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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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06:汗ばむ土地で


 熱帯地はその名の通り暑く、湿度も高い。まさに高温多湿で、歩いているだけでじわりとした汗が浮かぶ。衣服も湿気を含み、まとわりつく感覚は不快としか言いようがない。

 あるのか分からない涼を求めてシャツのボタンを一つ外せば、ベイガルさんもまた不快を露わにはたはたと己を仰ぎだした。この高温多湿を予測してか彼は比較的薄着をしている。

 対して俺はいつも通りの執事服だ。ベイガルさんに軽装は持ってこなかったのかと問われ、首を横に振って返す。


「一応長引くことを考えて着替えは持ってますが、今着ている服が一番薄地です。というか、こういった服しか持ってません」

「お前そんな暑苦しいのしか持ってないのか。どうせ『お嬢様が格好良いと言ってくれたから』なんだろ。それにしたってもう少しなんとかならないのか、見てて暑苦しい」

「これ以上薄着となるとパンツ一丁になりますが、そちらの方がいいですか」

「それは薄着とは言わない。そもそもドラゴンに囚われてるのは年頃の若いお嬢さんなんだから、パンツ一丁なんて姿を見せるんじゃない」


 正装とまではいかずとも、多少なりとも安心させる身なりをすべきだ。そう話すベイガルさんに、俺はなるほどと頷いて返した。

 たとえドラゴンが巨大で異質な生き物だとしても、年頃の少女にとってはドラゴンよりパンツ一丁の男の方が恐怖の対象かもしれない。


 仮に俺が囚われている少女の立場だとして、パンツ一丁なうえ高温多湿でやたらとしっとりした男が、

「初めまして、貴方を助けにきました。さぁ俺と一緒に来てください」

 なんて言ってきたらどうするか。


 間違いなく殴る。


「確かに、不審者扱いされて話がややこしくなりかねませんね。それにパンツ一丁で何かあってうっかりしてしまったらいけませんし」

「そうだな、うっかりしたら大変なことになるな」

「俺の裸体を見ていいのはお嬢様だけです」


 もちろんその時にはお嬢様も生まれたままの姿で……。

 俺の脳内で、白いバスタオルに身を包んだお嬢様が妖艶に笑う。タオルでは隠しきれる肩や足は素肌だ。湯上がりなのだろう艶のある黒髪が濡れている。

 風呂上がりのお嬢様。となればタオルの下は……。あぁ、脳内のお嬢様がゆっくりとタオルをめくり……。


「おっといけない、下半身の欲望が高まりすぎるところでした。ドラゴンは極力殺さないようにするんですもんね。ちょっと力をセーブしておかないと」


 妄想が捗りすぎないよう、脳内のお嬢様には今すぐに純白のウエディングドレスに着替えていただく。

 俺の能力の糧は下半身にたまった欲望だ。あまりに欲望が高まり過ぎて力の制御が出来なくなってしまったら問題である。

 依頼内容はあくまで少女の保護であり、ドラゴン討伐までは言われていない。むしろ国側も調査で終わらせてほしいらしい。

 そのうえ、ドラゴン本体が死んでしまうと鱗も髭も輝きを失ってしまうのだ。今後もお嬢様がドラゴン素材のアクセサリーを欲しがった時のためにも生かしておきたい。

 つまり、アクセサリー素材は生きたままの採取が必須条件、国側としても殺したくない、俺としても今後のために生かしておきたい、となれば力のセーブが必要。俺の下半身も程々にしてもらわねばならない。

 それをベイガルさんに話せば、彼は歩きながら俺の話を聞き、


「改めて言うが、お前気持ち悪いな」


 と言い切ってきた。

 このオッサンモドキ、囚われてる少女を気遣うのに俺には気遣い皆無だ。

 もっとも、俺自身も妄想がいきすぎたのと己の能力がトリッキーなのは自覚しているので言い返さずにおく。せめてとコホンと咳払いをしてこの話を終いにし、周囲を見回した。


 自然が多いが、殆どが見慣れないものだ。環境の違いもあって独特な雰囲気が漂っている。足下も時折ぬかるんでおり、気温も歩みも不快感がまとわりつく。

 残念ながらここはお嬢様をお連れするには値しない土地だ。お嬢様は常に快適で心地よい場所に居なければならない。

 

