02:ドラゴンのネックレス
「というわけで、なんとかそまりを言いくるめてドラゴン探しに行かせたいんだが、どう思う?」
「どうも何も、本人を前に言いくるめるとか言わない方が良いと思いますよ」
「なるほど確かに」
しれっとした態度で言い切り、ベイガルさんが紅茶を一口飲む。
ギルドの一角とは思えない、やたら質のよいティーセットである。相変わらず所作も無駄に優雅だが、このオッサンモドキ、本当に俺をドラゴン探しに行かせるつもりがあるのだろうか……。
そのうえ、ここまで好きに言ったうえで改めるように「引き受けてくれないか?」と頼んできた。堂々としすぎである。頼みごとをする態度ではない。
というか紅茶を飲みつつ書類に判を押して雑談という、紅茶を飲む態度でも書類仕事をする態度でも雑談をする態度でもない。ながら作業にも程がある。
「仮にこの流れで俺が『ベイガルさんの頼みなら仕方ないですね』って引き受けたらどうします?」
「偽物の可能性を疑う」
「酷い」
これはあんまりだ。
まぁ、元々引き受ける気なんて欠片も無いんだけど。
なにせドランゴンに興味はなく、とらわれているという少女が小津戸高校の生徒だろうが何だろうか俺には無関係。助ける義理も無ければ、そもそも報告から判断するに助けを必要としているかも定かではない。
そのうえドラゴンが居ると言われている場所は、ここから片道一日以上離れた熱帯地。ダンジョンでの事を考えればお嬢様を連れて行くことは出来ないし、となれば数日お嬢様は留守番。離れ離れ……。
辛い。耐えられない。そこまでしてドラゴンを探して何になる。
報酬が高かろうが行く気はないし、ドラゴンスレイヤーなんていう称号も要らない。
「という理由により、お断りします」
「ドラゴンを見たいと思わないのか?」
「思いません」
「シフォンケーキ」
「さすがにレートが合いません」
きっぱりと拒否の姿勢を見せれば、ベイガルさんがしばらく悩むような素振りを見せ、次いで西部さんの元へと向かった。
ダンジョン事件から約二カ月たった今、西部さんはギルドの一角で『物捜し屋』を営んでいる。ギルド依頼のオプション程度で始めたがこれがなかなかに好評で、最近では他所の冒険者も助言を貰いに来たりしている。
マチカさん宅での居候も好調で、今は完全に住まいを移している。先日は俺達を夕食に誘ってくれた。二人並んで料理の準備をする姿はまさに祖母と孫、微笑ましい。
そんな西部さんにベイガルさんが何やら話しかけ、しばらくすると再び戻ってきた。
「何を企んでるんですか?」
「なんだ、企んでるって失礼だな。ちょっとお前を言いくるめようとしてるだけだ」
「それを世間では企むって言うんです。ベイガルさんが何を企もうが、面倒な依頼は受けませんから」
興味が無いことを示すように書類をテーブルに放る。
だがそこまでしてもベイガルさんは諦めないようで、ニヤリと笑うとシフォンケーキを取り出した。例のシフォンケーキである。
曰く、ギルドのお茶請け用とは別にもう一つ買ってきたらしい。
それが現れるやふらふらと近寄ってくるのは、西部さんと、西部さんの『物捜し屋』でお手伝いをしていたお嬢様である。「至高のシフォンケーキよぉ……」とうっとりとしながら引き寄せられるお嬢様の愛らしさと言ったら無い。
「ですがシフォンケーキでは引き受けませんよ。なんだったらそのシフォンケーキ、倍額だろうと買い取りますので」
「安心しろ、さすがに今回は俺もシフォンケーキで釣る気はない。ところでお嬢さん、ドラゴンの鱗と髭を使ったネックレスって知ってるか?」
シフォンケーキを渡しながらベイガルさんが尋ねれば、いつの間にやら取り皿を用意していたお嬢様が「ネックレス?」と首を傾げた。こてんと首を傾げるその仕草は愛らしく、それでいて手元ではシフォンケーキを食べる準備を止めない食いしん坊、なんてお茶目でキュートなパーフェクトレディ。
そんなお嬢様に見惚れつつ、俺も疑問を抱いて――あと若干警戒しつつ――ベイガルさんの続く言葉を待った。
ドラゴンだけでも異世界色が強いのに、更に『ドラゴンの鱗と髭を使ったネックレス』である。想像もつかない。
だがここで俺が直接尋ねれば食いついたと思われかねないので、極力興味が無さそうな体を装っておく。
幸いベイガルさんはお嬢様に視線をやっていて俺の反応は見ていないし、そしてお嬢様も不思議そうにはしているものの瞳を輝かせてはいない。
お洒落好きなお嬢様なのにこの反応、きっとドラゴンという物騒な単語が引っかかっているのだろう。
「ベイガルさん、それはどんなアクセサリーなんですか? 殿方がつけるものでしょうか? 私、アクセサリーは好きですが過激なデザインのものは……」
