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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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03:とある娘と騎士の物語



 お嬢様と西部さんに見つめられ、マチカさんがゆっくりと話し出す。

「昔々あるところに……」という出だしのなんとそれっぽいことか。そのうえあるところに居るのが田舎の地に住む美しい八人の娘となれば、お嬢様の好みそのもの。

 とりわけ八人姉妹の末娘が『常に姉達のお下がりを回され、何を選ぶも最後に回され、それでも姉達を愛してやまない健気な末娘』なのだ。

 これでもかと前振りされたシンデレラストーリーの序章に、お嬢様の瞳がより一層輝きだす。――言わずもがな、お嬢様のコップの中には水色に光る液体が揺れているが、まぁ今は気にするまい。あれ美味しかったし――

 なにせこの『良い感じのお話し会』を止められる術は俺にはないのだ。出来ることと言えばマチカさんの話を聞きつつ、テーブルの下でベイガルさんの足を蹴ることぐらいである。


 ちなみに、マチカさんの語る『ドランゴンスレイヤーとネックレスに纏わる昔話』はこの大陸に住む者ならば誰もが一度は聞いたことがある話らしい。

 元いた世界でいう童話、それこそシンデレラや赤ずきん白雪姫といったものにあたるのだろう。

 内容はといえば……。


『昔々あるところに、八人の美しい娘がいた。

 ある日娘達のもとに王族からパーティーの招待状が届き、娘達は遠く離れたお城へ向かうことに。きっと王子様の花嫁探しだと、自分が一番になるのだと姉達はバラバラに出発することを決める。

 両親は娘達に贈り物をするが、八人もいれば全て揃えられるわけがない。馬車、ドレス、宝石のついた指輪……と次第に質が落ち、末の娘に与えられたのは、僅かな金で雇った名もない騎士。それでも末の娘は喜び、名の知れぬ騎士と共に出発した……』


 という始まりである。

 道中危険な目に遭うも力を合わせて乗り越え、次第に二人は恋に落ち、そして山場では黒幕である一人の姉がドラゴンを連れてくる。

 それを騎士が倒し、娘はパーティーに行こうとするが結局愛を選ぶ……と。

 なんともファンタジーとお砂糖が盛りだくさんなストーリーである。

 そのうえ、実は娘と行動していた騎士こそが王子で……という真実の愛からの玉の輿展開も忘れていない。

 そんな物語の最後、末娘と騎士こと王子が結ばれ、そこで騎士から永遠の愛を誓うと共に渡されるのが、件のドラゴンのネックレスだ。


 ドラゴンとの戦いではお嬢様はカップを握りしめるように持って聞き入り、二人の想いが通じ合うシーンでは感嘆の吐息をもらしていた。そして騎士の正体を知ると「きゃぁ!」と歓喜の声を上げる。

 そうしてマチカさんが「めでたしめでたし」と話を締めくくると、拍手と共に立ち上がった。

 スタンディングオベーションだ。西部さんもつられて立ち上がっている。

 突如立ち上がった二人にギルドに居た他の冒険者がぎょっとし、わけが分からないと言いたげにそれでも拍手をしている。

 話半分、ベイガルさんの邪魔半分で聞いて居た俺も、ひとまずこの場に合わせて拍手をおくっておくことにした。


「いやぁ、良い話ですね。童話の赤ずきんに対して『そりゃ婆が森にいりゃ狼も食うに決まってるじゃないですか』と言い放って一時期お嬢様の就寝前のお話係から降ろされた俺も感動です」

「嘘つけ白々しい」

「まぁ俺の感動はさておき、お嬢様は完全に虜になってますね」


 これはまずい。

 マチカさんの昔話は少女二人のハートをガッツリと掴んだようで、お嬢様と西部さんが「一人の女性を守る騎士、素敵ねぇ」「王子様、一度見てみたいよね」とうっとりとしながら話している。

