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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第三章

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14:傷心の少女と抱擁メッセンジャー

 

 呻き声と苦痛を訴える声、譫言のように慈悲を求める声、そんなものばかりが掠れる声量で途切れることなく続く。

 音声だけでも地獄絵図だと分かるだろう。実際の光景は筆舌に尽くしがたく、自分でやっておきながら悲惨だと思う。


 あれから色々とペンライトの能力を試させてもらい、死んでこそいないがまともに喋れる者は残っていない。

 榎本は暗闇に怯えながら周囲を探るように手を伸ばしているが、その指先は俺が全て凍らせてしまった。床を掻くたびに凍り付いた指先が割れ、既に指の半分が欠けている。

 三人はいまだ燻り続ける腕に嘔吐と苦悶を繰り返しており、ダンジョンを操っていた少年は絶えず喉奥に湧き上がる水を吐き続けている。水を吐き、時折細く呼吸をし、そして再び水を吐き……と、激しく上下する胸元から息苦しさが分かる。

 菅谷に至っては、オレンジのペンライトであちこち殴ったので酷い有様だ。腕や手足は歪にひしゃげており、動く事すら辛いのかしばらく前から抵抗もしなくなった。


 血と吐瀉物、そして耐え切れなくなって漏らされた排泄物。

 俺の周りだけ爽やかシトラスな空気が停留しているが、相当な臭いが充満している事だろう。


「でもシトラスの香りも常に嗅いでると気持ち悪くなってくるな。そろそろ終わらせようか」


 返事は望めそうにないので誰にでもなく呟き、ペンライトの色を切り替える。

 とどめをさすならば赤か、それともオレンジか。

 そう考えて二色を切り替えていると、ヒュンと風を切る高い音が耳に届き……。


 そして、俺の右足に衝撃と鈍痛が走った。


「うぐっ……!」


 思わず呻いて足を押さえる。

 次いでペンライトを握り直し、襲撃の犯人を探ろうと顔を上げた。

 お嬢様達は既にダンジョンを出たはず。となればここには俺と少年達しか残されていない。だというのに襲撃を受けたという事は、誰か入ってきたのか、それとも元々潜んでいたのか……。

 だが見回しても襲撃してきたであろう人物は居らず、これもまた能力の一環なのかとペンライトを赤く灯して身構え直した。

 そんな俺の耳に再び高い音が聞こえ、次いで視界が一瞬瞬き……、


「そまり! 私よ!」


 と、女性の声と共に光の玉が現れた。

 コラットさんである。


 もちろん左手で鷲掴みにした。


「なに自分(味方)なら許される、みたいな登場してるんですか」


 じょじょに左手を握りしめて脅せば、手の中でコラットさんの悲鳴があがる。

 暴れているため手の中が擽ったいが、もちろんそれで解放してやる気はない。なにせ右足はまだ鈍い痛みを訴えているのだ。


「違うの! ベイガルが『そまりが暴れてたら全力で右足にぶつかっていけ』って! そうしたら大人しくなるって言ったのよ!」

「あのオッサンモドキ、遠距離ローキックを放ったか……」


 恨めしい、と呟きつつ、手の中で暴れまわるコラットさんを解放する。

 ヒュンと軽く飛び上がった彼女は次いでこの状況を確認するように一周し、「うわぁ……」と声をあげた。責めるような声色だが、今更俺が反省等するわけがない。


「それで、コラットさんはどうしてここに?」

「発煙筒の煙を見て、急いでここに来たの。詩音から話を聞いて、一度ベイガルに報告して、また戻ってきたのよ。精霊使いが荒いわ」

「ご苦労様です。ですがなんで俺を止めたんですか?」

「ベイガルからの伝言よ『ダンジョンについて調べるよう達示が出た。ギルドの奴らを回収に向かわせるから、殺さず生かしておけ』ですって」


 曰く、今回の件は近隣のギルド共同で調査する事になったらしい。

 そのためには関係者の生存は必須。だが俺はこの有様。コラットさん経由でそれを知ったベイガルさんが、慌てて止めに入って(ローキックを放って)今に至る……と。

 なるほど、と頷くと同時に右足を擦る。さすが精霊、鈍い鈍痛がまだ残っているのだ。


「そういうわけだから、これで終わり。詩音達と合流しましょ」

「えぇー」

「ベイガルからの伝言の続きよ『文句を言うな』ですって」

「あのオッサンモドキ、俺が文句言うこと前提で伝言の構成を……。ですが仕方ないですね」


 肩を竦めて従う姿勢を見せる。

 菅谷達にとどめをさしたいところだが、ギルドという組織に従っている以上、そこの決定に逆らうのは得策ではない。今後もギルドのお世話になりたいのだから尚の事だ。

 そう判断し、ペンライトをオレンジ色に切り替えた。

 倒れ呻く菅谷達に近付き、一人ずつ足首と手首を叩いていく。骨が折れる鈍い音と、掠れた悲鳴があがる。中には逃げようともがく者もいるが、今更逃げられるわけがない。骨を折られる激痛に、床を這う痛みが追加されるだけだ。


