04:ち……能力とオレンジ色のペンライト
俺の発言を最後に、なんとも言えない静けさが漂う。
そんな中、お嬢様がクイと俺の服の裾を引っ張ってきた。
頬が赤く染まっている。なんて奥ゆかしいのだろう。この際、ドン引きしている学生たちは無視である。
「そまり……その、貴方の能力は」
「よくわかりませんが、思うに俺のちん」
「ハレンチなのは駄目なのよ!」
「失礼いたしました。そうですね、思うに俺のち……もとい、下半身に何かしらの力が宿っていると考えるのが妥当でしょう」
「まぁ……!」
そんな! とお嬢様が息を呑む。
次いでチラと俺の下半身に視線をやり……。
「そういうのは、デフォルトを知ってからじゃなきゃ……」
と顔を背けた。
満更でもなさそうである。なんて可愛いのだろうか。
しかし満更でもなさそうなのはお嬢様だけだ。他の学生は冷ややかに俺を見ている。
まぁ、俺だってこんな素っ頓狂な能力を授かった奴が居れば警戒するか他人のふりを決め込むだろう。もしくは指をさして大爆笑するか。
とにかく、俺に注がれる視線は鋭く、とりわけリーダー格の少年とその取り巻き達は見下すように俺を見ている。
せっかく見つけた大人がこんなファンキーな能力でガッカリしているのか、それとも俺の能力を警戒しているのか、もしくは使えないと判断したのか……。
とりわけリーダー格とその取り巻き達が授かった能力は優れており、俺の能力との差は歴然なのだ。彼等がこんな態度になるのも仕方ない。
だが授かったものはどうしようもないし、俺としては彼等がドン引きしようが「どうする?」だの「役には……」だのと話していようが知ったことではない。
俺にとって大事なのはお嬢様のみ。そのお嬢様は俺の下半身をチラチラと見ながら「受け止めきれるかしら」と悩ましげに吐息を漏らしているのだ。
その姿の妖艶さと言ったら無い。淑女でありながら、漏らされる吐息には色気を漂わせている。国宝級だ。
……という俺のお嬢様愛はさておき、学生達に冷ややかかつ怪訝にみられるのは俺としては好都合でもある。
「どうやら俺は皆さんのお役にたてそうにないですね。ご一緒しても足を引っ張るだけでしょう」
「いや、そんなことは……」
学生達が途惑いの色を見せ始める。
だが戸惑いこそするが「そんなことはない」と言い切らないあたり、正直な子達だ。もしくは、下手に否定して俺が「それなら」と同行を言い出す可能性を危惧しているのか。
俺にはまったくその気はないんだけど。なのであと一押し。
「俺とお嬢様はどこか安全な場所を探して助けを待ちます」
「そ、そうですか……?」
「自分達の身ぐらいは守れますから、どうか俺達の事はお気になさらず。皆さんの方こそお気をつけて」
にっこりと微笑んで告げれば、後ろめたさを覚えていた彼等が顔を見合わせた。誰からともなく「それなら……」と口にする。
本人がそこまで言うなら、と、そう言いたいのだろう。だが明確なことは言わず遠回し気味に確認し合うのは、置いていく罪悪感を押し付けあっているからだ。
そんな中、リーダー格の少年が「行こうぜ」と歩き出した。彼の言葉を皮切りに、そして彼を先頭に数人が歩き出す。
「おい、お前らも残んのかよ。行くぞ!」
と、そう告げる声はどこか威圧的だ。
俺達との別れに戸惑いと後ろめたさを見せていた数人がビクリと肩を震わせ、慌ててその後を追う。
リーダー格の少年やその取り巻き達と違い、見た目も授かった能力も地味目な子達だ。
それでも「気を付けて」「救助が見つかったら向かわせますから」と案じてくれるあたり、良い子達なのだろう。極力彼等の罪悪感を刺激しないよう、暢気に笑ってヒラヒラと手を振って見送ってやる。
そうして彼等が去っていくのを見届けると、俺の背中に隠れつつ半身出して手を振っていたお嬢様が「いいの?」と俺の服を引っ張ってきた。
「そまり、せっかく人がいたのに離れて良いの?」
「正しかったかどうかは分かりませんし、大人としては間違えた選択でしょうね。でも俺としてはあまり行動を共にしたくなかったんです。危機感薄いし、迂闊だし、なんか既にヒエラルキー築いてるし。……それに」
ふと、会話の最中に彼等が表情を強張らせた瞬間のことを思い出す。
あの時、あの女子生徒は何を言おうとしたのか。
『まるで一年の時の』
