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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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04:天気とウェザーと天候と空模様


「ぶらりおっさんと……ぶらぁぁありとおっさんと二人旅」

「なぜ滞空時間を長くして言い直した」


 呆れたような声色でベイガルさんに言い返されたのは、王都へと向かう馬車の中。

 俺の向かいにはおっさん……もとい、オッサンモドキのベイガルさん。

 俺の言葉に不満そうな表情をしつつも、それでも周囲を窺った後に手元の資料に視線を落とした。いつもの「23歳」という訴えが無いのは、下手に実年齢を口にすれば周囲に驚かれかねないと考えたのか。


「今更文句言うなよ。俺も同行するって資料に書いてあっただろ」

「読んでません」

「読め」

「読もうとしたら既に俺の読了サインが書いてあったんで、既に俺は資料を読んでいるということで読みませんでした」


 しれっと言い切れば、ベイガルさんの眉間に皺がよる。

 俺が読む前に書かれていた読了を示す俺のサインは、言わずもがなベイガルさんが書いたものだ。己の書類詐称を逆手に取られたことが悔しいのだろう。

 だが言及するまいと考えたのか、もしくは資料の話は深入りするまいと考えたのか、己の資料すらも鞄にしまい込んでしまった。


「まぁ同行とは言っても、俺は戦力外だからな」

「戦力外?」

「足手まといにはならない程度の戦力はあるが、あてにされても困る。出来て後方支援だ」


 自分だけでは戦えない、とはっきりとベイガルさんが断言してくる。己の力量を弁えているのだろう、悲観するでも自虐に走るでもなく、淡々とした口調だ。

 ギルド長になる前は冒険者として生活していたというが、そういえば俺は彼が戦っているところは見たことが無い。街中の手伝い程度の依頼ならば自ら受けて出ているが、基本的にはデスクワークだ。

 曰く、冒険者として生活していた時もそう難易度の高い依頼は受けられず、根からの書類仕事向きらしい。必要とあれば戦うが、それも前衛あっての後方支援だという。


「後方支援って、後ろの方で『がんばってー』とか言うんですか?」

「お前は俺が後ろの方で『がんばってー』って言ってどうにかなるのか」

「腹が立つ」

「だろうな。そういうわけで、俺が出来るのは道案内ぐらいだ。報酬もドラゴンスレイヤーの称号も全部お前のものでいい」

「ドラゴンスレンダーの称号は要りません」

「残念だが今回のドラゴンは太ましい。そもそもドラゴンスレイヤーだ」


 ガタガタと揺れる馬車の中、そんな会話を交わす。

 乗り合いの馬車だけあり馬車内には俺達以外にも人がおり、ツッコミはするが騒ぐまいと考えたのかベイガルさんが鞄から別の書類を取り出した。

 一枚差し出してくるのは目を通しておけということだろう。それともこれ以上無駄話するな大人しく書類でも読んでろということだろうか。−−後者の可能性が高い−−


 書類に書かれているのは王宮への申告について。

 今回の依頼は普段のもとのとは違い、国からの依頼である。そのうえ相手はドラゴン。ゆえに王宮に出発の報告を入れなければならないらしく、そのためには申請が必要だという。

 なんとも面倒くさい……と心の中で呟きつつ読み進め、ふと書かれている二人分の名前に視線を止めた。

 俺とベイガルさんの名前。

 今回は俺とベイガルさんが組んで行動するのだから当然だ。


 ……他人と組んで。


 それを改めて自覚すれば、俺の脳裏に遠い昔に聞いた声が蘇った。


『あいつと組みたい』『あいつと組むのは嫌だ』

 まだ声変りもしていない子供の声だ。

 時に楽だからと、時につまらないと、そう気遣いの欠片も無く言って寄越す。それに続くのは、楽ならば「ずるい」と、つまらないならば「可哀想」と、どちらに転んでも非難してくる言葉。

 そうしてそれらの非難を終いにするのは、面倒だと言いたげな大人の声。「先生と組もう」と。誰かと組むのは楽をさせるから、誰かと組ませるのは可哀想だから……。

 だって、


『お前は何でも出来るから』




「そまり、おい、そまり!」

「……あれ」


 グイと強引に肩を掴まれ、靄かかっていた俺の意識が一瞬にして浮上する。

 俺の肩を掴むのはかつてのクラスメイト……ではなく、教えがいが無いと言いたげに俺を見てくる教師……でもない。三十代の男……でもない、23歳のベイガルさんだ。

 いったいどうしたのかと怪訝そうに俺を見てくる。


「何考えてるのか知らないが降りるぞ」

「……あ、はい」


 ベイガルさんに急かされ、横に置いていた鞄を掴んで立ち上がる。

 どれだけ考え込んでいたのか、馬車を降りれば見慣れぬ景色が広がっていた。

 今まで生活していた街が田舎だと思えるほど、建物が密集している。活気が溢れ、人の行き来が絶えず、背の高い建物が並んでいる。とりわけ豪華な建物が頭一つ二つ飛び出ているが、あれが王宮だろうか。