「……容赦ないのね」

「逃げられても手間ですからね。最後に念のため」


 ペンライトをオレンジからピンクに切り替える。

 魅了(チャーム)の色だ。ベイガルさんに試してから一度として使っていないが、機会があれば効果ぐらいは把握しておきたいと思っていた。

 そんなペンライトを少年達の前でゆっくりと振る。恐怖と絶望を浮かべていた瞳に、ピンク色の光が映りこむ光景はいささか奇怪だ。瞳が濁っているのは、はたして苦痛で意識が朦朧としているのか、それとも魅了の効果の証か。


「俺はここで失礼します。迎えがくるまで、大人しく待っていてくださいね」

「迎え……待って……でも、逃げなきゃ……」

「俺は、ここで待っていて欲しいんです」

「……待って、ます」


 菅谷がぶつぶつと呟きつつペンライトと俺を交互に見てくる。

 どうやら魅了の効果は抜群のようだ。果たしてピンクのペンライトは彼等の精神的なところを捻じ曲げたのか、もしくはストックホルム症候群でも引き起こしたのか。

 なんにせよ、彼等は俺のために回収されるまで待っていてくれるはずだ。


「これで少しの間は大丈夫ですね。さぁコラットさん、お嬢様達のところに戻りましょう」

「ねぇそまり、外道って言葉知ってる?」

「残念ですが、俺の辞書には諾ノ森 詩音(お嬢様)しか記載されてません」

「それはもう辞書じゃないわ」


 そんな事を話しつつ、ダンジョンを後にする。

 背後から呻き声が聞こえてくるが、もちろん足を止めることは無い。


 ……だが去り際のほんの一瞬、人の気配を感じて振り返った。


「……今、なにか気配が」

「気配? 私は何も感じなかったけど」


 確認するようにコラットさんがひゅんと周囲を一周してくる。

 だが呻く菅谷達以外には誰も居なかったようで、再び俺の目の前に戻ってきた。


 気のせいだろうか。

 だが確かに人の気配が……。


「動物でも入ってきたんじゃない?」

「……そうですかね。まぁ俺はもう気が済んだので良いです、依頼も完遂ですし」


 これ以上は気にするまいと、己の中に浮かんでいた疑問を払う。

 そうして今度こそ、残る者達の呻き声を背に振り返ることなくダンジョンを去った。




「そまり!」


 俺の姿を見つけたお嬢様がパタパタと走り寄ってくる。ぎゅうと抱き着いて労ってくれるこの愛しさといったらない。

 たまらず俺も抱き締め、しばらくお嬢様の愛しさを堪能する。あぁ、小柄で可愛らしく、俺を呼んでくれる声はまさに天使の囁き。菅谷達の悲鳴と嗚咽ばかりを聞いていた俺の耳を、お嬢様の愛らしい声が癒してくれる。

 そうしてしばらく抱擁を堪能し、俺の心が癒されるとそっとお嬢様を離した。


 次いで西部さんと満田さんの元へと向かう。――お嬢様が俺から離れると共に、コラットさんがお嬢様の頭の上に乗った。いつの間にか定位置になったようで、お嬢様もさして気にせずにいる――

 見れば座り込む満田さんはいまだ怯えの表情を浮かべており、肌の露出を隠すケープとタオルを抱きしめるように身を縮こまらせている。


「そまり、れいちゃんに上着を貸してあげて」

「畏まりました」


 お嬢様の頼みなら、と上着を脱ぐ。

 脱ぎたてでサイズも違うが、無いよりはマシだろう。少なくともケープとタオルよりは体を隠せる。

 そう考えて上着を満田さんに渡そうとし……、


「いやぁっ!」


 と、悲鳴じみた拒絶の声を出されてしまった。

 満田さんが元より硬直していた体をより縮こませる。まるで俺が恐怖の対象かのように、俺から身を守るかのように。その肩は見て分かるほどに震え、振動を受けてタオルの端まで揺れている。


