15:闘いの後
二人に猿轡をし、縄で縛りあげれば俺の役目は終わりだ。
助けを求めるような、縋るような瞳で見られた気もしないでもないが、きっと気のせいだろう。転がっているペンライトを拾い乱れた服を整え、ふるふると震えながら近付いてくるお嬢様を抱きしめるのに忙しくてそれどころではない。
そうして後から来たエルフや獣人達が二人を連れて行くのを見届け、腕の中のお嬢様をぎゅっと強く抱きしめた。
「そまり、大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫ですよ。お嬢様こそ、麗しくガラス細工のように繊細なハートに問題ありませんか?」
「私も大丈夫よ。でも本当に平気なの? 怪我はない?」
「大丈夫です、どこも……いえ、一カ所痛む場所があります。お嬢様への愛が募り過ぎて、この胸は許容量を超えて張り裂けそうに痛んでいます」
「んもう、そまりってば……。私への愛で痛む胸は、私の愛で癒してあげる」
甘い声でお嬢様が俺に擦り寄ってくる。頬を擦り寄せる仕草はまるで子猫のよう。
なんて愛おしいのだろうか。俺も応えるように愛を込めてお嬢様を呼ぼうとし……、
「おじょうさ……うぐっ……!」
と、くぐもった声をあると共に頽れた。
突如ふくらはぎに衝撃が走ったのだ。痛みに蹲れば、「そまりー!」と俺を呼ぶお嬢様の声が聞こえてくる。
いったい何が俺を襲ったのか?
あの学生達は既に連れていかれた。操られていた亡骸達も動いていない。この場において俺に攻撃してくる者などいるはずが……。
「覚えておけ、ギルドに戻るまでが依頼だ」
攻撃してくる者がいた。
誰か? そう、仁王立ちで君臨するベイガルさんである。
相変わらずえげつないローキックを放つ……。
「俺に唯一ダメージを負わせたのが貴方ってどうなんですか?」
「文句言ってないでさっさ働け」
「働くってこれ以上なにを……」
何をさせるのか、と言いかけ、周囲の光景にベイガルさんの言わんとしていることを理解した。
術者が居なくなった今、亡骸達は動くのをやめ地に伏せている。もちろんそのままに出来るわけがなく、亡骸達を埋めようとエルフや獣人達が集まってきていた。
だがその動きは酷く緩慢で、動くというよりは嘆いているに近い。
別れを惜しみ、時に語り掛け、鎮魂歌なのか悲痛な歌を贈り、そうして丁寧に運んでいる。だが運ぶ間にも嘆き、時には足を止めて花を添えたりもしている。
この調子で全てを埋めるとなれば、一日や二日は優に掛かるだろう。
「親族や近しい者は呼ばないようにしてもこの状態だ。俺達でやるしかないだろ」
「確かに、そうですね」
「コラット、悪いんだが人の姿になって手伝ってほしい」
ベイガルさんの頼みに、コラットさんがひゅんと一度宙を舞うと姿を変えた。
お嬢様の色違いだ。きっと俺の理想を読み取ったのだろう。
それを見て、お嬢様までもが自分も手伝うと言い出した。腕まくりをして意気込んでいる。
「お嬢様、お嬢様は無理をなさらないで、ここで見守っているだけで十分ですよ」
「駄目よそまり、私もちゃんと働くわ」
「ですが、怪我をしてしまうかもしれませんし、服も汚れてしまいますよ。怖いものを見てしまうかも」
「大丈夫よ。エルフや獣人達に酷いことをしたのが人間なら、彼等の信頼を取り戻すのも私達人間にしか出来ないことだわ」
きっぱりとお嬢様が言い切る。
先程までのふるふると震えていた儚げな表情は消え、今は強い意志を瞳に宿している。こうなったお嬢様は頑として譲らない。
それが分かるからこそ俺は白旗を上げるしかなく、せめて無理はしないでくださいと念を押した。
エルフや獣人達が穴を掘り、俺とベイガルさんとマイクス君で亡骸を運び入れる。俺がペンライトで浄化して、見えなくなる程度に土を掛け、再びエルフ達に任せて次を……という流れだ。
中には気丈に振る舞い運び役に名乗り出る者も居たが、その痛々しい強がりを前に、どうして了承出来るだろうか。運び役は三人で十分だと拒否すれば、エルフも獣人も揃ったように表情に疲労交じりの安堵を浮かべる。
ちなみに、お嬢様とコラットさんはリコルさん達と共に献花を用意している。
コラットさんに関して言えば、性別が無いのだから逞しい男の姿になって力仕事をしてほしいところである。だがベイガルさんとマイクス君曰く「気まぐれな精霊が手伝ってくれるのだから、これ以上は望まない方が良い」ということらしい。
まぁ、俺もお嬢様の近くにコラットさんが居てくれるのは安心なので、それ以上は言及しない。
そうしてまた一体、黒毛の獣の亡骸を穴に運び、白く灯したペンライトを軽く振った。
なんとなくだが纏っていた空気が変わった……ような気がする。赤の炎や青の氷と違い、白はなんとも分かりにくい。
「……礼を言う」
「ラナーさん」
「俺の父親だ。操られている時は酷い顔だったが、今は穏やかに見える」
「そうですか。俺には今一つ違いが分かりませんが、浄化出来てるなら良かった」
「最後にあの人間と共に打ち倒したのも父親だ。あの時一瞬ためらったが、お前の言葉を思い出した」
『庇って死ぬのが親孝行だと思うなら、どうぞご勝手に』
どうやら俺の言葉はラナーさんの迷いを断ち切ったらしい。
といっても、俺は別に彼の迷いを断とうとも背を押そうとしたわけでもないのだが、それは言うまい。
亡き父を見つめるラナーさんの表情はどこか晴れやかで、これに水を差すのは野暮というもの。
だがそんなラナーさんの表情も、父親の亡骸から顔を上げてゆっくりと周囲を見回すと、次第に影を落としていった。
「……あの人間達が居なくなっても、森の淀みは晴れないな」
「そうなんですか? さすがに俺のペンライトも、森までは浄化しきれないんですね」
「よりによってこの森で一番神聖な場所を汚されたんだ。この淀みはいずれ森中に広がるだろう。俺達獣人はそれでもやっていけるが、エルフ達はこの森を去るだろうな」
「森を去る!? そんな待ってください!」
それは困る!
なにせお嬢様はエルフに憧れて夢を抱いているのだ。せっかく会えたのに彼等が去ってしまえば、お嬢様の胸は痛み、麗しい瞳が悲しみで濡れてしまう。
それはなんとしても避けなくてはいけない! お嬢様にはいつだって笑顔でいてほしいのだ。
なんとかしなければ……とお嬢様に視線をやれば、献花を添えるお嬢様と、その手元でもりもりと育つ花が見えた。
土が手についたのかお嬢様がパタパタと手を払えば、その周囲でポコンと蕾が開く……。
……これは、もしかしたら上手くいくかもしれない。