「お前も早く帰りたいだろうし、王都での準備は手分けしよう」

「手分け」


 ベイガルさんの言葉を思わずオウム返しする。

 手分け。そうだ、組んでいるのだから手分けするのは当然だ。それは分かっているが、それでも俺の脳裏に幼い頃に聞いた声がグルグルと蘇る。

 胃の中が熱くなるような気分の悪さまで再現されるとは、まるであの頃に戻ったかのようだ。粘り気のある汗が額に浮かぶ。


 俺はなんでも出来るから、

 俺と組めば何もしなくて良くて、

 だから俺と組むのはずるくて、

 俺が何でも出来てしまうから、

 俺と組むとつまらなくて、

 だから俺と組むのは可哀想で、


 全部俺のせいで……。



「おいそまり、お前立ったまま意識飛ばすのやめろよ。往来でやると邪魔だぞ」

「……邪魔って、普通はちょっとぐらい心配しません?」

「俺が? お前を心配? なんで」

「貴方にそういったことを期待するのが間違いでした。それで、手分けですよね」


 ベイガルさんから出発の届け出を預かる。これを王宮に持って行けばいいらしい。その間にベイガルさんは必要なものを買いそろえ、王都のギルドに顔を出しておくという。

 俺としては王宮なんていう面倒くさいところにはベイガルさんに行ってもらいたいところだが、組むのなら仕方ないのかもしれない。誰かと組むというのがどういうものなのか、俺は分からないのだ。


「ところで、俺と組むことでベイガルさんはなにか言われないんですか?」

「なにかって何だ?」

「……楽してずるいとか、可哀想だとか」

「はぁ?」


 なんだそれ、とでも言いたげにベイガルさんがこちらを見てくる。

 その視線はなんとも居心地悪く、俺は気にしてない素振りを装って歩きながら話し続けた。


「俺はこの通り何でも出来ますから、俺と組めば楽できるんです。だから周りがずるいと思って当然でしょう」

「ずるいも何も、今回の報酬はお前の全取りで良いって言ってるだろ」

「そうですけど……。あとはほら、俺と組むと比べられて嫌だとか、比較されて可哀想だとか」

「そまり、お前……」


 記憶に反芻される声を思い出しつつ話せば、何かを察したのかベイガルさんが俺の肩を叩いてきた。

 真剣な瞳で俺を見つめてくる。いったい何を言われるのか……。そう身構えつつ待てば、ベイガルさんが諭すような声で、


「自分を過大評価し過ぎだ」


 と穏やかに告げてきた。

 一刀両断過ぎないかな。


「過大評価って……」

「確かにお前は何でも出来る。ここいらどころか大陸中探したってお前より強い奴はそう見つからないだろう。そのよく分からん光る武器も世界に二つとないはずだ。お前ほど強い奴と組めば、確かに楽出来る」

「それならやっぱり」

「だがお前は性格が面倒くさい」

「ひどい」

「俺達が組むと知った時の周りの反応も、殆どが『移動中お嬢さんの事しか話さなくてうざそう』だったからな」

「失礼ですね! 俺だってお嬢様のこと以外にもウィットに富んだ会話をしますよ! たとえばほら……て、天気の事とか! あとは猫のこともちょっと話せます!」

「どこがウィットに富んでるんだ」


 呆れを込めた声と共にベイガルさんが俺を見てくる。

 その視線に俺はなんとか反論しようとし……絞り出したような声で「ウェザーリポート」と告げた。

 駄目だ、これは認めざるを得ない、ウィットに富んでなんかいない。


「そういうわけで、お前は強いが性格が果てしなく面倒くさい。組むメリットもあればデメリットもある。残念ながら人並だ。むしろお嬢さん主義が過ぎて行動の予測が取れないし、性格が面倒くさいから組みたくないという意見も多々あった」

「性格のこと言いすぎじゃないですか!? 良いですよ、みんな好き勝手言えば! 組んでなんかやらないんですから!」

「分かりやすく拗ねるな。でもそれが当然だろ、お前はお前でメリットデメリット考えて、組みたくなきゃ組まなきゃいいんだ」


 あっさりと言い切りベイガルさんが前を歩くが、俺は彼の言葉を聞いて後を追えずに立ち尽くしていた。

 組まなきゃいい。確かにそうだ。

 ギルドの依頼はピンからキリまで、内容も数人の手が必要なものもあれば、一人で済ませられるものもある。

 事前に報酬額が決まっているので後はこちら次第。複数の依頼を一人で受けようが、逆に一人で足りる依頼を複数で受けてもいいのだ。

 現に俺は今まで一人で依頼を受けてきた。複数で受けるような依頼も、一人で出来ると判断してこなしてきた。

 誰かに文句を言われることも無ければ、言われる理由もない。


 今までだってそれで良かったんだ。


 俺と組むと楽が出来ると取り合ってくるクラスメイトのことも、それを怠慢と咎める教師のことも、俺と組むのは嫌だとごねるクラスメイトのことも、俺と組むのは可哀想だと冷ややかに俺を見てくる教師の事も、何一つとして気にする必要は無かったのだ。

 何でも出来るからと非難の挙句に取り残されるのを待つ前に、俺から全て突っぱねれば良かったのだ。


「考えてみればそうですよね。そもそも俺には人生のパートナーであり最愛の伴侶であるお嬢様が居るんですから、有象無象の戯言に耳を貸す必要なんてなかったんですよね」

「ほらみろやっぱりお嬢さんの話だ」

「ほ、本日はお日柄もよく……!」

「そんな絞り出して天気の話をするなよ」


 俺の話術の無さに、ベイガルさんが同情の視線を向けてくる。

 その視線もまた居心地の悪いもので、俺は早急に話題とを変えるべく考えを巡らせ……。


「そういえば、王都にはお店がたくさんありますよね。雨が降る前にお嬢様にお洒落な傘を買ってさしあげたいんです」


 と、あっさりと諦めてお嬢様と天気の話題を絡めて話し出した。

 お嬢様に関すること以外の話なんて俺には無理だ。天気と猫の話が出来るだけ凄いと思ってほしい。もっとも、それも結局はお嬢様に繋がるのだけど。


 だって俺にとってお嬢様が全てなのだから。

 お嬢様以外のことなんて興味もなければ話す気もない、話す必要を感じられない。


 そうはっきりと告げれば、ベイガルさんが肩を竦めつつ「依頼をこなしてくれればそれでいい」と言い切った。



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