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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第三章

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1:ダンジョンとは

 

 首元まですっぽりと布団を掛け、お嬢様がすやすやと眠る。

 目を閉じているため睫毛の長さがより分かり、ピンクの唇からは細長い寝息が漏れる。

 何時間だって見つめていられる愛らしさだ。

 だがいつまでも愛でているわけにはいかない。そう心を鬼にして、布団の上からお嬢様を揺らす。


「お嬢様、朝ですよ。起きてください」

「……やーん」

「ギルドに行く時間ですよ。というか、俺だけギルドに行っても良いんですけどね。マチカさんが来るのも昼過ぎだし。お嬢様、もう少し寝ていますか?」


 ギルドに登録しているとはいえ、実際に街を出ていくのは俺だけ。つまりお嬢様は昼過ぎに顔を出せばいい。マチカさんの依頼だって、お嬢様の尊い仕事とはいえ俺が済ませてしまっても良いのだ。

 だからお嬢様はこのままぐっすりと……と提案するも、再び「やーん」と抗議の声があがった。

 モゾモゾとお嬢様が布団の中で身じろぎ、とろんとした瞳で俺を見上げてくる。


「……そまりは、布団の中でぐずる私と、しゃきっと起きる私、どっちが好き?」

「究極の二択ですね。しかし、あえて言わせていただくなら、『温かい紅茶で目が覚めたものの、まだ少し布団に未練がある起床3分後のお嬢様』も引けを取らぬ趣があります」

「そまりってば、通なんだから」


 甘い声で笑い、お嬢様が布団から出てくる。

 どうやら起きる気になったらしい。ならば俺は起床3分後のお嬢様を愛でようと懐から懐中時計を取り出し……「あれ」と声を上げた。


「時計が止まってる」

「あら本当。壊れちゃったのかしら?」

「中で何か引っかかってますね」


 俺がいつも持ち歩いているこの懐中時計は、造りが細かく、その細かな内部の造りを透かしている。白い文字盤に比べて時間は読み取りにくいが、それが堪らないのだと以前に愛好家から聞いた。

 そんな文字盤の一部、普段ならば小刻みに動いているはずの歯車が止まっている。試しに軽く揺らしても直ることはなく、どこかで引っかかっているのか、歯車はキチキチともどかしく震えるだけだ。


「中を見れば俺でも直せると思いますけど、問題はパーツの代えがあるかですね」

「ベイガルさんに聞いてみましょう」


 彼ならきっと何とかしてくれる。そうお嬢様が告げ、次いで俺の胸元にポスンとぶつかってきた。

 そのままグリグリと額を押し付けてくる。


「お嬢様?」

「3分経ったのよー。起床3分後の私よー」


 額を押し付けながら甘えてくるお嬢様に、俺の中で愛おしさが増す。

 これを愛でないわけにはいかず、ぎゅっと抱き締めれば温かさが伝わってくる。3分前まで布団の中で寝ていたからだろうか、お嬢様の体温は普段より少し高い。

 そうしてしばらくお嬢様を抱きしめ、お嬢様のお腹に住む愛らしい小鳥がクルルと鳴くのを合図に朝食にうつった。




「ベイガルさん、時計が壊れました」

「お前、なんでもひとまず俺に言ってくるのやめろよ。自力で直すなら俺の執務室に工具がある、店に頼むなら町の中央に技術者がいる」

「技術者か……。予備のパーツも無いし、頼んだ方が早そうですね」


 懐中時計専門とはいかずとも、詳しい人がいるのならそれに任せるに越したことは無いだろう。

 やっぱりベイガルさんに言えばなんとかなる。俺が最初に彼に抱いた直観――全力で寄りかかろう――は間違いではなかった。

 ……のだが、ベイガルさんが無言で俺に一枚の用紙を突きつけてきた。依頼書だ。

 きっとこれは「教えてやった代わりにこの仕事を受けろ」ということなのだろう。さすが外見詐欺のオッサンモドキ、一筋縄ではいかない。仕方なく受け取りつつ依頼書に目を通す。


