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06:ギルド『猫の手』


 ワニとワニに乗るお嬢様を運びつつ町へと向かう。

 遠目で見るより建物は多いが、どれも石造りやレンガ造りの建物で、せいぜいが2階や3階建てといったところだ。造りはそれなりにしっかりしているが、高層とも近代的とも言い難い。

 行き交う人々もどことなくレトロな服装をしている。まるで映画の舞台のような、いわゆる中世風。それでいて髪の色は金だの赤だの、はてには青や緑色の髪までいるのだ。面食らってしまうのも無理は無いだろう。


「まるでゲーム世界だ……。お嬢様、俺ドット絵になってませんよね?」

「大丈夫よそまり、3Dよ!」

「よかった。……待てよ、VRという可能性も」


 そんな話をしつつ町へと入れば、ザワと一瞬にして周囲がざわつきだした。

 執事服と学生服という俺達の恰好が浮いているのか、もしくは俺達の会話が異質なのか、はたまたワニのせいか、遠巻きに人が集まりひそひそと小声でなにか話し出す。

 だが誰一人として近付くこともなく声を掛けてくることもない。見世物のようで何だか気分が悪い。

 どうやらお嬢様も居心地の悪さを感じたのか、ぴょんとワニの背から降りて俺の元へと来ると、俺の背に身を隠した。


「余所者には排他的な土地ですかね?」

「困っちゃうわ」


 どうしたものかと悩んでいると、遠巻きの輪から一人の男が駆け寄ってきた。

 この事態を聞きつけたか呼ばれたか、慌てた様子で俺達の方へと向かってくる。

 年は三十前半だろうか。銀色の短い髪に緑色の瞳、堀の深い目鼻立ちをしており、その色あいや顔つきから日本人ではないと一目で分かる。眉間の皺が深く、怪訝そうに俺達とワニの交互に視線をやる。


「おい、それお前達が狩ったのか?」

「Sì, siete di destra」

「ん? どこの言葉だ? 何て言ってるんだ?」

「Est-ce que tu comprends?」

「よその国から来たのか。おい、片言でも良い、こっちの言葉は分かるか?」

「-・- ・-・・ --・ -・・- ---・- 」

「参ったな、言葉が通じない……」


 困ったと男が頭を掻く。

 どうやら俺のイタリア語もフランス語もモールス信号も通じていないようで、困惑を露わにしている。

 はてには周囲に「誰か分かる奴いないか?」と声を掛け始めた。

 対して俺もどうして良いのか分からず、試しにゴート語やヒッタイト語で話しかけようとし……お嬢様に上着の裾を引っ張られた。 


「そまり、日本語よ! 日本語なのよ! 日本語モードに戻って!」


 ペチペチとお嬢様に腕を叩かれ、ようやく俺もはたと我に返りゴート語から日本語に頭を切り替えた。

 男はいまだ「誰か異国の言葉に強いやついないか」と協力を煽っている。……日本語で。

 そう、日本語だ。


「あ、本当だ。通じてますね」

「うわビックリした、突然どうした」

「失礼いたしました。ワニ引き取り業者の方ですか?」

「違う」


 男が即答してくる。どうやらワニ引き取り業者ではないらしい。

 じゃあ一体何の用で……と俺が問えば、男が窺うように俺の全身に視線をやった。


「変わった服装だな。どこからの依頼だ?」

「失礼ですね。俺は平和主義なんでワニを狩るなんて物騒な仕事はしませんよ。このワニはお嬢様を怯えさせたから殴り殺しただけです」

「そっちの方が物騒な気がするんだが? ……とにかく、ここじゃあれだ、ひとまずギルドに来てくれ」

「ギルド? 組合? 労基? 諾ノ森は超絶ホワイトですよ」


 いったいなんで組合に? と俺が首を傾げれば、隣でお嬢様もコテンと首を傾げた。

 だが男は説明は後だとさっさと歩き出してしまう。どうやら説明もすべてそのギルドとやらでするつもりらしい。


「お嬢様、どうしましょうか」

「何か話が聞けるかもしれないわ。行ってみましょう」


 お嬢様が再びワニの背にちょこんと座る。

 ならばと俺はワニの尾を掴み、ズルズルと引きずりながら男の後を追った。




 男の名はベイガル・ラドグール。この町にある『猫の手』というギルドの管理者だという。――ちなみにこのギルド名にお嬢様は嬉しそうに表情を和らげていた。愛らしい――

 ギルドというのは登録した冒険者に仕事を斡旋する組合らしく、狩りも採取もギルドの登録または認可が無ければ行えないらしい。

 その話に、俺とお嬢様が思わず顔を見合わせてしまった。

 ギルドだの冒険者だの、そのうえ当然のように聞いたことのない地名を口にされ、いよいよをもってここが日本では、それどころか俺達の知る世界ではない可能性が高まってくる。


