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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第二章

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16:浄化作戦

 

 お嬢様を横目に計画を練りつつ、休憩していたベイガルさんのもとへと向かう。

 さすがオッサンモドキ、木に寄りかかって一息つく姿は貫禄がある。タバコをふかしていればより様になっただろう。胸元から取り出すスキットルは酒が入っているとしか思えない。……まぁ、実際は仕事中なので中身は普通にお茶だろうけど。

 そんなベイガルさんに先程の考えを話せば、理解すると共に真剣な表情で頷いて返してきた。彼もまたこの森の今後について案じていたらしい。


「可能性があるなら賭けたいところだ。だが失敗したら?」

「俺がびしょ濡れになり、そして俺とベイガルさんにアホのドジという烙印が押されます」

「なぜその策に俺を誘った?」

「失敗して俺一人だけがそんな烙印を押されたくないからです」

「……この野郎。だが乗った」


 ベイガルさんが片手を差し出してくる。ニヤリと笑うのは多少なり成功の可能性を感じているからだろう。

 そんな彼の手を軽く叩いて返す。次いで早速作戦にと移ろうとしたところで、飲みかけのスキットルに視線をやった。


「失敗した時に嘘がばれると不味いので、そのスキットルは全部飲み干しておいてください」

「あぁ、分かった」

「中味なんですか?」

「レモネード」

「……案外に可愛いのを飲む」


 もうちょっと渋いのを飲んでいてほしかった……と呟けば、人の持ち物を文句を言うなと睨み返された。

 そうして、献花を用意しているお嬢様の元へと向かう。




「働き者の麗しいお嬢様、美味しい紅茶は如何ですか?」

「そうね、少し疲れちゃったから頂くわ」


 俺が声をかければ、献花を整えていたお嬢様がパッと顔を上げる。

 なんて愛らしいのだろうか。このまま見つめていたいのをなんとか堪え、鞄の中から水筒を取り出してコップを手渡す。

 となれば次は紅茶を注ぐ……のだが、今日は違う。

 見ればお嬢様の手にあるコップには、既に波々と水色の――光がいつもより淡いのは弔いだろうか――液体が満ちている。

 もちろん紅茶ではない。なにせ俺は注ぐどころか水筒の蓋を開けてすらいないのだ。

 それを確認し、次いでベイガルさんに視線をやった。目配せすれば、彼も分かったと言いたげに小さく頷いた。


「あぁ大変だ、喉が渇いた!」

「まぁ、ベイガルさん、どうなさいましたの?」

「突然喉が渇いたんだ。だが俺の飲み物はさっきすべて飲んでしまった……。どうしよう!これは今すぐに何か飲まないと秒で死ぬ!」

「秒で!? どうぞ私の紅茶を飲んでください!」


 お嬢様が慌ててコップを差し出す。

 ベイガルさんが礼を告げてそれを受け取り、飲もうとし……、


「おぉっと手が滑ったぁ!!」


 と、声をあげると共にコップの中身を俺へとぶちまけてきた。

 水色の淡い光を放つ液体が宙に舞う。まるでスローモーションのような光景だ。

 俺はそれを避け……はせず、


「散れぇ!」


 と、気合たっぷり勢いよくペンライトで打ち付けた。

 その瞬間、水色の液体がパシュン!と高い音を立てて爆ぜ、霧状になって空気中に散っていく。

 どこに落ちるでもなく霧は散布され、後に残るのは何もない。……いや、仄かなシトラスの香りが残されている。


「淀みが消えたわ……!」


 とは、我に返ると同時に周囲を見回すリコルさんの言葉。

 悲痛だった表情は輝きを取り戻し、信じられないと言いたげに手近にあった木に触れた。心なしか先程より木は潤って見え、リコルさんの手が触れるとポコンと小さな新芽を出して応える。

