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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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07:全てはお嬢様のため


 熱地帯は足場が酷くぬかるんでいる。底なし沼ではないので沈んだりはしないが、それでも一歩足を出すたびにズブと柔らかな泥を踏む感触は不快でしかない。歩くだけで疲労がたまる。

 だが休もうにも周囲は泥濘。そんな中で進み続け、大木が密集している地帯を見つけるとベイガルさんが足を止めた。元居た世界にはない、枝がやたらと湾曲した木だ。曰く、この木の根本は地面が乾燥して地盤も硬いという。

 なるほど確かにと木の根本に立って頷く。安定感があり、足場も乾いている。


「おっさんの知恵袋ですね」

「そまり、ちょっとそこの泥濘に顔面つっこんでみろ。後ろから押さえてやるから」

「失礼しました。今日はここで休みましょうか」


 ベイガルさんの殺害予告を聞き流し、木の根元に荷物を下ろす。泥濘が続いて小休止でもろくに荷を降ろせなかったため、それだけで体が楽になる。

 それを雑談混じりに話せば「お前も人並みに疲れるんだな」と酷い言葉が返ってきた。

 ベイガルさんはたまに俺を人間扱いしてくれない時がある。まぁ俺も彼を二十代前半扱いしないのでお互い様な気もするけど。


 そんなしょうもない会話をしつつ、寝床の準備をする。といっても俺は今回も木の上で眠る予定なので、準備と言っても木の強度を確かめるだけだ。

 そんな俺の行動を見て、ベイガルさんがテントはどうしたのかと尋ねてきた。

 彼の言うテントとは、以前迷宮に西部さん達を助けに行った際に購入したテントだ。持ち運びもしやすく中も快適、こういった野営には適している。

 ……だけど、


「あれはお嬢様のために買ったものです。お嬢様が外でも快適に眠るためのもの。今はお嬢様が野営ごっこをしたがった時のためにと保管してあります」

「保管って。あれだけで報酬額超えただろ。もったいない」

「好きに仰ってください。あれは野営用テントではなく、俺とお嬢様の愛のテントですから」


 結局あのテントでは俺は寝ていないが、まぁ俺の愛を元に組み立てられお嬢様が寝たのだから、愛のテントといっても過言ではないだろう。それをこんな泥濘で、それも俺一人で使うなんて有り得ない。

 というか俺が眠る場所なんてどこでも良いのだ。お嬢様の快眠は守らなければならないが、俺の睡眠に関してはどうでもいい。必要な睡眠時間をとれれば良い。そこまで俺は気を使えない。


「ベイガルさん、あのテント期待してました? もしかして俺と一緒に寝ようと……いえ一緒に寝るどころか隙を見て俺を襲おうとしてたんですね! この獣!」

「ははは、死ね」

「笑顔でダイレクトに暴言投げつけるのやめてください」


 冗談で言ったつもりがドストレートな暴言で返されてしまった。ベイガルさんのやたらと爽やかな笑顔を見るに、これ以上煽ったら本当に泥濘に顔面を浸されかねない。

 現地調達の泥パック、肌がツヤツヤになる頃には俺の意識は天に召されているだろう。

 それは御免だと話題逸らしに木にぶら下がって強度を確かめれば、ベイガルさんもこの話題を続けるつもりは無いのか明日以降の予定を話し出した。



 そうして寝床の準備も終え、夕食の支度。

 まだ時間は少し早いが、慣れぬ場所ならば手元が明るいうちにやるべき事はすませるに限る。……食べるかどうかは別だが、作っておく分には問題無い。

 だからこそ各々鞄から食べ物を取り出すのだが、俺が簡素なパンを取り出すのを見て、ベイガルさんが「それだけか?」と訝しげに見てきた。ちなみに彼の手元には簡易式ながらコンロと鍋がある。