そのあとに続く言葉は何なのか。あの様子では聞いたところで答えてはくれないだろう。つまり、それほどの何かがあるのだ。
仮に俺の予想通りとすれば、そして当事者があの中にいるとすれば、極力関わらないほうが得策だ。もし彼等が無関係だったしても、同校という結束がある中に迂闊に入るのは危険である。
万が一のことが起これば、最初に切られるのは部外者である俺達だ。
誰だって、見捨てるのなら繋がりのある学友より見知ったばかりの者である。
……それになにより。
「可愛いお嬢様に俺以外の男が近付くなんて耐えられませんからね」
「もう、とめどないほどの独占欲なんだから」
「お嬢様と一緒にいるのは俺、お嬢様の近くにいるのも俺、お嬢様をお守りするのも俺。ここがどこだろうと、どんな能力を授かろうと、どこに能力を授かろうと、それは変わりません」
熱意的に語れば、お嬢様が満更でもなさそうに突っついてくる。なんて可愛らしいのだろうか。
それでいて俺を突っつきつつも、
「そまりの考えだもの、大人としては間違えた選択でも、私にとっては大正解よ」
そう小さく告げてくるのだ。きっと俺の考えを多少なり察したのだろう。
そんなお嬢様に俺は堪らず抱きしめたくなり……ぐっと堪えた。これまた察したお嬢様がギリギリ俺の腕の届かない距離まで身を引いてくれる。
これも含めてなんてお優しい……。
そうしてひとまず安全な場所に出ようと森の中を歩く。
といっても目的になるものも無く、どちらに行けば良いのかもさっぱり分からない。日の光から方角をと考えたが、そもそも方角が分かったところで意味などないのだ。
ならば優先すべきはお嬢様である。せめて歩きやすい道を……と周囲の様子を窺いつつ歩いた。
「そまり、見たことのない花が咲いてるわ」
「そうですね。今俺の目の前を通り過ぎて行った小動物も見た事がありませんね」
「きゃっ、虫が……虫? 虫かしら?」
「虫、ですかねぇ……?」
花に限らず、木々も、小動物も、虫も、何から何まで見たことのないものだ。時には二人揃って首を傾げてしまうようなものすらある。
少なくとも、日本には生息していないものばかりである。……いや、日本どころか世界を探したってこんな光景は存在しない。
「となると、異世界……とか、そんなまさか」
己の発言のありえなさに乾いた笑いを浮かべてしまう。
だってそんな、目が覚めたら別世界だなんて映画や小説じゃあるまいし、おとぎ話も良いところだ。
「目が覚めたら別の場所……なんてことは日常茶飯事でありましたけど、地中海のど真ん中だったり、アマゾンの村だったり、特殊部隊の出陣直前だったり、どれも地球内ですからね。まさか異世界なんて」
あり得るはずがない、そう考える俺の視界で、ガサッと大きく草が揺れた。
お嬢様が慌てて俺の背後に身を隠す。
「……そまり、何かいるわ」
「お嬢様、俺の後ろにいてください」
お嬢様を背に庇い、ペンライトを握り直す。
人の話し声は……しない。どうやら先程会った学生達が戻ってきたわけではないようだ。そもそも、彼等なら遠目でこちらに手を振って、大声で名前を呼んできそうなものだ。
だが草場の向こうに居る何かは、声を掛けてくるでも無くガサガサと葉を揺らしてこちらに近付いてくる。
だが音は先程より大きくなったのに姿どころか影すら見えないのは、草場に隠れるほどの小動物か、それとも匍匐体勢で近付いてきているのか……。
なんにせよ、お嬢様を守らねばならない。そう考えてペンライトのスイッチを入れる。色は……オレンジだ。
「そまり、暖かな印象を与えるオレンジで私の恐怖を癒やしてくれているのね……」
「えぇ、俺の背中で震える子猫ちゃんを、太陽の色オレンジで温めてあげようと思いまして」
「なんて温かいの……。オレンジ色も、そまりの優しさも……」
オレンジに光るペンライトを見つめ嬢様が俺の背に身を寄せる。多少恐怖は和らいでくれただろうか。
だが次の瞬間、草場がガサッと一際大きな音を立てた。お嬢様の体がビクリと強張る。小さく息を呑み、震える声で俺を呼ぶ。
そんなお嬢様を背に庇い、待つように草場を睨み付ければ……、
ゆっくりと、巨大なワニが姿を現した。
3メートルは優に超える巨体。見るからに固そうな表皮は虹に輝き、俺を見ると「ワニィ……」と唸りをあげてボッと炎を吐いた。
そんなワニが……。ワニ……。ワニ? ワニか、これ?