 シマエさんが嬉しそうに周囲を見回し、他のエルフや獣人達も歓喜している。中にはこの喜びを示すために歌い出す者までいる。

 どうやら成功したようだ。言われてみれば、確かに周囲の空気が変わったような気がする。どこか晴れやかで清々しく、神秘的で……あとシトラスの香りがする。 


「そまり、凄いわ!」

「えぇ、そうですね。これもお嬢様の」

「紅茶に含まれるカフェインにはこんな効果もあるのね!」

「違いますね」

「ならカテキンなのね!」


 凄いわぁ、とお嬢様がうっとりと周囲を見回し、また一つポコンと生まれた新芽を愛おしそうに指で突っついた。

 その姿まさにフェアリー。そんなお嬢様を見つめ、次いで俺も周囲に視線をやる。

 今この場を訪れた者には、数刻前まで亡骸が動き回っていた等とは想像も出来ないだろう。

 それほどまでに変わったのだ。あの瞬間、俺の考えた通りのことが起こってくれた。


 お嬢様の水色の光る液体が、俺の下半身に宿る欲望を糧にした浄化パワーと合わさり、周囲に散布された。

 ……そう、


「まるでファブ〇ーズのように……」


 ポツリと呟いた俺の言葉は、神聖でかつシトラスの香りを漂わせる空気の中に溶けていった。



 ファブ○ーズ作戦は獣人達にも求められ、彼等の墓地も浄化する。

 ちなみにお嬢様はいまだ「異世界のカテキンは凄いのね」と気付かずにいるのだが、そろそろ解明すべき時だろう。

 そう考え、エルフの城について一息ついたタイミングでお嬢様に声を掛けようとするも、それより先にリコルさんが俺を呼んできた。なんという絶妙なタイミング……。


「そまり、私達は心から貴方の尊さを称え、この大地に息吹く者として」

「手短にお願いします」

「本当にありがとうございます」

「どういたしまして」


 あっさりとリコルさんが感謝を告げ、次いで俺の手を握ってきた。

 細くしなやかな手。真っ白でまるで陶器のようだ。そんな手が俺の手を握り、指を絡めていく様は見ていて不思議な気分になる。絵画が勝手に動いているような、彫刻が動き出したような、トリックアートを見ている気分に近い。


「そまり、この森に限らず、全てのエルフが貴方に感謝し、友として貴方との友情を胸に刻むでしょう」

「全てのエルフですか」

「えぇ、私達エルフはみな同じ種としての誇りを抱いています。一人のエルフが受けた恩は、全てのエルフの恩でもあります」

「壮大ですねぇ」

「今この瞬間もそまりへの恩はエルフ達の間で共有され、今夜中には大陸中、明日の夜には世界中のエルフが貴方への感謝を抱くでしょう。全てのエルフがそまりの事を知り、深い感謝を抱き、毎夜そまりを思って歌を紡ぎます」

「やめて頂きたい」


 重すぎる、と俺が訴えてもリコルさんは不思議そうに首を傾げるだけだ。どうやらエルフ達の感覚では普通の事らしい。

 そのうえシマエさんまでもが空いている俺の手をぎゅっと握ってきた。ふかふかの毛と肉球、これまた不思議な感覚だ。


「そまり様、私達獣人もそまり様の感謝を抱いていにゃ……います。明日の夜には世界中の獣人が今日の事を知り、そまり様への感謝を示すために月に向かって咆哮を捧げるでしょう」

「本当にやめて頂きたい」


 もう少しソフトでライトな感じに感謝してほしい。むしろ当初の条件通りお嬢様に接待してくれるのであれば、俺への感謝は無くて良い。

 そうきっぱりと告げれば、リコルさんとシマエさんが顔を見合わせた。

 どうやら俺の言葉が謙遜や遠慮ではないと察したようで、二人の手がゆっくりと離れていく。


「そまりは変わった人ね。でもその変わりようは何より尊く素晴らしいものです。生きるものが持つべくして、俗世に手放してしまうもの……」

「それは褒めてますか?」

「褒めてます」

「それならどうも」


 やたらと遠回しなリコルさんの言葉に返せば、シマエさんも感謝と共に俺を褒めてきた。

 次いでシマエさんがお嬢様を呼び、両の手でお嬢様の頬を包む。むにっとした肉球の感触に、お嬢様がパァッと表情を明るくさせた。


「柔らかいわ。でも軽くはなくしっかりとした確かな質感。しっとりもっちりとしたこの手触りは至高よ……!」


 感動のあまりお嬢様がふるふると震えだす。

 それを見て、リコルさんが自分もとお嬢様に手を伸ばした。シマエさんがお嬢様の左頬を放し、代わるようにリコルさんがその頬に触れる。


「陶器のように白く細い指、滑らかでひんやりとした感触……。至高、これもまた至高よ……!」


 エルフと獣人の手を堪能し、お嬢様が歓喜の声をあげる。次いで「人間代表として僭越ながら……」と自ら手を差し出すと、二人の頬に触れた。

 なんて愛らしいのだろうか。エルフや獣人と並んでも、やはりお嬢様が一番だ。お嬢様のあの小さく滑らかで温かい手は間違いなく人間代表、むしろ生き物すべての頂点と言える。

 美しさも気品も尊さも、楽しそうな表情の愛らしさも眩しさも、何もかもがお嬢様は群を抜いている。

 この笑顔を見れただけでも、仕事をこなして良かったと思えるほどだ。

 そう俺が満足げに話せば、マイクス君とラナーさんが苦笑と共に肩を竦め、ベイガルさんが「よだれを拭え」と俺の足を踏んづけてきた。



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