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03:能力


 現れたのは三人の男子学生。茶色に染められた髪と耳元のピアス、着崩した制服……と、いかにも軽い印象を受ける。かといって不良と言うほどでもなく、いわゆる最近の男子学生というやつだ。

 こちらを窺う様子もなく近付いてくる姿に地元の者かと思ったが、彼等の口から発せられた「お兄さんここどこか分かります?」という言葉に抱いた期待を打ち砕かれた。

 地元の者じゃない、たんに警戒心が薄いだけだ。


「俺達、気がついたらここにいたんですよ。意味わかんねぇし、最悪じゃないすか」

「意味が分からないのは同意しますね。残念ですが俺達も同じ状況です。君達は三人だけですか?」

「いや、あと同じ学校の奴らが数人……」


 来た道を振り返り、一人が大きな声を上げて学友を呼ぶ。

「おぉい」だの「こっちだ」だのと、その声は葉擦れの音しかない森の中ではやたらと響き、見慣れぬ色合いの鳥が奇怪な鳴き声と共に飛び立っていった。

 人を見つけて気が大きくなったのか、呼ぶ声も応える声も、こちらに来る足音も、なにもかも警戒心の欠片も無い。あまりの無防備さに思わず舌打ちしてしまう。


「なんて危機感の薄い……。誘拐された可能性や、森林戦に巻き込まれた可能性は考えないのか」

「そまり、日本人はあまり森林戦の可能性は考えないわ」

「戦場では声と足音をたてた者から殺されるというのに……。あれ、義務教育でゲリラ戦の基礎って学びませんでしたっけ?」

「少なくとも日本の義務教育では学ばないわね」

「おかしいな、爽やか三組でゲリラ戦の回を見た記憶があるんですが……」

「あまり爽やかじゃなさそうな三組ね。そまり、日本の爽やか三組は森林戦はしないわ、あれは基本内乱(内輪揉め)よ」


 落ち着いて、とお嬢様がペチペチと俺の頬を叩いてくる。「帰ってきて、日本に帰ってきて」という呪文のような囁きに、俺の意識がゆっくりと戻ってくる。


「申し訳ございませんでした、お嬢様。ちょっと意識が数年前に放り込まれたとあるゲリラ戦に戻ってました」

「懐かしいわ。品川の水族館に行く約束の日までに帰ってきてくれたのよね」


 お嬢様が微笑みつつ、最後に一度俺の腕を擦って宥めてくれた。

 次いで俺が正気に戻った――ここがどこかは分からないが、少なくともゲリラ戦からは戻ってきた――のを確認すると、再び俺の背中に身を隠す。

 そんなお嬢様を匿いつつ、ゾロゾロと姿を現す学生たちに視線をやった。

 男女の作りに違いこそあるものの、共通してチェックをベースにしたデザインの制服。見覚えがある。確か近隣にある高等学校だ。

 確認のために高校の名称を口にすれば、数人が頷いて返してきた。


『小津戸高等学校』


 市内にある公立高校だ。

 レベルで言うならば中の中、まさに可もなく不可もなくと言ったどこにでもある高校である。……とある不穏な噂を除いては。


「バスに乗ってたら急に周りが光り出して、気が付いたらここに居たんです。お前らもそうだよな」


 リーダー格なのか一人の青年が代表するように話し学友達に問えば、周囲もそれに頷いて同意を示す。

 あの瞬間、彼等もまたバスの窓の外に眩いほどの光を見たのだという。そして気を失い、気が付いた時にはこの森の中……。

 となると、俺達の乗っていた車と彼等のバスが何かしらに巻き込まれ、乗車していた者がここに連れてこられた、と考えるべきか。そう考えを巡らせていると、一人の女子生徒が「でも」と割って入ってきた。

 真面目そうな女子生徒だ。この状況に不安を抱いているのだろう、顔色が悪い。俺に対してチラと視線を向け、様子を窺うように恐る恐る話し出した。


 曰く、彼等は小津戸高校の三年生であり、課外授業に向かう途中だったという

 各クラス1台の、計4台のバス。

 それを彼女が話せば、聞いていた学生達が口々に何号車に乗っていたと話し出した。どうやら彼等は皆が同じバスに乗っていたというわけではないらしい。

 そのうえ、ここにいる者達は皆一様にバスの車内で眩い光を感じていたが、あの瞬間に異変を感じて声を上げていたのは一部だったという……。


「私の隣に座っていた子には見えてなかったみたい。私が意識を失う直前まで、私のことを心配していたわ」

「俺もだ。俺も周りのやつは平然としてて、最初はふざけてると思われてた。……でも、確か後ろでも騒いでたな」


 当時のことを思い出すように一人また一人と話し出す。

 自分達と、そして他には誰が騒いでいたのか。

 そんな中、真面目そうな女子学生がポツリと「それって一年の時の……」と呟いた。どうやら共通点を見出したらしい。

 だがすぐさま「なんでもない」と誤魔化してしまった。


 明らかに怪しい反応である。

 元より青ざめていた顔がより青くなり、果てには俺の視線から逃げるように顔を背けてしまった。視線が泳いでいる。

 怪しいのは彼女だけに限らず、「一年」という単語を聞くや学生達の顔が一瞬にして強張った。身を寄せ合っていた者達もどこか余所余所しくなり、誰もが目を合わせるまいとして不自然に視線を逃がす。