 野営での食事は睡眠に並んで重要。厳かにすると失敗に繋がりかねない。食材や機材の持ち運びは手間だが、それを蔑ろにすると後々自分に返りかねないのだ。

 とりわけこの熱帯地は立っているだけで汗をかいて披露する。塩気のある食事は必須だ。

 そんな基本的なこと、もちろん理解している。そしてベイガルさんも俺が理解していると分かっているのだろう。だからこそ彼の表情が険しくなる。


「これだけですよ。買ってきても良かったんですが、湿度が高いと保存が難しそうですし。パンならましでしょう」

「でもお前、パンそのままって……」

「お嬢様はお弁当を作るって張り切ってらしたんですけどね。あぁ、お嬢様の手作り弁当……」


 きっとお嬢様の作る弁当は愛にあふれていたに違いない。場所が湿度の高い熱地帯でなければ俺も喜んで食べたのに……。

 そう惜しみつつ、皿代わりの紙にパンを置く。保存を考え何も塗っていないパンだ。元居た世界で言うならば食パンに近いが、それよりも堅く、保存は利くが味は殆どない。本来であればジャムを塗ったりシチューと併せて食べるような代物。

 それだけを夕食に出せば、ベイガルさんがより訝しげに見てくる。

 次いで彼は俺が一向にパンに手を出さないのを見ると、自分の懐から時計を取り出した。時間を確認すると「まだか」と呟く。


 ……何がまだなのか。

 その意味を察して、俺も懐中時計を取り出して頷く。


 まだ夕食の時間ではない。

『夕食の時間にはまだ早い』のではない『まだ夕食の時間ではない』のだ。


 ゆえに俺は取り出したパンを紙にのせたまま、何も出来ずにいる。食べることも出来ない。

 そんな俺を眺めつつ、ベイガルさんが調理を始めた。冒険者時代に野営をこなしてきただけあり手慣れており、小さな鍋に野菜を入れると加減を見ながら味付けをする。パンとスープ、それに保存の利く干した肉。いかにも野営といった食事だ。

 それらを手早く用意し、「お先に」と一言告げて食べ出す。俺はいまだ食べることが出来ず、手持ち無沙汰にぼんやりと周囲を眺めるしかない。


「味付けしたとはいえ物足りないな。やっぱりもう少し持ってくるべきだった。そまり、お前今なにが食いたい」

「お嬢様に最高の夕飯を作って差し上げたいです」

「俺は酒が飲みたいが、お前は今なにが飲みたい」

「お嬢様は紅茶が好きなので、お嬢様に紅茶を淹れてさしあげたいです」

「質問の答えになってないな。お嬢さんじゃなく、お嬢さんのこと抜きで、お前に聞いてるんだ」


 ベイガルさんが食事を進めながら鋭く指摘してくる。

 それに対して俺は何か答えようとし……開いた口は何も紡げず、ただ掠れた「俺は……」という言葉だけを辛うじて発した。


 俺は何を食べたいのか、

 俺は何を飲みたいのか、

 お嬢様抜きで、俺は何を望んでいるのか……。


 その答えが一つとして出てこない。何か言おうとしても単語一つも浮かばない。

 脳裏に浮かぶのはお嬢様の事だけだ。お嬢様がどんな食べ物を好んでいるか――お嬢様は甘いものが大好きで、特にケーキとプリンに目が無い――、お嬢様がどんな飲み物を好んでいるか――お嬢様は甘い紅茶が好きだが、実はブラックコーヒーを嗜む大人の女な一面もある――。

 それらは直ぐに浮かぶのに、『お嬢様抜き』と条件付けられると何一つ出てこない。


「俺は……」


 なんとか絞り出したものの、その先はやはり続かない。

 ベイガルさんの視線は自分の手元の皿に落としたままだ。だが言いようの無い威圧感が漂っている。

 誤魔化されまいとしているのか、それともさっさと話せと言いたいのか。どちらにせよ、こちらを見ていないが漂うオーラは重苦しく俺を急かしてくる。

 これは誤魔化しきれない。大人しく話すべきだ。というかベイガルさんの様子を見るに、彼は既に気付いているのだろう。つまり「お前の口から説明しろ」ということだ。


「はっきり言うと、俺が……俺だけが望んでいるものは何もありません。食事も飲み物も何もかも、俺の望みは全てお嬢様のため。逆に言えば、飲食に限らず、お嬢様のためにならない事は何も望めないし行動できません」

