17:おうちに帰ろう
今後の事を話し終え、リコルさん達と別れを告げる。
「是非こちらにも遊びにいらしてくださいね」というお嬢様の別れ際の言葉と、スカートの裾を摘まんで見せる挨拶はまさにパーフェクト。それに対して嬉しそうに微笑んで返すリコルさん達からも友好的な空気が漂っている。
彼等の墓地を荒したのは他でもない人間だが、どうやら人間全体への嫌悪には繋がらなかったようだ。これもひとえにお嬢様の人徳の成せる業。種族間戦争を止めるなんて、お嬢様は本当に素晴らしい。
「ねぇそまり、皆さんが遊びにいらした時はおもてなししてさしあげてね」
「えぇもちろんです」
お嬢様がお招きした客人となれば、俺も誠心誠意おもてなししますとも。
過去お嬢様の誕生日パーティーを開催した際、お嬢様の「おもてなししてね!」という言葉にやる気を出し過ぎ、正門からパーティー会場の部屋までベルトコンベアを設けたことを思い出す。懐かしい、客人を一歩も歩かせまいとしたのだ。
あの時と同じくらいにおもてなししますと告げれば、お嬢様が懐かしいと微笑んで俺を見上げてきた。
マイクス君が引きつった表情で笑う。ベイガルさんはベルトコンベアが分からないようだが、嫌な予感を感じているのだろう警戒するように俺を睨んでいる。「よく分からないがどうせ碌な事をしない」と、そう無言で言われている気がしてならない。
そんな別れを終え、森を出てギルドへ……となったところで、お嬢様がふわと欠伸を漏らした。どうやらお疲れのようだ。
エルフや獣人を前にして緊張し、墓地での闘いを経て彼等の亡骸を葬るために働き、そうしてようやく帰宅となり、今までの疲労が一気に押し寄せてきたのだろう。次第に返答もまだらになり、試しにと俺が止まればお嬢様も足を止め……ポテンと俺にもたれ掛かってきた。
「皆さまお疲れさまでした、帰ります」
「即決するな。ギルドに戻って報告書だ。これだけの大事になればうちだけじゃ処理できないからな。今日中に書いて、明日の朝マイクスに王都に持って行ってもらう」
「ベイガル、さすがにこれだけの事件なんだからギルド長が王都に報告に行かなきゃ駄目だよ」
「……そまり、今お前は何も聞かなかった。マイクスの言葉も何も一切聞かず、報告書は全て俺に一任しお嬢さんを連れて家に帰った、いいな?」
「またそうやって誤魔化そうとする……。遠く無いんだから、いい加減自分で王都に行きなよ」
「誤魔化すなんて失礼だな。ギリギリ書類提出で済む程度に報告書を書くだけだ」
咎めるようなマイクス君の言葉に、ベイガルさんが堂々とした開き直りを見せる。この書類詐称を得意技とするオッサンモドキがマイクス君の言葉で改めるわけがない。
そんなベイガルさんに対し、俺はと言えば……、
「お嬢様がすぐに布団に入れるためなら、どんな詐称も喜んで目を瞑りましょう」
と、彼に対し手を差し伸べた。
「そまりさんまで……」
マイクス君が呆れを訴えるような声を出す。
だが残念ながら多対一だ。俺とベイガルさんがガッチリと握手を交わせば、説得は無理だと察したのかマイクス君が溜息交じりに肩を落とした。どうやら観念したようで、これ以上は言っても無駄だと言いたげなその表情に今まで幾度と言いくるめられたことが分かる。
そうして「密談よぉ……」とムニャムニャと呟くお嬢様をお姫様抱っこで抱え、村に辿り着くとベイガルさん達に別れを告げる。
お嬢様は俺の腕の中でぐっすりと眠っていたが、別れの気配を察してか「グーテむにゃむにゃ」と寝言を呟きだした。
夢の中でも挨拶を忘れない。なんて律儀で礼儀正しいのだろう。そんな中にキラリと光る知性、まさに現代のスリーピングビューティー。
そんなお嬢様を抱きかかえつつ家へと戻る。
その途中、目を覚したのかお嬢様がもぞもぞと身じろぎしだした。
「そまりぃ……私、歩くぅ……」
「大丈夫ですよ。このままそまりラインに乗っていてください」
「寝台特急そまりライン……。でも重いわ。そまりが疲れちゃう……」
「お嬢様を抱きかかえているんですから、疲れるどころか英気に満ちてます」
お嬢様を抱えつつ話せば、俺の腕の中でクスクスと笑う声があがる。
まどろんだ甘い笑い声が俺の胸を擽り、疲れなんて欠片も残さず吹っ飛んでいく。
「リコルさんとシマエさんが、また泊まりに来てって言ってくれたの。エルフの歌と昔話を教えてくれて、生まれたての猫の獣人を見せてくださるって。楽しみ」
「それは良い。その時もまたおめかししましょうね」
エルフの昔話にも歌にも、生まれたての獣人にも興味は無いが、お嬢様が喜ぶのなら俺も嬉しい。きっと瞳を輝かせ、喜びで頬を上気させ、「凄い、素敵」と連呼するに違いない。
お嬢様が喜んでくれる、それが俺の報酬だ。……それだけが俺の報酬だ。
そう告げれば、お嬢様が呟くように俺の名前呼び、そっと手を伸ばしてきた。頬を包むように撫でられる。擽られるようで少しくすぐったい。
「そまりの世界は相変わらず私のためだけね」
「えぇ当然です。俺はお嬢様のために生きてますからね」
俺の言葉に、お嬢様が瞳を細めた。
そうしてお嬢様は俺の首元に腕を回し、ぎゅっと抱き着いてきた。甘い香りがする。先程まで眠っていたからか、普段より体温が高い。
そんなお嬢様は俺の首元に強く抱き着き、耳元で俺の名前を呼んできた。耳に掛かる吐息にゾワリと背が震える。
「そまりが私のために生きるから、私はそまりのために生きるの。……だからこれは、私からの報酬よ」
お嬢様の甘い声に続き、なにか柔らかなものが俺の頬に触れる。
ちゅっ……
と軽い音が耳に届く。だがすぐさま頬に触れていたものは離れてしまい、俺の腕の中でお嬢様が「きゃっ!」と声をあげた。
俺の首に絡めていた腕を放し、両手で己の顔を覆う。
分かりやすいほどの恥じらいだ。だが何に恥じらっているのか。何に……。
あの時、俺の頬に……。
それを考えた瞬間、俺の中で一瞬にして熱が増した。
突然の事に頭が真っ白になり、腕から力が抜ける……と同時に、お嬢様が悲鳴と共にボデンと地面に落ちた。
これにて第2章終了です。
次話から第3章、そまりとお嬢様が迷宮に挑みます。




