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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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番外編:西部杏里の穏やかな一日


 

 杏里の朝は早い。

 といっても早起きを心がけているわけではなく、居候先のマチカが早起きなためつられて目が覚めるのだ。

 それに、元いた世界に比べて娯楽の少ないこの世界では、夜は自然と早く寝るようになる。

 携帯も無ければゲームも無く、夕食後にやる事と言えば読書と友人への手紙を書く事ぐらいなのだ。それだって慣れぬ異世界の言語を調べつつなので、夜更かしどころか眠気を誘ってくれる。


「おはようございます、マチカさん」

「おはよう杏里ちゃん、まだ寝ててもいいのに」

「大丈夫です、今日もグッスリ寝ました! このお皿持って行きますね」


 手早く身だしなみを整えて台所へと向かえば、既にマチカが朝食の準備を始めていた。それに並び、準備の終わった皿をテーブルへと運ぶ。

 スライスした肉と野菜をパンで挟んで皿に置き、横にはマッシュルームを添える。スープと、デザートは昨日ご近所さんから貰ったリンゴだ。

 白いご飯とお味噌汁が懐かしくなってしまうが、それでも調理法も味も分からず恐る恐る木の実を口にしていた時とは比べるまでもなく恵まれている。


 そうしてマチカと朝食を取り、鞄をもってギルドへと向かう。

 ちなみに、捜し物屋の仕事道具はあまり無く、必要はものは殆どギルドに置いている。

 おかげで鞄は軽く、中には朝食を用意する傍ら紙袋に詰めた昼食と、小休止に食べるお菓子ぐらいだ。それに今日はリンゴも入っている。


「出勤というよりピクニックかなぁ……」


 そんな事を考えつつ、ギルド猫の手へと向かう。

 まだ時間が早いためギルド内に人は少なく、居るのは夜間の警備と、早朝に出発するため手続きをしに来たものぐらいだ。

 大きなギルドは夜間であろうと時間を問わず受付嬢が居て経営しているらしいが、このギルドの営業時間は決まっている、それ以外でも対応はするが手数料が掛かる。

『急ぎじゃなけりゃ時間内に来い、急ぎならそのぶん報酬が良いはずだから手数料払え』

 というのがギルド長ベイガルの言葉である。


「おはようございます」


 夜間の警備に朝の挨拶を告げ、手早く開店準備に取りかかる。

 それと、ギルド奥にある簡易台所でコーヒーの準備も。ひょいと台所から顔を覗かせて「みなさん飲みますか?」と尋ねれば、居合わせた数人が嬉しそうに手をあげた。


 コーヒーを入れつつカップの準備をし……ふと顔を上げた。

 カリカリと何かをひっかく音が聞こえる。それと、ンナンナと呼ぶような鳴き声。

 その声に呼ばれるように向かったのはギルド長の執務室だ。声はこの室内から、むしろ目の前にしている扉から聞こえてくる。

 だが数度ノックしても返事はなく、「失礼します……」と小さく声をかけてそっと扉を開けた。


 開いた隙間からスルリと出てきたのは猫、ギルド内の可愛いものカフェで働くオシーだ。

 しばらく杏里の足にすり寄り、それだけでは足りないと前足をひっかけて抱っこを強請ってくる。それをひょいと抱き上げ、軽く揺らしながら杏里が室内をのぞき込んだ。


「オシーちゃんおはよう、オシーちゃんがギルドにお泊まりってことは、ベイガルさんも……」

「…………泊まりだ」


 低い声が聞こえ、次いでぬっとベイガルが現れた。

 普段より低い掠れた声、銀の短髪はあちこち跳ねて寝ぐせがついており、緑色の瞳は眠たげ、まさに寝起きといった様子である。ガシガシと雑に頭を掻いて「おはようさん」とおざなりな挨拶を告げてくる。


「おはようございます。また書類仕事で泊まりですか?」

「あぁ、今夜中に仕上げれば王都に行くやつに押しつけられるからな。あーでも駄目だ、眠い……」


 殆ど寝ていないのだろう、ベイガルが大きな欠伸を漏らす。

 声色も口調も眠気が漂っており、立っていても眠ってしまいそうなほどだ。


「家に戻って寝ますか?」

「いや、仕事押しつけたい奴がいるから残る。眠気覚ましに外走って、ついでに朝飯のパンでも買ってくる」

「お布団干しておきますね。あ、あと野菜の入ったパンもちゃんと買わないと駄目ですよ」

「そうだ、朝一で俺宛の荷物が届くはずだから受け取っておいてくれ」

「お野菜のパン」

「あとドラゴンについても調査書出さなきゃいけないから、もし犬童が来たら待たせておいてくれ」

「お野菜のパン!」

「まぁ俺もそんなに長く走ってるわけじゃないし、お前の能力使えばどこにいるか分かるだろ」

「お野菜のー、パーン!」

「分かった! ちゃんと買ってくる!」


 根負けし逃げるようにギルドを出て行くベイガルを見送り、杏里は「健康第一だよねぇ」と腕の中のオシーに声をかけて軽く揺らした。



 煎れておいたコーヒーを配り、ギルドのオープン準備に取りかかる。といっても出来ることはギルド内の掃除や、早めに来てしまった者達への簡単な対応ぐらいだ。

 この世界の仕組みがいまだ理解しきれていない以上、金銭や契約に絡むことは出来ず、それらの書類も扱えない。


「もしこのまま帰れないなら、いずれは出来るようにならなきゃね」


 足下に終始まとわりついてくるオシーに話しかけつつ仕事をこなせば、ギルドの受付嬢達が出勤してきた。

 だが出勤といえどもタイムカードは無く、朝礼なんて堅苦しいものもない。そのうえ皆この町に住んでいる者同士、出勤という単語からくる畏まった空気は無い。

 ギルドの営業開始といってもデパートのように音楽が鳴るわけでもなく、開始ぴったりにチャイムが鳴るわけでもないのだ。ただのんびりと、一人また一人と受付嬢に声をかけて営業開始である。