「嫌なら別に構いませんけど」

「あ……ちがう……違うんです……。ごめんなさい。助けて貰ったのに、私……」


 体を小さく縮こませ、満田さんが肩を震わせながら譫言のように呟く。

 はたと我に返った西部さんが慌てて彼女を抱きしめる。それで僅かながら安堵したのか、満田さんが俺を見上げてくるが、瞳にはいまだ怯えの色が濃い。

 試しにと上着を差し出せば、再びビクリと肩を震わせ小さな悲鳴をあげた。細かな傷が残る足でズリと地面を蹴り、少しでも俺から距離を取ろうとする。


「ごめんなさい……お礼を言わなきゃ……なのに……怖くて」


 震える声で満田さんが訴えてくる。

 そんな彼女に、俺はどうしたものかと己の上着に視線をやった。


 満田さんが菅谷達に何をされていたのか、確認するまでもなく分かる。

 ゆえに彼女は菅谷達と同じ『男』である俺に恐怖心を抱いているのだ。上着を差し出す俺の手に、取り押さえ暴力を振るおうとする菅谷達の手が重なって見えるのだろう。

 きっとそれは心の奥底深くまで刻み付けられたもので、俺への感謝さえも凌駕してしまう。頭では俺と菅谷達は別だと理解しているが、心と体が拒絶してしまうのだ。


 これを「助けて貰って失礼な」などとは思わない。


「別に貴女にどう拒絶されようと構いませんので、お気になさらず」

「……ごめんなさい、私……助けてもらって……なのに」

「お嬢様以外の人間に拒絶されても俺は別にどうでも良いんです。だから本当にお気になさらず」


 念を押すように告げるも、満田さんの震えは止まらない。

 俺の言葉に怒りの色合いでも感じ取ったのだろう。助けて貰った身で無礼を働いていると分かっているからこそ、俺の言葉一つ一つに咎めるような色を感じてしまうのだ。満田さんの中の罪悪感が、あるはずのない怒りを作り上げてしまう。


 だが本当に俺は気にしていない。

 むしろお嬢様以外の人間に拒絶されたからといって、どうこう感じるもの俺の中には無い。

 そもそも俺にとって満田さんは『会ってまだ数分の人』であり、終始俯いたり震えたりで碌に顔を見せていないので顔見知り以下である。ほぼ他人だ。拒絶されても構わない。


 ……なんて流石にこの場で言えるわけが無く、在り来たりな言葉で宥めたところで、自分で自分を責めている満田さんには効果がないだろう。

 ならばと距離を取るように後退れば、代わりにお嬢様が彼女の元へと近付いて行った。ひょいと座り込み、震えながら俯く顔を覗き込む。


「れいちゃん、私がそまりに代わってお礼を言われてあげる」

「……詩音ちゃんが?」

「えぇ、私がそまりの代理」


 だから、とお嬢様が両腕を広げる。

 抱擁を求めるその体勢に、満田さんが震えながらも恐る恐るお嬢様を抱きしめた。


「あ、ありがとうございます……。助けてくれて、本当に……ありがとうございます……」


 満田さんがお嬢様を抱きしめつつ礼を告げれば、それに対してお嬢様も彼女の背に腕を回す。

 そうしてぎゅうと一度強く抱きしめ、お嬢様が満田さんの元から離れると今度は俺へと向かってきた。

 ポスンと俺にぶつかり、抱き着いてくる。


「そまり、れいちゃんの代わりにお礼を言うわ。『ありがとうございます。助けてくれて、本当にありがとうございます』」

「これは名案。ならば満田さんの代わりに俺の返事を聞いてください。『どういたしまして』」

「分かった!」


 俺からの伝言を受け、お嬢様が満田さんの元へと向かう。

 ぎゅっと抱き着いて俺からの伝言を伝えれば、満田さんがお嬢様にしがみつくように抱き着き声をあげて泣きだした。ようやく助かったという実感が湧いたのだろうか。

 そうしてしばらくお嬢様と西部さんが満田さんを宥め、彼女が泣き止み落ち着きを取り戻すと、今度は西部さんがお嬢様を抱きしめた。またも伝言である。

 西部さんからの伝言と抱擁を俺へと伝えるお嬢様はなかなか忙しそうだ。


「お嬢様は紅茶リーダーとマシュマロリーダーを経て、世界一の抱擁メッセンジャーになりましたね。なんて多才」

「メッセージだけじゃなくて、荷物の運搬も出来るのよ」

「それは素晴らしい。ならこの上着を満田さんに届けてください」

「任されたわ!」


 俺から上着を受け取ったお嬢様が満田さんの元へと向かう。

 先程は恐怖で拒絶をした満田さんだが、お嬢様経由ならば平気なようで、上着を羽織ると深々と俺に頭を下げてきた。

 そうして俺の上着とお嬢様のケープでなんとか体を隠し、満田さんが恐る恐ると立ち上がった。随分と痛々しい恰好ではあるものの、下着は見えていないし、多少足元も隠せている。先程よりはマシだろう。

 西部さんが彼女を支え、出発を促すように俺へと視線を向けてくる。どこか急ぐような表情は、おおかたこれから来る者達と満田さんの遭遇を危惧しているからだろう。


 ベイガルさんが寄越す回収役はギルドの冒険者達。つまり殆ど男だ。

 今の満田さんの状態を見るに、いくら害のない冒険者と言えど合流するのは得策ではない。


 かといって、どこに行けばいいのか……。

 ギルドに戻ろうにもあそこは男ばかり。女性と言えば受付嬢と、二日に一回野菜を買いにくるマチカさん、あとごくまれに訪れる男勝りの女性冒険者くらいだ。

 そもそもギルドのある村自体が男女比半々。視界に入る男に対し片っ端から恐怖心を抱かれ震えられるのは面倒だ。


「いっそ、人間じゃない男の方がマシなのかも……」

「そまり、何の話?」

「ちょっと考えがありまして。お嬢様、ギルドに戻る前に寄りたいところがあるんですが、良いですか?」

「寄りたいところ?」

「リコルさん達に会いに行きましょう」


 そう俺が提案すれば、友人の名前にお嬢様が嬉しそうに頷いた。



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