 よっぽどこの話が気に入ったのだろう。お嬢様の瞳は先程から終始輝き、頬がほんのりと赤くなっており、全身でこの物語に魅了されていると分かる。

 時折物思いに耽りほぅと吐息を漏らすのは、きっと物語の中の末娘に自分を重ね合わせているのだろう。


 その姿、なんて愛おしく麗しい。

 裏でベイガルさんが手ぐすね引いてなければ――裏というほど隠れてもないけど――、俺は喜んでドラゴンのネックレスをお嬢様に贈っただろう。

 ……この、俺の向かいでニマニマ笑っているオッサンモドキが居なければ。

 せめてとベイガルさんの脛をテーブルの下で思いっきり蹴飛ばし、次いでお嬢様を呼んだ。まだ夢心地なのだろう、お嬢様が間延びした「なぁにぃ?」という愛らしい声で振り返る。

 最高に可愛い。堪らない愛らしさ。シンデレラも白雪姫も赤ずきんも、件の童話の末娘さえも白旗を上げて裸足で逃げ出す麗しさ。赤ずきんの婆は自ら狼の口に飛び込むレベル。


「お嬢様、もしも俺がお嬢様にドラゴンのネックレスを贈るとします」

「まぁ、駄目よそまり、危険よ!」


 危ないわ! とお嬢様が止めてくる。

 あぁ、俺の身を案じて止めてくれるとは、なんて優しいのだろうか! 俺を大事にしてくれているという事実がより俺を昂らせ、そんなお嬢様のためにドラゴンのネックレスを贈りたくなる。

 ドラゴンのネックレスを贈るためにドラゴンを探しに行く俺を危険だと止めるお嬢様が愛らしくドラゴンのネックレスを贈りたくなる……。

 これは愛のループだ、一度はまったら抜け出せない。


「お嬢様が俺を案じて止めてくれること、嬉しく思います。ですがもし仮に、俺がお嬢様の細く白い首に美しいネックレスを捧げられたら、お嬢様は喜んでくださいますか?」


 分かり切っている事だ。

 それでも俺が問えば、お嬢様が小さく吐息を漏らし、そっと己の唇に触れた。蠱惑的な瞳が伏せられ、長い睫毛が目元に影を落とす。

 お嬢様のしなやかな指が、愛らしい彼女の唇に触れる。

 ……唇に。

 俺がまさかと目を見張れば、お嬢様が俺の視線に気付き……愛らしい唇で微笑んだ。まるで「察して」と強請るように……。



 それはキスして良いってことですか!?



「これは受けねばならない案件! ベイガルさん、依頼受領の準備を! お嬢様のためならば、俺はドラゴンスライサーにでもなんにでもなります!」

「薄く切らない。スレイヤーだ」

「そまり! そんなに私のことを! ……ちなみに、もちろんだけどファーストなのよ」

「昂りが止まらない! ベイガルさん、さっさと手続きしてください! 俺のことはドラゴンプランナーそまりと呼んでくださって構いませんよ!」

「計画建てるな。スレイヤーだ」

「そまり……! いえ、私の騎士(ナイト)、ドラゴンプランターそまり!」

「お嬢さん、植えちゃいけない。スレイヤーだ」


 お嬢様が感極まったと俺へと駆け寄ってくる。

 そうして俺に抱き着いてきた。うっとりとした表情で俺を見上げ、桜色の唇で俺を呼ぶ。

 その唇から目が離せない。ドラゴンのネックレスを捧げれば、この愛らしい唇に……。


「お嬢様、必ずやお嬢様にドラゴンのネックレスを捧げます」

「そまり、その時はそまりが私にネックレスをつけてね」

「もちろんです」

「後ろからなんて嫌よ。正面から抱き締めるように、私を見つめて……そして留め具を着ける瞬間、私の唇にキスをしてね」


 ポッと頬を染めながらお嬢様が告げてくる。

 赤くなった頬を押さえ「やーん」と声を上げ、そして恥ずかしくなったのか俺の胸に額をぐりぐりと押し付けて顔を隠し始めた。

 なんて愛らしいのだろうか。大胆さと恥じらいを併せ持つパーフェクトレディ。俺の愛おしいお嬢様。

 ロマンスの神様に尋ねずとも、俺の相手はお嬢様だと分かる。俺の本能が、俺の中の天使と悪魔とニャルラトホテプとロマンスの神様が彼女の唇を奪えと訴えている!