「お嬢様、これは……ワニ、ですかね?」
「でも本人……いえ、本ワニはワニって鳴いてるわ」
「いや、でもワニってあんな鳴き声でしたっけ……。でも見た目ワニだし、でも虹色に光ってるし……」
「そまり、こっちに来たわ!」
ノシノシと近付いてくるワニ(暫定)に、お嬢様が怯えの声をあげる。
ワニの仕留め方を嗜んでいる俺に対し、お嬢様はワニなど動物園でしか見たことのないご令嬢。野良のワニに恐怖するのも仕方ないだろう。
そんな現代日本のプリンセスことお嬢様を怖がらせる……これは許されることか? いや、有罪だ。
世界中の聖職者が集まったって全員が漏れなく「ギルティ」の一言で親指を下に向けるだろう。お嬢様を怖がらせるとはそういうことなのだ。
「お嬢様、大丈夫ですよ。俺がそばにいますから」
「でも、そまり……」
お嬢様の声が震えている。
その瞳にはうっすらと涙が溜まっているが、次の瞬間、驚愕を露わに見開かれた。
ワニがこちらに向かって突進しだしたのだ。
鋭利な歯を見せつけるように大きく口を開け、その喉奥に炎を宿し……。
そして、俺のペンライトの餌食となった。
俺がペンライトでワニの鼻を殴りつけたからだ。
憐れワニは後方に吹っ飛び、大木にその巨体を打ち付けた。木が揺れ周囲の鳥たちが一斉に飛び立ち、ズン……と重い音と共にワニの巨体が地に落ちる。
それ以降シンと静まるあたり、気絶でもしたのだろうか。
見ればワニはピクリともせず、ならばと今のうちに止めをさしておく。
もちろん、お嬢様にはこんなシーン見せるわけにはいかないので目を瞑っていてもらう。お嬢様の瞳に映っていいのは、愛らしい小動物と綺麗な花々と俺だけだ。
「そまり、もう目を開けても大丈夫?」
「えぇもう大丈夫ですよ」
手早くワニを仕留め、念のため近くに生えていたツルで口を縛っておく。
そうして俺が処理を終えたと告げれば、お嬢様が恐る恐る俺の影からワニを覗き込んだ。そしてすぐさま「きゃっ」と声をあげて俺の後ろに再び隠れてしまう。
死んだとはいえ、巨大なワニはそれだけで恐怖なのだろう。背に隠れつつチラチラとワニに視線をやり、「大丈夫なの? もう大丈夫なの?」と尋ねてくるお嬢様は庇護欲を誘う。
そりゃこんな可愛らしいお嬢様を背にしているのだから、ワニの一匹や二匹、それどころか群れだって倒してみせる。
……のだけど、
「さすがに、これはおかしいよな……」
そう俺は誰にでもなく、あえて言うのであればヒビ一つ入っていないペンライトに話しかけるように呟いた。




