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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第三章

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46/112

12:囚われのお嬢様(+1名)

 

 シン……と通路が静まり返る。

 残されたのは俺と西部さん二人だけ。


「……詩音ちゃん?」


 小さく呟かれた西部さんの声に、はたと我に返った。

 次いで逸る気持ちを押さえつけるように強く一度壁を殴りつける。もちろん手は壁の中に透けることはなく、ビリと痺れるような痛みが伝った。

 唖然としている場合じゃない。お嬢様が攫われた。ならば俺がすべきことは只一つ……。


「やつらを殺しましょう」

「そまりさん!?」


 西部さんがぎょっとして俺を呼ぶ。次いで俺の顔を見るや息を呑み、慌てて「急ぎましょう!」と俺の腕を引っ張ってきた。

 だが俺はそれに応えず、じっと壁を睨みつける。お嬢様が消えた先、お嬢様を浚った腕が引っ込んでいった先……。


「どうしたんですか、急がなきゃ!」

「西部さん、もしもこのダンジョンが崩壊した場合、俺はお嬢様の事だけを考え、お嬢様を救います。仮に貴女や満田さんが巻き込まれようと逃げ損ねようと、容赦なく見捨てます」

「は、はい……」


 気遣いも何も無い俺の言葉に、西部さんの表情が強張る。

 俺の言葉が偽りでも脅しでもなく、有事の際には本当に見捨てられると察したのだろう。

 だが事実、俺はこのダンジョンが崩れたとしたら、お嬢様を抱え、お嬢様を守り、お嬢様が安全だと思える場所まで非難する。その最中に西部さんや満田さんが逃げ遅れたとしても、俺は欠片も気にかけない。


「ですが、西部さんはお嬢様の友達、そして西部さんの友人である満田さんはお嬢様の友達でもある。お二人に何かあれば、お嬢様が悲しみます」


 そう俺がオレンジ色に灯したペンライトを片手に告げれば、西部さんの表情が僅かに明るくなった。

「そまりさん……!」と小さく俺を呼ぶ声には僅かながら救いを見たと言いたげだ。

 そんな西部さんに見つめられ、俺はゆっくりとペンライトを構え……、


「なので、お嬢様の救助が終わり、暇を持て余したら助けにきます!」


 と、声を上げると共にペンライトを壁に叩きつけた。


 轟音がダンジョン内に響く。


 ――轟音の最中、西部さんの「持て余す前に助けてくださぁい……!」という声が聞こえてきたような気がしないでもない――

 そうして壁を打ち砕き……目の前に現れた壁にもう一度ペンライトを叩きつけた。

 それが崩れれば再び壁がそびえ立ち、叩き割り、壁がたち……とその繰り返しだ。最短ルートを選んだ俺を、近付けさせまいとしているのだ。

 だが一枚壁を崩すたびに、壁一枚分やつらに近付いている。


「残りの壁の枚数が己の死へのカウントダウンと知れ……!」


 そう俺が豪快に壁を割砕いて進んでいく。

 視界の隅では西部さんが破片に当たらないようあわあわと避けつつ着いてくるが、当然彼女に手を差し伸べてやることはしない。

 もっとも「近付いています!」と教えてくれるのは有難いので、有事の際には暇を持て余す前には助けよう。


 そうして一枚また一枚と壁を割砕いていく。

 徐々に叩き割る際の手応えが軽くなっていくのは、ダンジョンを操っている能力に限界が来ているのか。打ち砕く際の音も次第に軽くなり、最初こそあわあわと破片から逃げていた西部さんも、今では飛んできた破片をコツンを額に受けて「あいたっ」と小さく悲鳴をあげるだけで済んでいる。

 明らかに壁がもろくなっている。見た目こそ岩肌を保ってはいるが、実際は張りぼてのように軽くなり、操り手の底が見え始めてきた。


 そうしてまた一枚と割砕いた瞬間、今まで岩肌だけが広がっていた視界が明るくなった。


「そまり!」


 俺の視界に、数人の少年に囲まれたお嬢様の姿が映る。

 地面に座らされてこそいるが怪我をしている様子はない。それどころか俺を見ると表情を明るくさせ、傍らにいる少女に「もう大丈夫よ」と声を掛けている。

 お嬢様の隣には一人の少女。お嬢様が羽織っていたケープで身を隠しているが、隠しきれぬ部分が素肌なあたり裸か下着程度だと分かる。顔色は悪く、お嬢様に「大丈夫」と言われてもなお怯えの表情で俺を見つめている。

 その姿に、たまらなくなったのか西部さんが俺の横をするりと抜けて駆け出した。


「れいちゃん!」

「……杏里ちゃん」

「ごめんね、私……もっと早く……」


 もっと早く助けに来たかった。そう泣きながら西部さんが満田さんに抱き着いて訴える。

 満田さんは未だ怯えの表情を拭えずにいるが、それでも西部さんに抱き締められると僅かながらに表情を緩めさせた。だがすぐさま表情を強張らせたのは、自分達取り囲んでいた少年達が露骨に舌打ちをしたからだ。

 年若い少年の不機嫌と敵意を露わにした表情。俺にとっては鼻で笑ってしまいそうなものだが、満田さんには恐怖でしかないのだろう。この距離でも分かるほどに怯えを色濃くし、それを庇うように西部さんが彼女に抱き着く。


