08:#ダンジョンごはん #ワンプレート #ディナー
「ここらへんで寝ますか」
目ぼしい場所で荷物を下ろす。
中からテントを取り出せば、お嬢様が「火は起こさないの?」と尋ねてきた。
「このランタンなら夜でも平気ですよ。それに火事やガスの可能性を考えれば、火を起こすよりランタンの方が手早く消せるし安全です」
「マシュマロ……いえ何でもないの。そうよね、ランタンがあるものね……」
お嬢様がしょんぼりとリュックサックの中を覗く。
どうやら火を起こしてマシュマロを焼こうと考えていたようだ。なんてふわふわ甘くて可愛らしいのだろうか。
堪らずペンライトを赤く灯してお嬢様の足元に小さな火を起こせば、「マシュマロパーティーよ!」と嬉しそうに声をあげた。紅茶リーダーがマショマロリーダーにジョブチェンジである。
そのうえ、最初に焼いたマシュマロを俺にくれるのだ。お嬢様が焼いてくれたマショマロのなんと美味しいことか。三ツ星レストランのシェフが束になっても叶わない。
「杏里ちゃんも焼きましょ」
「……う、うん」
いまだ俺達のやりとりに着いてこれていないのか、西部さんが唖然としつつも言われるままマショマロを焼き始めた。
きっと俺達に対して言いたい事やら聞きたい事やらが満載なのだろう。
なにせ、ダンジョンの中で絶望を抱いて彷徨っていたところ、下半身のお兄さんとマシュマロリーダーが現れたのだ。そして巨大虎を倒した後のマシュマロパーティー、これは思考がついていかないのも当然である。
だが生憎と俺は彼女の疑問を解消してやるよりお嬢様の寝床作り、そしてお嬢様はマシュマロ焼きに専念している。
そうして組み立てはじめて十分程度だろうか、マシュマロが焼ける香ばしい香りに包まれテントが完成した。
中は広く、二人ならば優に過ごせる。むしろ大人が三~四人横になって楽に眠れる広さ。閉塞感を感じさせないよう天井も高めに作られており、材質も頑丈なもので作られており多少の雨風ではビクともしない。
それでいて収納性は高く、畳めば鞄の中に納まってしまう。そのうえ軽い。
デザインも洒落ており、けして冒険者が野営に使うものではない。趣味で野営をする者が手を出す代物だ。……というか、趣味にしている者でもそう手を出せる代物ではない。
ぶっちゃけ、このテント代だけで報酬額を超えた。
むしろ報酬額の倍以上出た。
だがお嬢様が寝るのだ、安いテントなんか使えるわけがない。
ダンジョンの中とはいえ、お嬢様に常に快眠を提供し、いついかなる時も穏やかな一晩を過ごして頂かねばならないのだ。
そうテントを前にして俺が熱く語れば、お嬢様がほぅと熱い吐息を漏らして「愛のテントね」と呟いた。
西部さんはドン引きである。
「あ、あの……私は、外で寝ますから……」
「あら駄目よ、杏里ちゃんも一緒にテントで寝るの。ね、そまり」
「えぇ、どうぞ」
ごゆっくり、と俺が伝えれば、西部さんが俺とお嬢様に交互に視線を向けてきた。
「良いの……?」と不安そうな瞳が尋ねてくる。
「男が一緒なのが嫌なら、俺だけ外で寝ますよ。お嬢様がテントの中でぐっすり眠れるなら、俺はテントの中だろうが外だろうが、空中だろうがどこでも寝ますから」
「いえそんな、助けて頂いてそんなこと……。空中……?」
「以前にピラミッドパワーで浮いた事があり、夜も遅かったので気にせずそのまま寝たんです。寝返りは打ちやすかったんですが、目を覚ますとミイラの顔が目の前にあって……おっと、失礼しました」
お嬢様がさっと耳を塞ぐのに気付いて、慌てて口を噤む。
ついうっかりとミイラトークをして、お嬢様を怯えさせるところだった。
慌てて話を終えれば、納得したのか、それともこれ以上話をしても奇怪な方向に進むだけだと察したのか、西部さんが若干引きつった表情でコクコクと頷いて返してくれた。
「私もテントで寝ます……」という声は上擦っているが、大人しく寝てくれるならそれに越したことは無いので気にしないでおく。
夕食は先程狩った鶏肉。
ペンライトを赤く灯してしっかりと焼き、片手間で濃い目のソースを作る。副菜には茹でた野菜。本来の野菜の甘みを味わうも良し、ソースを絡めて食べるも良し。
主食はパン。これも事前に温めて柔らかくしておく。最後にカップにコーンポタージュを注ぎ、全てワンプレートに乗せて完成である。
肉と野菜を取り、体も温まる。ダンジョン内と考えれば中々出来たメニューだろう。お嬢様に暖かなものを提供出来るのだから、ペンライトと糧である己の欲望に感謝だ。
「さすがそまりだわ。ダンジョン内であっても抜かりないワンプレートね」
「まさかこんな所でインスタ映えしそうなご飯を頂けるなんて……」
お嬢様と西部さんが食事をすすめる。
どうやら味も申し分なかったようで、お嬢様が満足そうに表情を綻ばせている。西部さんも、コーンポタージュに口をつけるとその温かさに安堵の息を漏らした。