「それで、お前さん達はどこから来たんだ?」

「日本です」

「……ニホン? 聞いたことがないな」


 ベイガルさんが不思議そうに手元の地図に視線をやる。

 どこら辺の国なのか問われても、この地図自体に全く覚えのない俺が分かるわけがない。大陸だの山だの描き込まれ、そのうえ地名も全て見たことのない文字なのだ。

 それを前に動けずにいる俺の様子から察したのか、元より訝し気だったベイガルさんの視線に警戒の色が滲み始める。

 答えをはぐらかしているとでも思われているのだろうか。さすがに異世界から来たとは思うまい。


「そまり、どうしましょうか」


 ついと俺の袖を引っ張り、お嬢様が耳打ちしてくる。


「不用意に喋るのは得策とは思えませんが、右も左も分からない、それどころか右が右で左が左かどうかも定かではない状況で味方が居ないのも不安ですね。幸い、このおっさんはそれなりに身分もありそうでお人好しそうだし、話してもいいかもしれません」

「おい、全部聞こえてるぞ。あとおっさん言うな、俺はまだ23歳だ」

「お人好しそうで地獄耳……23!?」


 思わず声を荒らげれば、お嬢様も甲高い声で悲鳴をあげた。

 だってどう見ても三十代だ。よく言って二十代後半。それが23……俺の二つ年上……これは虹色のワニに引けを取らぬ驚きである。いや、むしろ虹色のワニが霞んでしまう。


「さすが異世界、こんな老けた二十代がいるなんて……!」

「本人を前にして言いたい放題だな……。ん、待てよ異世界?」

「ギルドというのはそれほどに過酷なお仕事なんですか? もし過労が原因というのなら、諾ノ森に転職できるようお父様に口添えしますよ」

「お嬢さんお気遣いどうも。そうじゃなくて、今は俺の年齢よりお前達だ!」


 声を荒らげると共に、ベイガルさんが机を叩く。ドン! と豪快な音で場を改めようとしているのだろう。おまけに眼光鋭く睨み付けてくる。

 その威圧感と言ったらない。元より眉間に刻まれた皺が更に深くなり、まるで唸る猛犬のようだ。とうてい二十代の出せる威圧感ではない。

 そんな威圧感を前に、俺は我に返ると「これは失礼いたしました」と軽く頭を下げた。


「話の腰を折って申し訳ありません。あまりにも驚愕な事実を突きつけられ、我を忘れて驚き慌てふためいてしまいました」

「重ね重ね失礼なやつだな。それで、さっき言った『異世界』っていうのはどういうことだ」


 トントンと指先で机を叩きながらベイガルさんが話を急かしてくる。

 お嬢様を見れば、お茶を運んできた受付嬢から紅茶を受け取るや美味しそうに口をつけているではないか。ティーカップを手にする姿は優雅の一言に尽き、「そまりが話してね」という無言の訴えが聞こえてくる。


「美味しい。そまりも頂いたら?」

「そうですね」


 お嬢様に促され、俺も話し出すまえにお茶を飲もうとし……空のカップに目を丸くさせてしまった。

 受付嬢が「あら」と俺に気付いてまだだと告げてくる。どうやらカップを並べてから順に注いでいくのがこちらの習わしらしい。これは失礼と先走ったことを詫びれば、ベイガルさんが「お茶は逃げないから慌てるな」と茶化すように笑った。

 改めて受付嬢にお茶を淹れてもらい、一口飲んで喉を潤す。

 そして今に至るまでのことを、お嬢様と屋敷に帰ろうとした最中に起こった異変からを話し始めた……。


 四時間かけて。



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