「くそ、だからこいつを浚うのは止めようって言ったんだ。誰だよポーション売って金稼ごうって言ったの!」

「うるせぇな、お前だっていつまでもこんな場所に居たくないって騒いでただろ! おい菅谷、どうするんだよ!」


 仲間割れか、焦りの色を濃厚に少年達が喚き合う。

 声を荒らげているのは菅谷一派だろう。その横では、言い合いに入ることも止めることも出来ずにいる少年が二人。青ざめた表情で俺や菅谷達を交互に見やっているあたり、発言権も無く行動力も無いのだろう。

 彼等が後から菅谷達に迎合した二人、榎本と、名前を聞き忘れたがダンジョンを操っている一人に違いない。


 そうして菅谷達が責任を擦り付け合う中、一人が「俺は関係無いからな!」と声を上げると共に輪から抜けた。

 言ったもん勝ちとでも思っているのか、それとも早抜けすれば難を逃れられると思ったのか。まさに逃げるが勝ちとでも言いたげに走り出そうとし……、ガクンと体を大きく揺らした。


「なっ……なんだこれ……!」


 一人が驚愕の声を上げ、己の足元を見る。

 それに続くように彼等が視線を下に向け……表情を歪めて目を見張った。


 だがそれも仕方あるまい、己の足が氷漬けになっていれば誰だって驚くというもの。


 靴は見て分かるほどに氷塊に捉われ、抜け出すようにもがいてもビクともしない。

「何だこれ!」だの「どうにかしろよ!」だのと言い争いが激しくなる。榎本達に至っては悲鳴を上げそうなほどに真っ青だ。


 そんな彼等を他所に、俺は青色に灯したペンライトをクルクルと手元で回しながらお嬢様に向けて手招きした。

 お嬢様が立ち上がり、西部さんと共に満田さんを支えてこちらに歩み寄ってくる。少年達が捕まえようと手を伸ばすが、伸ばした手の指先から凍り付いていけばそれどころではないだろう。

 金切り声をあげ、逃げようともがきだす。もちろん逃がすわけがないのだが。


 そうしてお嬢様が菅谷達のもとから俺のもとへと戻ってくる。

 ぱふっと抱き着くこの愛らしさ。堪らず俺も強く抱きしめ、服の裾についた土汚れをぱたぱたと払ってやる。


「お嬢様、怪我はありませんか? 大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。そまりが助けに来てくれるって分かってたから、怖くも無かったわ」

「俺の不注意で恐ろしい目に合わせてしまい申し訳ありません。もっとお嬢様の身辺に気を遣っておくべきでした。やはり俺が常にそばに居て、片時も離れず、危険な目に遭わないよう、俺のそばで、俺だけのそばで、何も起こらない場所で、何も誰もお嬢様に近付けない場所で……」

「んもうそまりってば、また私を軟禁するつもりね。箱入り娘な私を更に軟禁なんて、過剰梱包が過ぎるわ」


 ツンツンと俺を突っついてお嬢様が咎めてくる。そんな愛の咎めにはたと我に返った。

 そうだ、今はお嬢様の過剰梱包を考えている場合ではない。――余談だが、軟禁はお嬢様が脱出を図るどころか抵抗すらしないため二週間ほど続き、お嬢様の夏休み終了と共に幕を閉じた。懐かしい。もちろん諾ノ森家了承の上だったのは言うまでもない――


 そんな思い出を思考の片隅に追いやり、今は問題解決を優先せねばと西部さんへと視線を向けた。


「西部さん、お嬢様と満田さんを連れて先にダンジョンを出てください。道は分かりますね?」

「は、はい」

「お嬢様、外に出たら発煙筒を焚いてください。コラットさんが来てくれるはずなので、説明をお願いします。俺は直ぐに追いかけますから、待っていてくださいね」

「任せて!」


 お嬢様が意気込み、次いで優しく満田さんの手を取った。

 西部さんも彼女を抱えるように支えている。当の満田さんはと言えば、俺と目が合うと小さく息を呑んで俯いてしまった。見て分かるほどに体が震えている。


 そうしてお嬢様達が、俺が破壊して進んだ道を戻っていく。

 それを見届けようとし、ふと思い立ってお嬢様を呼んだ。


「お嬢様、彼等のことをどう思いますか?」


 俺が言う『彼等』とは、いまだ氷漬けの己の足をどうにかしようともがいている菅谷達だ。怒りを露わに暴言を吐いて暴れ、他者に責任を押し付け、己は無害だと訴え、あろうことか西部さんや満田さんに助けを求めてさえいる。

 なんとも浅ましく醜い。聞いていて気分の良いものではない。彼等の声がお嬢様の耳に入っているという事実が腹立たしい。


 そんな菅谷達に、お嬢様はチラと一瞥すると……。


「知らない!」


 と、ふんとそっぽを向いた。

 怒りを露わに、もう視線すら向けたくないと言いたげに西部さんと満田さんを連れて出ていく。

「知らない!」なんて、なんとお嬢様らしく愛らしい言葉だろうか。



 可愛らしく、あどけなく、純粋で無垢な……死の宣告だ。





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[一言] お嬢様の言葉が絶対でありルールである
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