だがそんな西部さんがふと俺の手元に視線をやり、はっと息を呑んで顔色を青ざめさせた。
「そまりさん、すみません! 私がいるせいで……!」
西部さんが謝るのは、俺がプレートどころかコーンポタージュを暖めていた鍋で食事をしていたからだ。
三人分の調理を終え、身目の良いものを選んでお嬢様と西部さんの分を盛り付けた。念のためにとおかわりも取り分け、後は俺の分……と、残ったものを適当に鍋の中にぶちこんだのだ。
型崩れした鶏肉も温野菜もごちゃまぜ、面倒なのでパンは暖めなかった。コーンポタージュに至っては俺の分は無い。
身目の良い二人のプレートに比べ、鍋の中はまさに残り物の寄せ集め、混沌と言える。
「私がプレート使ったから……。私がそっちで食べます!」
「お気になさらず。そもそも俺は自分の分を盛り付ける気はありませんでしたから」
「でも……」
「腹に入れば同じです。デザートは別腹、メインも和洋中で分かれ、各分野の腹が更に星一つから三つで区分けしているお嬢様のグルメな別腹と違い、俺の腹は『消化できるもの・頑張れば消化できないこともないもの・毒』でしか分かれてません」
「……なぜ、毒を摂取すること前提のお腹の作りを」
西部さんが俺の手元と顔と腹の順繰りに視線をやってくる。
次いで再び食事を再開させるが、その表情は随分と暗い。どうやら器の交換を申し出ても無駄と分かったが、それでも申し訳なさが勝っているらしい。
参った。
お嬢様の慰め方なら分かるが、他の女性の慰め方なんて分からない。
というか「どうにかフォローを入れた方がいい」とは分かるが、それをする気にならない。
だって落ち込んでいるのはお嬢様じゃないし。
そもそも、俺は本当に食事の盛り付けなんてどうでも良いのだ。
お嬢様の食事は綺麗に盛れた。鶏肉も美味しそうな焼き目をつけられたし、茹で野菜も綺麗な色が出た。パンも型崩れせず、全体を見ても洒落た喫茶店のランチレベルだろう。
だから俺の食事なんてどうでも良いのだ。肉の形が悪かろうが、野菜が崩れていようが、パンが潰れていようが、お嬢様の事じゃないのだから俺は気にもかけない。気にもかけられない。
「杏里ちゃん、大丈夫よ。そまりはお皿に拘らないの。一時期はバナナの皮に慣れ過ぎて、固いお皿は食べにくいってぼやいていたのよ」
「バナナの皮……」
お嬢様のフォローに――ナイスフォロー!――西部さんが怪訝そうに俺を見つめてくる。
その瞳は、申し訳なさとバナナの皮に対しての疑問が半々といったところか。見つめられ、俺はせめてと「バナナの皮は万能です」と返しておいた。
「それに、そまりはいずれ最高のお皿で食事をするのよ」
「最高のお皿?」
「えぇ、最高の……私という最高のお皿……。きゃっ、これ以上は恥ずかしくて言えないわ!」
お嬢様がぽっと頬を赤くさせる。
なんて愛らしい恥じらいだろうか。「いやーん」と呟く声はまるで天使の囁き、俺の心をくすぐり……欲望を……。
ちょっと待って!
私というお皿って、つまり女体盛り!?
いずれお嬢様に盛っちゃって良いの!?
「お、お嬢様!?」
「もう、そまりってば落ちついて! いずれなのよ、いずれ……」
お嬢様が恥じらいつつ、それでも恥じらいの合間にチラリと俺を見つめてくる。
そうして頬を赤くさせたお嬢様が「この話はおしまいよ!」と終了を告げ、西部さんと別の話をしだした。
あぁ、なんという分かりやすく愛らしい話題逸らしだろうか。西部さんが「大人って……」という目で俺を見つめてくるが、まったくもって気にならない。
今の俺の頭は、いずれくるお嬢様盛りのメニューのことでいっぱいなのだ。夢と希望と欲望が広がる。もうダンジョンとか依頼とかどうでもいい。
「帰りましょう! 帰ってお嬢様に盛るメニューを考えなくては!」
「う”ぇぇええっ……!」
「はっ! 西部さん! そうだった、あまりに夢と希望と欲望が広がりすぎて、西部さんの存在を忘れていた!」
「うぇぇー」
西部さんが切ない泣き声と共に俺を見つめてくる。
お嬢様が慌てて彼女の手を擦って宥め、流石に俺も謝罪した。
「大丈夫よ、杏里ちゃんの事も、杏里ちゃんの友達のことも、私達が助けてあげる!」
「詩音ちゃん……!」
お嬢様の堂々とした宣言に、西部さんがグスンと洟を啜り、お嬢様の手をぎゅっと握る。
なんという優しくも頼もしいフォローだろうか。お嬢様からは母性と凛々しさと優しさと清らかさが溢れ出ている。
これは女神、大天使、聖女。
……そんなお嬢様が、いずれ俺の皿。
その体に食材が盛られ……そしてそれを俺が……。
「この背徳感、堪らない。お嬢様が尊ければ尊いほど、女体盛りした時の背徳感が募る……。お嬢様、是非とも西部さんと西部さんの友人を救いましょう! お嬢様の尊さのため、そしていずれくる女体盛りのため!」
「うぇぇえ、動機が不純だけど、この際もう助けてくれるなら何でもいいですぅ……」
俺が欲望丸出しに意気込めば、西部さんが切なげな声をあげた。




