音が鳴った。
昼を過ぎて間もなくという時間ゆえか、席は七割がた埋まっている。大混雑とは言わないがそれでも程よく繁盛はしているようだ。
そんな中、年若い店員がこちらに気付くとパタパタと駆け寄り、四人掛けのテーブルを合わせて席を用意してくれた。
礼を告げて大人しく席に座る西部さんと犬童さんを見る限り、どうやらこの店員は小津戸高校の生徒ではないようだ。席に着いた後も、二人はきょろきょろと周囲を見回している。
「ご学友の姿はありますか?」
「いえ……。でもお店の奥にいるのかもしれないですね。とりあえず注文しましょう」
西部さんが店員からメニューを受け取る。
といってもこの店の食事メニューはオムライスのみらしく、それと飲み物が数種類書かれているだけだ。写真もイラストも無く単語と価格だけのメニュー表は簡素で、迷う要素すらない。
出来立てのレストラン、それももしかしたら異世界から来た者が経営しているかもしれないのだから、メニューの少なさは仕方ない。メニューを選ぶことが大の苦手、どころか一人では出来ない俺にしてみれば好都合とも言える。
店員が一人一人の注文を……といっても、オムライスは固定なので飲み物を確認していく。
そうして最後に「何を描きますか?」と尋ねてきた。曰く、この店ではオムライスにケチャップで絵を描いて出すらしく、何を描くかリクエストを受け付けているらしい。
それを聞いたお嬢様が嬉しそうに表情を明るくさせ、パッと勢いよく手を上げた。
「私、猫ちゃんを! 可愛らしい猫ちゃんをお願いします!」
「はい、畏まりました。猫……可愛らしい猫ちゃんですね」
わざわざ「可愛らしい」を強調して言い直してくれる店員に、お嬢様が嬉しそうに頷いて返す。
なんて可愛らしいのだろうか。可愛らしい猫をリクエストするお嬢様が可愛らしい。オムライス界に舞い降りた輝けるエンジェル。
「杏里ちゃんと秋奈ちゃんは何を描いてもらうの?」
「私は……うさぎにしようかな。こういうの初めてだから何だか恥ずかしいね。秋奈ちゃんはどうする?」
「それなら私もうさぎにしようかな」
照れくさそうに西部さんがリクエストすれば、犬童さんもそれに続く。それを聞いて、店員に「可愛らしいうさぎを二匹で」とリクエストするお嬢様のなんて気の利いた愛らしさだろうか。
西部さんと犬童さんが気恥ずかしそうに、それでも店員に「可愛らしいうさぎですね」と確認されるとはにかみながら頷いて返した。
次いで彼女達の視線が向かうのは、当然俺とマイクス君だ。女性陣の盛り上がりに比べて、それらを眺める俺達のテンションのなんと低い事か。
だがあいにくと俺はオムライスに何を描いて貰うかではしゃげないし、マイクス君も同じらしく苦笑を浮かべている。
「そまりさん、どうします?」
「特にこれといって希望は……。ですがあえて頼むなら、卵を大事そうに抱える雌鳥の絵でもお願いしましょうか」
「なぜよりにもよってそんな残酷な絵を……。そ、それなら僕は無難に犬にでもします」
「雌鳥の瞳は濁ったもので。オムライス全体から絶望の空気が漂うぐらいにしてください。咽び泣く雄鳥も描いて頂ければベストです」
「地獄絵図……。そまりさん、ケチャップの限界を考えてください」
俺のリクエストを、マイクス君が無茶ぶりだと制してくる。
だが確かに趣味は悪いのかもしれない。以前に同僚がオムライスを作ってくれた際にこれをリクエストしたところ、俺だけオムライスのオム抜きを食べさせられた思い出がある。
厨房に戻っていく店員を見つめつつそんな思い出を話せば、お嬢様が懐かしみながら「私のオムはなぜか二枚重ねだったのよ」と教えてくれた。今この異世界においてあの日の俺のオムの行方が判明した。
そんな話をしながら料理を待っていると、「西部ちゃん!」という声が聞こえてきた。
見ればエプロン姿の年若い少女が一人。厨房から顔を出し、今にも泣き出さんばかりの表情でこちらへと駆け寄ってくる。
それを見て、西部さんが「瑠璃ちゃん!」と立ち上がるとともに自らもまた駆け寄っていった。犬童さんも立ち上がり、なぜかお嬢様までもが「瑠璃ちゃん!」と嬉しそうに続く。
どうやら彼女は小津戸高校の生徒のようだ。
「西部ちゃんの声がして、もしかしたらと思ったの……。それに犬童さんまで……!」
「瑠璃ちゃん、会えてよかった……!」
「あ、あのね、雪ちゃんもいるの。今呼んでくるね!」
瑠璃と呼ばれた少女が踵を返して厨房へと戻っていく。
そうしてすぐさま連れてきたのは、同年代の少女。こちらもまた小津戸高校の生徒のようで、二人共同じエプロンをつけている。西部さんが「雪ちゃん!」と名前を呼んで抱きつき、犬童さんも再会を喜んでいる。
なぜかお嬢様も「雪ちゃん、瑠璃ちゃん」と再会を喜んでいるのだが、まぁ今は水を差さない方がいいだろう。初対面なのに再会を喜ぶお嬢様ソーキュート。
