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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第三章

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10:少女の覚悟と要らない報酬

 

 ダンジョン内で生活をしていた西部さん達に合流した、『菅谷』という少年とその一派。彼等を「怖い」と言い切る西部さんの声は弱々しく、怯えの色さえ感じさせる。

 はたして『怖い』とはどういう意味か。外見が怖いのか内面が怖いのか、暴力的なのか威圧的なのか、喧嘩を好む不良という可能性もある。

 もしくは性根の悪いいじめをするようなタイプか。


 ……それとも、実際にいじめを目の当たりにしたからこその恐怖か。


「菅谷君達の能力はそんなに強くないんです。でもやっぱり怖くて……」


 恐怖を抱いていたのは西部さんだけではなく、それまで率いていたリーダー格の少年達も臆してその座を奪われたらしい。

 統率という良い意味をもたらしていたヒエラルキーが、悪い要素を持ち出した。というより悪い意味だけになった。

 菅谷という少年達は級友を支配下に置き、横暴な態度で接し、果てには暴力を振るいだしたという。

 リーダー格の少年達も、いくら強い能力を授かったとはいえ、顔見知りを相手に死傷の可能性が高い反撃に出られるわけがない。元が平凡な高校生なのだから尚の事、異世界だからと割り切るのは難しい。


「一部の子達はすぐに出て行ったんです、けど外は怖くて……」

「逃げ損ねたんですね」

「はい。でもやっぱり菅谷君達は怖いから、私達も逃げようとしたんです。……だけど」


 菅谷達に追われて、一人が逃げ損ねた。

 それが西部さんが探す『満田(みつだ)れい』。彼女の事を思い出したのだろう、西部さんが「れいちゃん……」と切なげな声で名前を呼んで目元を拭う。

 聞けば、満田さんは逃げようとする西部さん達を庇い、一人捕まってしまったのだという。

 その後西部さん達はこのダンジョンを抜け、ギルドに助けを求め……そして今に至る。西部さんが一人ダンジョンを彷徨い、俺達に救出されたという今に。


「大変でしたね。ホットミルクもう一杯飲みます?」

「……いただきます」


 グスンと洟をすすりながら西部さんが空になったコップを差し出してくる。

 それにホットミルクを注いで返せば、俯いていた西部さんが一口飲むと再び呟くように話し出した。


「菅谷君達、凄く乱暴で……。だから私、絶対にれいちゃんを助けたいんです。なんとしても、だから……そまりさん……」


 西部さんがじっと俺を見つめてくる。


「そまりさん、どうか助けてください。私お金も無いし、能力も役に立たないけど……でも……そまりさん!」

「はい、なんでしょう」

「れいちゃんを助けてください! 報酬は……私です!」

「はぁ?」


 せっぱ詰まった表情で出される西部さんの提示に、思わず間の抜けた声をあげてしまう。

 報酬が西部さん本人とは、いったいどういうことか。彼女の様子を見るに冗談を言っているとは思えない。


「報酬になるほど価値のある見た目ではないこと、凹凸も不十分なことは重々承知しています。でも、なにとぞ、なにとぞ『現役女子高生』という付加価値でひとつ……!」

「現役女子高生って、貴女とんでもないこと言い出しますね」

「うぇぇえ、れいぢゃぁあん……」


 西部さんがグズグズと泣き出し、捕らわれている級友の名を呼ぶ。

 その悲痛な姿から、彼女の精神状態が崖っぷちなのがよく分かる。共に逃げ出した級友達が一人また一人と離れ、ギルドの冒険者にも見放され、満田さんを救うためダンジョン内でさまよい続けていた西部さんにとって、もう俺しが縋るものがないのだ。


 そのためならば自分の体も……。


 そんな彼女の覚悟を理解し、俺はその肩に手を置いた。

 震えている。だが逃げることはなく、恐怖とさえ言える色合いの瞳で俺を見上げてくる。

 俺もまた彼女をじっと見つめ……、


「とても迷惑です」


 はっきりと告げた。


「要らないものは報酬にはなりません。押しつけられても困ります」

「本人を前にして『要らないもの』とまで……」

「要らないものは要らないんです。俺は『成人こそしているけれど大人とはけして言えない駄目人間』ですからね。オブラートなんて包みませんし、『自分を大事にしなさい』と諭す気も無ければ、『助けるけど報酬なんて要りません』と男気のある事も言いません。もちろん西部さんの提案を受け入れもしません。ただただ『要らない』とだけ言わせてもらいます」