「思ったよりあっさり言ったな」

「別に隠してませんし」


 懐中時計を取り出して時計を見れば、いつの間にか食事の時間だ。

 紙の上にのせたパンを手に取って一口齧れば、ベイガルさんが「それもか」と尋ねてきた。


「以前にお嬢様と食事の時間を決めました。だから俺が食事をするのはお嬢様との約束を果たすため。……俺はお嬢様のためにならないと食事も出来ません」

「それでお嬢さんが声を掛けるまで、飲み物にもシフォンケーキにも手を出さなかったのか」


 納得がいったと言いたげなベイガルさんの言葉に、俺も頷いて返す。

『お嬢様と一緒』なら話は別だが、俺は俺一人だと飲食のタイミングが掴めない。

 自分が物を食べたがっているのか、飲みたがっているのか、それを望んでいるのか、行動に出ていいのか、自分自身で分からないのだ。そうして何も出来ず、時間だけが過ぎていく。

 たとえ誰かが俺の為に淹れてくれたお茶であろうと、ベイガルさんが切り分けてくれたシフォンケーキだろうと、手が出ない。手を出せない。飲めない食べれない何も出来ない。

 だがお嬢様がたった一言、


『そまりも頂いたら?』


 と、そう言ってくれれば体が動く。

 今こうやって食事をしているのも、以前にお嬢様が決めてくれたからである。

 懐かしい。可愛いピンクのリボンをこの懐中時計に巻いて俺にプレゼントしてくださった。『私のために食事をして、私のために飲み物を飲んで』と、自分のために何一つ出来ず生活もままならない俺に、食事と水分補給の時間を決めてくれた。


 それを話せばベイガルさんが納得したと言いたげな表情で俺を見てきた。


「飲食はお嬢さんの決めた時間通りだとして、睡眠は?」

「お嬢様が決めてくださった時間に眠ります。その時間にならないと眠れません」

「生理現象」

「流石にそれは管理できますよ」


 いくら己の事を放棄したとはいえ、そこは俺の管轄内である。というか、管轄外になったら色々とやばい。生理現象(トイレ事情)は問題ない。

 ここまでお嬢様の約束任せにしたら人として終わりだ。いや、そういうプレイなら大歓迎なんだけど。……という発言は流石に今は言わないでおく。泥濘に顔面を浸されかねない。

 だからこそプレイ云々を抜いて説明すれば、ベイガルさんが「なるほどな」と呟いた。俺をじっと見てくる。


 その瞳に見える色合いは憐れみか同情か……。

 諾ノ森家の人達のように――どんな感情を抱かれても俺は何一つ感情を返せないのに――俺を哀れだと思い、なんとかしようと思っているのだろうか。

 だとしたら俺は何も返せない、返せないことに申し訳なさすらも感じない。

 そんな俺の考えをよそに、ベイガルさんが一口パンを齧り、


「生理現象が管理できるなら大丈夫だな」


 と告げてきた。

 そうして再び食事に戻るのだが、その姿に先程までの深刻さは無く、もうこの話に興味がなさそうに見える。

 もっと根掘り葉掘り聞かれると思っていた。


「大丈夫って……。ベイガルさんの大丈夫のハードル、だいぶ低いですね」

「だって俺べつにお前の精神がおかしかろうが、行動原理が何であろうが、ギルドの依頼をこなしてくれればそれでいいし」

「……そうですね」


 確かに、と俺も食事を再開する。

 ベイガルさんの言う通り、彼からしてみれば俺の精神がおかしかろうが何だろうが、ギルドの冒険者として依頼をこなせばそれで良いのだ。

 ベイガルさんはギルド長で、俺はそこで依頼をこなす冒険者。依頼と金の関係だけ。そして俺は依頼をきちんとこなしている。

 だからベイガルさんは俺を無駄に気遣う事もしないし、無理に俺を治そうともしない。俺の精神がおかしかろうが、それにより俺が不便な生活をしていようが、依頼に支障が無ければいいのだ。