「ダンジョン散策? ダンジョンって何ですか?」

「なんだ、お前の元いた世界には無いのか」


 意外だと言いたげなベイガルさんの言葉に、俺は書類と彼を交互に見やって頷いて返した。

 次いで隣に座るお嬢様に視線をやれば、お嬢様も知らないと言いたげにコテンと首を傾げる。愛らしい。


 しかし、ダンジョンとはまたファンタジーらしい話ではないか。

 といっても話を聞いた限りでは、ダンジョンと言っても実際は古代遺跡や、衰退した地域で使われていた地下通路が殆どなのだという。野生動物やゴブリンといった生き物が住み着いてはいるが、武器やアイテムの入っている宝箱は無い。

 文献が残されていない古代文明の入り組んだ施設、全貌が明らかにされていないのでダンジョンと一括りにされている……この程度だという。

 夢があるのか無いのか、微妙なところだ。


「ニューヨークの地下や東京駅なんかも、千年ぐらいしたらダンジョン扱いかもしれませんね」

「きっとその時も横浜駅は工事中よ」


 クスクスと笑いながらお嬢様がコラットさんに誘われて歩いていく。

 いつの間にか日課になっているプランターの水やりをしにいくのだろう。なんて愛らしく働き者なのだろうか。

「詩音が水をやると花が良く育つの」とはコラットさんの話。お嬢様が「お花への愛よ」と語っている。

 ……愛だよな。多分。淡く水色に光る液状の愛だ。


 そんなお嬢様の姿を堪能し、次いで手元の依頼書に視線を戻す。


「それにしても、ダンジョン散策とはまた面白い依頼ですね」

「ダンジョン関係は普通ならもっと大きなギルドが受ける仕事なんだがな。訳ありでうちに回ってきた」


 どうやらここからしばらく行ったところで新しくダンジョンが発見され、そこで一人の少女が彷徨っているらしい。

 その少女もまた誰かを探しているようで、依頼書は少女の救出を第一に、出来るならば少女の探し人を見つけ、可能ならばダンジョンの内部散策とされている。

 報酬は……図分と安い。

 人命救助のうえに散策まで課せておいてこの値段。面倒なだけの依頼ではないか。

 準備とダンジョンまでの足代、それに何日かかるのか分からないので野営の手配……となれば、手元に残るのは雀の涙だ。下手すれば赤字になりかねない。


 そう俺が読み進めつつ眉を潜めれば、「こっちに回ってきたのか」と背後から声を掛けられた。

 見れば、一人の男が俺の背後から書類を覗き込んでくる。このギルドをメインに近隣のギルドを行き来している冒険者だ。俺も幾度と顔を合わせ、雑談交じりに他所の話を聞かせて貰っている。


「この依頼、他のギルドでも見たぞ。報酬は……なんだ、かなり下がったな」

「誰も解決出来なくて回ってきたんですかね」

「それなら普通は逆、解決できなけりゃ報酬は上がるもんだ。だがどうも変な依頼らしくてな。関わらない方が利口だって噂が広まって、誰も受けなくなったんだ」


 曰く、ダンジョン内は酷く複雑で、入るたびに道が変わるとまで言われているらしい。そのうえどこからともなく攻撃され、不気味なことこのうえない。

 更に件の少女は連れ出そうにも捜し人がいると言い張り、そもそも元はその少女自身が依頼者だというではないか。

 事情の分からぬ面倒な依頼、そのうえ報酬も高くない。これを好んで受けようとする者は居るまい。

 そういうわけで悪評が祟り近隣のギルドでたらい回しにされ、その果てにこのギルドにまで来たのだろう。


「ベイガル、こんな報酬じゃ誰もこの依頼受けないだろ」

「あぁ、だから今からそまりに押し付ける予定だ」

「おいオッサンモドキ」

「俺だったら絶対に受けない依頼だな。ご愁傷様、頑張れよそまり」

「だってよ。是非頑張ってくれ」

「……好き勝手言ってくれる」


 俺が恨めしそうに睨みつければ、男がヒラヒラと手を振りながらギルドを出ていき、ベイガルさんがそれを見送る。俺の眼光に臆する様子はない。


 そうして男が出ていくのを見送ると、ベイガルさんが周囲を窺い……「実はな」と声を潜めて話し出した。



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