そうしてしばらく彼女達の再会を見守っていると、俺達の視線に気付いたのか犬童さんが西部さん達を宥め始めた。
西部さんがはたと我に返り席に着けば、小津戸高校の女生徒二人も騒いでしまった事を店内の客に詫びる。もっとも、事情を知らないながらも客達は年若い少女の再会を微笑ましく見守っているので問題はなさそうだ。
彼女達が素性をばらしているかは定かではないが、少なくとも客には好意的に受け入れられているのだろう。
「まだお店の仕事があるから私達戻らなきゃ。待っててね! 絶対に帰らないでね!」
「うん、大丈夫だよ。私達待ってるから、そうしたらゆっくり話そうね」
名残惜しそうに厨房へと戻っていく二人を、西部さん達が見送る。
そうして誰からともなく一息吐くと、西部さんがそっと指先で己の目元を拭った。どうやら友人との再会で感極まってしまったらしく、犬童さんとお嬢様が優しく彼女を宥める。
「すみません、私……。騒いじゃって……。会えたのが嬉しくてつい」
「仕方ないわ、杏里ちゃん。私だって嬉しくて駆け寄っちゃったもの。考えてみたら初対面だったわ」
「詩音ちゃんありがとう。そうだ、ご飯がくるまでにそまりさん達に二人のことを話しておきますね」
目元をグイと一度拭い、西部さんが表情を明るくさせて俺達へと視線を向けてくる。
それに頷いて返せば、お嬢様が誰よりも意気込み「お願いね!」と声をあげた。
二人の少女の名前は、大場瑠璃と保城雪。やはり小津戸高校の生徒で、犬童さんは一年の時に、西部さんは一年・二年と続けて同じクラスだったという。つまり四人が揃ったのは一年の時だ。ふぅん、と思わず小さく呟いてしまう。
彼女達は調理部に所属しており、休みの日さえも二人で料理教室に通うほどの根からの料理好きな子達らしい。このオムライス屋もそこで培った調理技術があっての事なのだろう。
「一年の時に同じクラス、調理好きで仲の良い二人が一緒にレストラン……ですか。これまたなんたる偶然、いやはや素晴らしい、奇跡のようだ。マイクス君はどう思います?」
「え、僕ですか? いえ、そう言われても……。僕より諾ノ森さんの方が何か分かるんじゃないですか?」
「私はオムオムのなせるわざだと思うの」
「おやまたオム語が。お嬢様、お腹空いたんですか?」
俺が問えば、お嬢様のお腹に住む小鳥がクルルと鳴き声で返事をくれた。
それとほぼ同時に、大場さんと保城さんが厨房から現れた。彼女達が手にしているのはオムライスだ。
どうやら俺達の分らしく、再会した友人に料理を振る舞えると二人とも嬉しそうに笑っている。
「お待たせしました。えっと、まずは猫のリクエストは……」
大場さんがテーブルの一同を見回せば、お嬢様が優雅に片手を挙げた。
慎ましやかなその仕草は諾ノ森を背負う淑女らしく、それでいてオムライスを前にすると「可愛い猫ちゃん」と声を漏らす愛らしさ。続いて西部さんや犬童さん、マイクス君の前へと順にオムライスが配膳されていく。
お嬢様のオムライスに描かれた猫も、そしてうさぎや犬も、ケチャップ画と考えれば見事なものだ。
これならば……
「……た、卵を抱えた雌鳥のリクエストは」
きっと俺のリクエストも期待できるだろう。
「俺です」
「あの、本当に雌鳥で良かったんですか……? 一応、目は塗りつぶしましたけど」
「ありがとうございます。かつて潰えたリクエストが今叶いました」
お礼と共にオムライスを受け取れば、塗りつぶされて光一筋無い雌鳥と目があった。卵もきちんと抱きしめている。
この雌鶏を眺めつつ、卵をふんだんに使ったオムライスを食べる。この妙な背徳感はなんとも言えない。
ちなみにマイクス君はひきつった表情を浮かべており、お嬢様は異世界といえども変わらない俺の趣味にコロコロと笑っている。
西部さんと犬童さんが保城さん達に対して「怖い人じゃないよ」だの「案外に無害だから大丈夫」だのと説明しているのはどう言うことだろうか。あえてフォローを入れるからこその怪しさがあると思うんだが。
「と、とりあえず……あの、ゆっくりしていってください。お店も落ち着いたら他の人に頼んで、私達もお話を聞かせてもらいます。行こう、雪ちゃん」
一度頭を下げて大場さんと保城さんが厨房へと戻っていく。
それを見届け、お嬢様の「いただきまーす」という愛らしい一言で俺達も食事を開始した。
ちなみに俺も迷いの無い一線でオムライスにスプーンをぶっ刺した。もちろん雌鶏が大事に抱える卵に狙いを定めて一直線だ。見せつけるかのように抉って口に運ぶ。
初手はここだと決めていた。
「そまりさん、雌鶏に何か恨みでもあるんですか」
「どうしましたマイクス君、食べないんですか? 未知の料理はお気に召しませんか?」
「いえ、なんでもないです……。なんであれ美味しく食べるのが一番ですね」
マイクス君が引きつったような笑みで俺を見た後、肩を竦めると自分もと続くようにスプーンを手に取る。
そんな彼を眺めつつ、俺はもう一口オムライスを頬張った。