 ……湿気でちょっと汗ばんだお嬢様もそれはそれで魅力的だけど。

 たとえばちょっと服が張り付いてしまったり、暑いからと髪をアップにしてうなじが見えたら最高。


「おっといけない、また欲望が。あぁ、しまった、脳内のお嬢様がしっとり汗ばんだからとお風呂へ入ってしまった。そしてタオル一枚で……なんてこった、これはループ!」

「お前は本当に気持ち悪いなぁ」


 しみじみとベイガルさんに言われるが、俺の心にはまったく響かない。

 そんなしょうもない会話をしながら熱帯地を進む。緊迫感は皆無とさえ言えるだろう。

 気楽も良いところだ。だがいくら緊迫感皆無でだらだら会話しているとはいえ、気候は厳しい。ベイガルさんが足を止めると、飲み物を取り出して煽るように飲んだ。

 これで何回目か。だがこの状況下だから仕方あるまい、むしろこまめな水分補給は必須である。


 ……だけど。


「そまり、お前ここに来てから一度も水飲んでないよな」

「そうですね」

「この環境だ、水分補給が大事なのは分かってるよな」

「えぇ、もちろんです。ベイガルさんが脱水症状なんて起こして倒れたら、指さして笑って容赦なく置いていきますから気をつけてくださいね」


 冗談めいて返すも、ベイガルさんは訝しげに俺を見てくる。

 そんな彼の視線に耐えかね、俺は懐中時計を取り出すと時間を確認した。

 ……まだだ。あと少し。


「そまり、なんで今時計を見た」

「気分的なものです」

「どうしてここまで言われても何も飲まない」

「どうしてって……」


 なにかしら察したのか、ベイガルさんが食いついてくる。

 それに対して俺はなんと言っていいのか分からず、


「お嬢様のためじゃないからです。お嬢様の愛らしいお言葉があれば飲みますけど」


 とだけ返した。

 いつも通りの返しだ。いつものお嬢様主義。

 仮にここに他の冒険者が、それこそ俺の性格を面倒くさいと言い切ってくれたギルドの冒険者達が居れば「また始まった」だのと言って話を終いにしただろう。もしかしたら俺が話すより先に「どうせいつもの面倒くさい話が始まるだけだ」と察して聞かないかもしれない。

 ベイガルさんも同じように考えたのか、「脱水症状には気をつけろ」と一言残して再び歩き出してしまった。


 そんな彼の背中を見つめ、次いで俺は再び懐中時計を覗いた。


 長針が少し進んでいる。

 時間だ。かつて聞いたお嬢様の声が脳裏によぎる。


『そまり、この時間になったらちゃんと飲み物を飲んでね。私からのお願いよ』


 あぁ、あの時のお嬢様のなんと可愛らしく優しいことか。お嬢様のお願いなら、俺はなんだって叶えてさしあげる。

 だから鞄から飲み物を取り出し水を飲んだ。随分とぬるい。

 そうしてベイガルさんの後を追って彼の隣に並べば、


「ひとまず寝床を探すぞ。話はその後だ」


 と冷ややかに言われてしまった。




 ・・・・・・・・



 場所は変わり、ギルド『猫の手』。

 ギルド内の一角に腰掛け、詩音が憂いを帯びた溜息を吐いた。それを聞き、物捜し屋の客を見届けた杏里が正面に座る。見れば詩音は眉尻を下げており、普段の活発さは無い。


「詩音ちゃん、どうしたの?」

「そまりが心配なの……」

「そまりさん? そまりさんなら大丈夫じゃない?」


 あれだけ強いんだから、と杏里がそまりの事を思い出す。

 ペンライトを光らせ様々な能力を操り戦うそまりの強さは尋常ではない。少なくとも杏里が知る中では最強と言え、この世界で生まれ育ったベイガルも「あんな化け物じみた奴はいない」と言っていた。

 日本でも、この異世界でも、そまりの強さはそれほどなのだ。

 だからこそ心配いらないと話せば、詩音がパッと表情を明るくさせた。


「そうね、そまりは私へのよくぼ……愛を糧に戦うんだもの、大丈夫だわ!」

「あの能力については深くは考えたくないけど、そまりさんなら何でも出来るから平気だよ。きっと今頃ベイガルさんとプレート料理を食べてるよ」


 ダンジョンで振る舞われたプレート料理を思いだし、杏里が笑う。

 あれは見事なワンプレートだった。インスタにあげたらさぞや好評だったことだろう。後にベイガルに詳細を話したところ「ダンジョン内でそんな洒落たもん食ってたのか」と呆れていたほどだ。――その際のベイガルの「いんすたばえするわんぷれぇと」という疑問符が飛び交った発音は面白かった――

 きっと今頃そまりはワンプレートを披露しているに違いない、そう杏里が話せば、詩音も「そまりのプレートご飯は世界一よ」と笑った。


「詩音ちゃんもお泊まり会を楽しもう。きっとそっちの方がそまりさんも喜ぶよ」

「そうね。せっかくのお泊まり会ですもの! 女子会よ、パジャマパーティーよ!」


 ぴょんと詩音が飛び跳ねる。いつも通りの活発な少女だ。

 元気を取り戻してよかったと杏里がほっと安堵の息を吐き、帰り支度をするからと再び物捜し屋へと戻る。

 それとほぼ同時にギルド内に数人の冒険者が訪れ、一気ににぎわった。

 だからこそ、詩音が小さく呟いた、


「そまりは何でも出来るけど、何にも出来ないのよ」


 という言葉は、誰にも届かず掻き消された。



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