「その言葉、是非とも諾ノ森に仕える皆さんに伝えてほしいですね。あの人達、すぐ俺の事を精神病院にぶちこむんですよ」

「医者かぁ。別に周囲に迷惑かけてないなら良いだろ」

「ですよね。俺がちょっとお嬢様の愛らしさに耐えられなくなって真冬の夜中に冷水被って外を走ったり、お嬢様が学校に通っている最中に寂しさに負けてお嬢様用のマフラーを5メートルくらい編んだだけなのに」

「そうだな。医者なんか連れて行かずに手足を射抜けばいいのにな」


 しれっとベイガルさんが恐ろしいことを言って寄越す。

 そういえばこの人、武力行使に全く迷いのない人だった。

 それを考えれば、意識を失わせて精神病院にぶち込む同僚たちはまだ優しさがあった気がする。意識を取り戻すと拘束具でガチガチになっていた時もあったが、体の痛みは無かった。手足を射抜かれた記憶もない。


「ベイガルさんのバイオレンスさも、日本だと精神病院に入れられかねないレベルですね」

「まじかよ。日本に生まれなくてよかった」

「俺はお嬢様がいる日本に生まれて良かったですよ。俺とお嬢様は同じ国に生まれた、これは運命としか言いようがない……!」

「運命の括りでかくないか?」


 総人口が運命の相手だとベイガルさんが指摘してくる。

 それに対して「ロマンスの神様が運命だと仰ってるんです」と冗談めかして咎めれば、馬鹿らしいと鼻で笑われた。



 ・・・・・・・



 場所は変わって、マチカ宅。

 杏里とマチカと共に夕食を食べていた詩音が、チラと時計を見上げた。かつてそまりに告げた夕食の時間だ。


「やっぱりお弁当を持たせれば良かったわ」

「お弁当? そまりさんに?」

「本当は私が用意してあげようと思ったんだけど。でも、湿度が高いと保存が難しいから……」


 詩音が溜息交じりに呟けば、杏里がそれを案じる。

 次いで「そうだ」と名案が浮かんだと言いたげにぽんと手を叩いた。


「そまりさん達が戻ってきたら、私達でご飯を作ってあげようよ。ギルドで振る舞って、ちょっとしたおかえりパーティーを開こう」

「そうね! きっとそまりも喜んでくれるわ!」

「詩音ちゃんの手作りなら、そまりさん大喜びするよ。……喜び過ぎて『お嬢様の手作りという時点で既に栄養価がある』って体内で新たな栄養を発生させそうだね」

「そまりも体のつくりは人並なのよ!?」


 体内で新たな栄養は無理よ! と詩音が慌ててフォローを入れる。

 あのダンジョン内での事が印象深すぎたのか、杏里は時折そまりを人間扱いしないときがある。


「そまりは強くて素敵だけどベースは人間なの。でも手作り料理は素敵ね、何を作ってあげようかしら」


 こちらの世界と元いた世界では料理や材料が違う。今詩音達が食べている料理も、マチカが教えてくれたこの世界の料理だ。

 とても美味しく、そして三人でキッチンに並んで料理を作る時間は楽しかった。楽しく作って、美味しく食べてもらう。そこに愛がふんだんに加われば最高ではないか。

 至高の愛の料理ね……と詩音がうっとりと呟いた。


「ベイガルさんの好きな料理はギルドの人達に聞けばわかるかな。詩音ちゃん、そまりさんの好きな料理は? こっちで似た料理を作れると良いんだけど」


 まずは材料を調達して、同じように作れるか試す必要がある。

 そう杏里がマチカと共に話すのを、詩音は穏やかに笑って見つめていた。……何も答えず、何も答えられず。



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