「いや、女性が着けるものだ。それも綺麗で華やか。かなり貴重なもので国宝レベルと言っても良い」
「まぁ、それほどに」
「見たことがあるが、あれは本当に凄かったな。そこいらの宝石とは輝きが違う」
思い出すようにベイガルさんが語る。
曰く、鱗も髭もドラゴンが死ぬと一瞬にして劣化してしまうのだという。つまり生きた状態での採取が必要。
だがドラゴンは希少性が高く、倒すだけで誰もが命がけ……どころか、並の冒険者は命を落とすのだから採取など出来るわけが無い。
現存しているアクセサリーは偶然落ちた鱗と髭で作られたものだけそれでも誰しもが求めてしまうほど美しいのだという。
そんなベイガルさんの話を、お嬢様と西部さんが興味深そうに聞く。
顔を合わせて「ファンタジーねぇ」「ゲームみたいだね」と話しているが、別段欲しがっている様子はない。夢物語を聞いている気分なのだろう。
お嬢様が欲しがったら俺も動かざるを得なかったが、今の反応を見るには大丈夫だろう。
「大方、お嬢様の興味を引いて俺を動かすつもりだったんでしょうが、残念でしたね」
「重ね重ね失礼なやつだな。俺はちょっとこの世界の話をしてやろうと思っただけだ。……そう、ドラゴンのネックレスに纏わる昔話をな」
「昔話?」
「あぁ、初代ドラゴンスレイヤーと健気なお姫様の話だ」
さも裏は有りませんと言いたげにベイガルさんが話す。
……が、そんな彼の言葉にお嬢様が「お姫様のお話!?」と食いついた。お嬢様の愛らしい瞳が一瞬にして輝きだす。期待に満ちた瞳だ。
不味い、これは不味い。
『アクセサリーに纏わるお姫様の昔話』なんて、お嬢様の好みど真ん中だ。現に瞳をキラキラと輝かせ、興奮気味にベイガルさんに視線をやっている。
対してベイガルさんのあくどい笑みと言ったら無い。これは勝利を確信した笑みだ。最高に腹立つ。
「ベイガルさん、それはどんなお話なんでしょうか?」
「不遇な扱いを受けていた娘が謎の騎士と共に旅をして、そして一国の姫になる話だ」
「なんというシンデレラストーリー……! それは最後は『めでたしめでたし』で締めくくられるのですよね!?」
「あぁ、もちろん。感動と愛と幸福の物語だ」
「是非! 是非聞かせてください!」
テンションが上がりお嬢様の頬がほんのりと赤くなっている。
なんて愛らしいのだろうか。お嬢様の内に湧く興味が溢れ出し、光り輝いて見える。これはもう止められない。
だがそんなお嬢様の催促に対し、ベイガルさんは焦らすように「でも仕事がなぁ」と呟いた。今の今まで書類に殆ど目を通さず判を押していた者の言葉ではない。
次いでベイガルさんが視線をやったのは、ギルドの出入り口。そこから姿を表したのは……マチカさんだ。今日も今日とて野菜を買いに来たのだろう。
「マチカ、良いところに来た。俺の代わりにお嬢さん達に話をしてやってくれないか? ドラゴンスレイヤーの話だ、あんた得意だろ」
「ドラゴンスレイヤー? 懐かしいねぇ。昔は子供にせがまれて何度も話をしたよ」
任せてくれと言わんばかりにマチカさんがこちらに近付いてくる。
そうしてお嬢様と西部さんの前の席に腰かけた。その表情は穏やかで、孫に昔話を強請られた祖母そのものだ。お嬢様も西部さんも期待を瞳に宿してマチカさんに視線をやっている。
……やられた。
ただでさえお嬢様好みの昔話、それを老婆が良い感じに語るとなれば、これは最強の布陣すぎる。マチカさんの背後に暖炉が見え、心なしか椅子がキィと音たてて揺れているようにさえ見える。
一枚絵になりそうな光景ではないか。思わず「図ったなこのオッサンモドキ……」とベイガルさんを睨み付けてしまうほどの完璧なシチュエーション。
これを作り上げるために西部さんにマチカさんの居場所を聞き出していたに違いない。
「ベイガルさん、徹底して仕上げてきましたね」
「何の話かさっぱり分からない」
「これが三十代半ばの年の功ですか……悔しい!」
「23歳! ……まぁいい、せっかくだからお前も聞いたらどうだ。良い話だぞ」
勝利を確信しているからだろう、ニヤニヤと笑いながらベイガルさんが俺の肩を叩いてくる。この余裕たっぷりの表情の腹立たしさと言ったら無いが、今の俺は手も足も出せない。
なにせお嬢様は瞳を輝かせ、それどころか素敵な話を聞くためにとシフォンケーキと暖かな紅茶を用意しだしているのだ。こんなお嬢様を前にして、いったいどうしてマチカさんの話を遮れるというのか。
お嬢様の可愛い耳は、マチカさんが紡ぐ物語を待ち望んでいる。お嬢様の愛らしい胸は、マチカさんが紡ぐ感動の物語への期待で満ちあふれている。
俺の手でそれらを塞いでしまう事なんて出来ない。
俺は無力だ……。
そんな虚無感を感じ、話し出すマチカさんを俺は濁り切った瞳で見つめていた。