「あぁ、今すぐにその唇に触れたい……! ですがまずはドラゴンを探しに行くのが先ですね」


 逸る気持ちをなんとか抑え、お嬢様の肩に手を掛ける。

 控え目ながらにそっと押せば、察したお嬢様が「ドラゴン……いえ、狼なのね」と身を引いた。


 ちなみに、その間にベイガルさんがさっさと手続きを済ませてしまったのは言うまでもない。このオッサンモドキ、さっきから「スレイヤーな」とは言っているものの、終始書類を書いていたのだ。心ここにあらずなツッコミはどうかと思う。

 そんなベイガルさんの書類を西部さんが覗き込み、この世界の文字を書いたメモ帳を覗き込み、もう一度ベイガルさんの書類を覗き込み、一文字一文字見比べ……。

 そして「そまりさんの名前……書類ぎそっ」と言いかけて口にシフォンケーキを詰め込まれていた。




 さて、お嬢様にネックレスを贈るのは良いとして、問題が一つ。

 それは他でもないお嬢様だ。正確に言うのであれば、俺がドラゴンを探しに行っている最中、お嬢様の寝食諸々をどうするか、ということだ。


「お嬢様、今回の仕事は一日では終わりそうにありません。最短でも二泊、下手するとその倍かかってしまうかもしれないんです」

「大丈夫よ。私一人で留守番出来るわ!」

「なんて恐ろしいことを! お嬢様が夜一人でいると知ったら、どれだけの男が下心を抱いてやってくるか……! 俺以外の男を一人残らず死滅させない限り、一人で夜を過ごさせるなんていたしません!」

「もう、そまりってば心配性なんだから」


 ツンツンと突っついてお嬢様が俺を咎めてくる。

 なんて愛らしいのだろうか。こんな愛らしいお嬢様が一人で夜を過ごすなんて許されるわけがない。

 それも二泊、いやもっと掛かってしまうかもしれない……。

 以前ギルドの試験を受けた時のようにどこか宿を取るにしても、始終誰かが一緒に居てくれるわけではない。一泊でも申し訳なさがあったのに、それが更に二泊三泊四泊……。

 その間、お嬢様は誰もいない部屋に帰り、一人で夜を過ごし、誰もいない部屋で起き、誰もいない部屋に帰り、また一人で夜を……。


 あ、駄目だ。俺が辛い。

 一人寂しくベッドに入るお嬢様を想像するだけで吐きそう。


 そんな葛藤を続けていると、西部さんが「ねぇ詩音ちゃん」とお嬢様を呼んだ。


「そまりさんが戻ってくるまで、うちに泊まらない?」

「杏里ちゃんのおうち?」

「うん、マチカさんには私からお願いしてみる。詩音ちゃんならきっと歓迎してくれるよ。部屋は私と一緒になっちゃうかもしれないけど」

「一緒の部屋、つまりお泊り会ね!」


 お嬢様の瞳がパァッと輝く。まるで遊びに行くかのようではないか。

 俺としても西部さんのこの提案は有難いことこの上ない。

 マチカさんの家なら俺も何度かお邪魔しているし、なにより西部さんと一緒ならお嬢様も不安や寂しさを抱くことはない。仮に二泊以上かかっても、宿泊継続の手続きも必要なく、なにかあってもお嬢様を支えてくれるだろう。


「西部さん、ありがとうございます」

「いえ、そまりさんには助けてもらった恩がありますし、少しでもお役に立てればと思って」

「貴女を助けて良かったと今初めて思いました」

「ひえっ、あれから結構経ってますよ!?」

「今、はじめて、思いました」

「今後も思って頂けるように頑張りまぁす……!」


 西部さんが切ない声をあげれば、お嬢様が「お泊り会の準備よー!」とぴょこぴょこと飛び跳ねた。



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