「ただただ『要らない』……」

「えぇ、凄く『要らない』」


 念を押して告げれば、西部さんがいまだ涙の残る瞳で俺を見つめてくる。

 その瞳には先程の恐怖も覚悟も無く、疑問と言える色すらない。鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはまさにこのこと。きっと覚悟が空回って思考が追いつかないのだろう。


「俺が欲しいのは、俺の腕の中にすっぽりと収まり、小柄で愛らしく、天使でいて時に小悪魔、そんな黒髪の美しく可憐な少女。世界の宝であり現世に舞い降りた女神、唯一の存在です」


 はっきりと語れば、テントの中から「むにゃぁ」とお嬢様の寝言が聞こえてきた。

 どうやら寝ながらにして俺の語りに反応し、そして己こそがその人物であると訴えているのだろう。お嬢様ってば、夢の中でも俺と意志が繋がってる!


「というわけで、要らんもんを押しつけられても困るのでやめてください」


 オブラートゼロでお断りすれば、西部さんがしゅんと俯いてしまった。

 見たところ彼女は極平凡な女子高生。少し大人しめとさえ言えるだろう。遊んでいる様子はなく、安易に己の体を提供するような性格には見えない。

 つまり、それほどまでに追いつめられているのだ。もう自分の体を売るしかない。


 それが分かっていても、俺は彼女の提案を飲む気にはならない。

 現役女子高生を好きに出来るチャンスと考えれば、世の男が飛びつきそうなものだが、まったくもって心は動かない。

 日頃俺を煽ってくる俺の中の天使と悪魔とニャルラトホテプも、今回の件は全く興味が無いのか集まりすらしない。


「私、なんとかしてれいちゃんを……だから……」


 グスグスと泣きながら西部さんが呟く。悲痛な姿だ。

 それでも俺の胸は欠片も痛まない。冷酷無情と言ってくれるな、そんな事とっくの昔に自覚している。


「れいちゃん……れいちゃん……」


 力無く友の名を呼ぶ西部さんの声が続く。

 どうしたものか……と俺が頭を掻いた瞬間、


「杏里ちゃんの友達は私の友達なのよぉ……」


 とお嬢様の声が割って入ってきた。

 俺と西部さんが揃えたようにテントに視線をやる。見ればお嬢様がテントの出入口から顔を出しているが、その瞳はほとんど閉じられており、意識の半分はいまだ夢の中といった様子だ。

 それでもうとうとと船を漕ぎつつ西部さんに近付くと、その手をぎゅっと握った。


「杏里ちゃん、もう寝ましょう……」

「詩音ちゃん……でも……」

「そうなのね、ホットミルクが飲み足りないのねぇ……」


 うとうとと頭をゆらし微睡んだ声で話し、お嬢様が西部さんのカップを撫でる。

 その瞬間コップの中に水色の液体がコポッと沸き上がり、残っていたホットミルクと混ざり……はせず、分離してる。

 西部さんがぎょっとして、お嬢様にばれないようにコップをそっと置いた。どうやら飲む気にはならなかったらしい。


「夜更かしは乙女の敵なのよぉ……」

「詩音ちゃん、でも」

「明日は早く出発して、れいちゃんを助けるの……。ねぇ、そまりぃ……」


 むにゃむにゃ言いつつも俺の同意を求めてくるお嬢様の言葉に、西部さんもまた俺を見つめてくる。彼女の視線は戸惑いを宿しており、唇が「でも」と小さく動く。

 きっと俺が断ると思っているのだろう。なにせ先程まで、俺はまったくやる気を見せていなかったのだ。

 そんな西部さんの視線に、俺は肩を竦めて返した。


 俺としては満田さんを助ける義理はない。

 いかに菅谷という少年達が非道だろうが、捕らわれている満田さんが酷い目にあっていようが、助ける意欲は沸いてこない。

 報酬が西部さん本人という提案も、俺からしてみれば全くもって要らない報酬である。むしろ報酬とすら言えない。

 捉われの少女を救う使命感も無ければ、級友を救おうとする少女の決意を蔑ろにする罪悪感も無いのだ。二人の少女が救いを求めていると知っても、何をしてやる気にもならない。



 だけど、お嬢様は満田さんの救出を望んでいる。

 満田さんの救出は『お嬢様のため』になる。

 そしてそれは、使命感も罪悪感も何一つ感じない俺の、唯一にして絶対。



 だからこそ、俺の答えはただ一つ。



「お嬢様がお望みなら、必ず」



 そう告げれば、お嬢様が満足そうにむにゃむにゃ呟き、西部さんの手を引いてテントへと戻っていった。




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