 そうして受付嬢達の仕事を手伝いつつ、捜し物屋の依頼が入ればそちらの仕事をする。

 そんな中、可愛いものカフェのエリアでコロコロ転がっていたオシーがンニャーンと鳴いた。

 見れば、ギルドの扉をくぐっていそいそとこちらに向かってくる小型ドラゴンやら猫やらの姿。可愛いものカフェのスタッフである。


 ちなみに秋菜の姿はない。

 カフェのオーナーである彼女は接客嫌いで、そのうえ夜まで趣味に没頭するので朝は遅い。いつも寝坊してドラゴン達だけ出勤させるのだ。つまり重役出勤どころか重役出勤拒否。

 ーーちなみにこの可愛い生き物達の出勤風景はギルド猫の手の名物とされている。地味にファンが多く、遠方からわざわざ見に来る者もいるーー


「秋奈ちゃんってばまた今日も寝てるのかな。いつも夜更かししてるみだいだし、時々面倒でご飯食べないって言ってるし、ちゃんとお野菜食べてるかな。……野菜パァーン」

「ちゃんと買ってきた!!」

「あれ、ベイガルさん」


 突然背後から返事がきて慌てて振り返れば、まるで見せつけるように紙袋を差し出してくるベイガルの姿。

 外を走ってついでに水浴びでもしてきたのか、銀の髪が少し濡れている。


「ち、違うんです。ベイガルさんに言ったわけじゃなくて……! 秋奈ちゃんがきちんと食事してるか心配になっただけなんです」

「なんだ、そうなのか。てっきり野菜の入ったもん買ってきたのかチェックさせろって事なのかと思った」

「そこまで厳しくありません……! そうだ、朝食は執務室で食べますか? 可愛いものカフェで食べますか?」

「何人か声かけたいやつがいるからカフェで食う」

「はい、コーヒー用意しますね」

「おう、悪いな」


 早速とカフェのテーブルについて紙袋を開けるベイガルを横目に、杏里がコーヒーを煎れるために台所へと向かう。

 煎れておいたコーヒーをカップに注ぎ、ついでにマチカからもたされたリンゴを切って皿にもる。野菜に果物、完璧だ。


「早寝早起きして、仕事して、健康に気を使って生活してるなんて、お父さんとお母さんが知ったらビックリするだろうなぁ。立派になったって誉めてくれるかな……」


 その光景を想像し、杏里が深く息を吐き……グイと目元を拭った。

 一度ふると首を振り、己の頬をパチンと叩く。


 そうしてギルドへと戻り、ベイガルにコーヒーとリンゴを出し……まるで代わりだと言わんばかりに差し出された紙袋にきょとんと目を丸くさせた。


「なんですか、これ」

「タルト。パン屋で『あんたが野菜の入ったパンを買うってことは、どうせ杏里ちゃんにせっつかれたんだろ。たまには何か買って帰ってやんな』って言われたから」

「いいんですか? わぁ、ありがとうございます!」


 お礼と共に受け取れば、甘い香りがふわりと漂う。焼きたてなのだろうほんのりと温かく、これは直ぐにでも食べたい代物だ。

 だけど小休止の時間にはまだ早い……と時計を見上げた瞬間、


「ギルド長代理、ただいま戻りましたわ!」

「麗しいお嬢様のご帰宅です、誰か花を! レッドカーペットはどこですか!」


 という賑やかな声が響いた。

 ドラゴンスレイヤーの任命式で王都に行っていた詩音とそまりである。町についたあたりで合流したというコラットも詩音の頭上で光っている。

 杏里が「おかえりなさい!」と二人を出迎え、ベイガルが「煩いのが帰ってきた」と悪態をつく。


「詩音ちゃん、おかえり。王都はどうだった? 王子様には会えた?」

「ただいま杏里ちゃん。王都は素敵だったわ、お店がいっぱいで華やかで活気があって……。それに王子様も! そうだわ、お茶にしましょう! お茶を飲みつつ語らせて!」


 キラキラと瞳を輝かせて話す詩音に、杏里が頷いて返す。

 そまりがベイガルの元へと向かうのは、あちらもあちらで報告があるのだろう。そまりの手にはやたらと分厚い便箋があり、どうにもそれを押し付け合っているように見えるが気のせいだろうか。


「そうだ、詩音ちゃんリンゴ食べる?」

「頂いてもいいの?」

「うん、マチカさんが持たせてくれたんだ。私はこれ(タルト)食べよう。王子様の話いっぱい聞かせてね」


 きっと素敵なんだろうなぁ……と杏里が呟きつつ台所へと向かえば、詩音もちょこちょこと着いてくる。

 どうやら彼女は任命式のそまりを思い出しているようで「そまり、素敵だったのよ……」とうっとりとしている。


 そうして少女が二人、紅茶片手にうっとりとしながら会話を弾ませ、時に仕事をこなし、今日もまた平和に一日が終わった。




 猫の手ギルド長に嫁がきた、

 そんな噂が流れるのはもう少し後のことである。



あともう一話、そまりとペンライトの短編を挟んで五章開始の予定です。


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