 何か隠しているのがバレバレである。

 だが今は言及すべきではないだろう。下手に勘繰っても隠されるのがオチだ。

 なにより、重苦しい空気が漂い、これ以上の発言を良しとしないのがひしひしと伝わってくる。

 そんな中、一人の男子生徒が「そんなことより」と無理に話を変えてきた。


「それより、えぇっと……お兄さんの」

「これは失礼、雪州そまりと申します。こちらは俺がお仕えしている……お嬢様です」


 俺が半身退いてお嬢様を紹介すれば、今まで俺の背中にぴったりと張り付いていたお嬢様がそっと彼等の前に姿を見せた。

 スタートの端を摘んで腰をおろし「詩音と申します」と鈴の音のような声で告げる。

 その姿は優雅の一言に尽きるだろう。だが挨拶が終わるやぴゃっと俺の後ろに隠れてしまう。なんて可愛らしい。

 そのうえ俺の意思を汲んで諾ノ森の名前を出さずにいてくれたのだ。愛らしいうえにこの察しの良さ、まさにパーフェクト。どこの馬の骨とも分からない男子学生は拝めるだけ有難いと感謝すべきである。

 そんなお嬢様を背にしていると、学生の一人が「雪州さんは……」と話しかけてきた。


「そまりで良いですよ。普段からそう呼ばれていますから」

「それなら、そまりさん……。そまりさん達は何か能力とか、そういう声は聴きましたか?」

「能力?」


 なんだそれ?

 と思わずお嬢様と顔を見合わせてしまう。お嬢様も問われた意味が分からないようで、俺と目が合うとコテンと首を傾げた。国宝級の可愛らしさ。堪らない。

 だが今はそんなお嬢様の可愛らしさに酔いしれ褒め称え崇め奉っている場合ではない。

 今は『能力』とやらについてである。


 彼等が言うには、光に包まれ意識を失う瞬間、どこからともなく聞こえてきた声に各々言い渡されたのだという。

 なんとも信じ難い話ではないか。これが仮に平穏な日常の最中であったなら「何を馬鹿な」と笑い飛ばしていただろう。

 だが目の前で『炎属性』とやらを言い渡された男子学生が手から炎を出したり、『土属性』の子が地面を隆起させたのだから反論する言葉を失ってしまう。

 そのうえ先程の真面目そうな女子生徒が俺に近付くと、手を差し出すように促してきた。


「私『治癒』という能力を授かってるんです」

「治癒?」

「はい、だから手を。左手、怪我してますよね?」

「えぇ、多分ここに来た時に……。まさか、これを治すんですか?」


 怪訝そうに問えば、頷いて返された。

 確かに俺の左手の甲には擦り傷がある。ここに来た時に負ったのか、だが騒ぐほどのものではなく血が滲む程度のものだ。

 そんな俺の手を、女子生徒がそっと握りしめた。――その瞬間、俺の背後で様子を窺っていたお嬢様がプクッと頬を膨らませた。なんてこった焼きもちだ!――

 だがそんなお嬢様の焼きもちに歓喜する余裕も無く、次の瞬間に目を見開いてしまった。

 手の甲にあった擦り傷が一瞬にして消えてしまったのだ。血も、なにも無く。思わず俺の頬が引きつる。


「……これは、流石に信じるしかないですね」


 血が滲んでいたはずの擦り傷が消えている。完治どころではなく、跡一つ無いのだ。正真正銘、跡形も無く、である。

 これにはお嬢様も目を丸くさせ、俺の手をまじまじと見つめてきた。

 そうしてしばらく俺の左手を眺め、腕にも擦り傷があるのを見つけるとぱっと傷跡を手で覆った。目を瞑り、むぅむぅと唸り出す。


「……お嬢様?」

「待っててそまり、今この傷を私が……むぅ、むぅむぅ」

「お嬢様、手が汚れてしまいますよ」


 放すよう促せば、お嬢様が残念そうに俺の腕からそっと手を引いた。擦り傷はもちろん残っている。

 それを見て、お嬢様がしょんぼりと俯いた。


「私を庇ってくれた時の傷だから、私が治してあげたかったのに……」

「お嬢様……。何を仰います、俺にとってはお嬢様がいつも労わってくる時の『痛いの痛いの飛んでいけ』が一番の治療法ですよ」

「……本当?」

「えぇ、本当です。あの野郎……もといくそ爺……もとい爺に『ちょっくら巨大ワニの仕留め方でも学んで来いよ』と生息地に連れていかれた時も、あばら三本やられましたがお嬢様の『痛いの痛いの飛んでいけ』を思い出したら痛くも痒くもありませんでしたからね」

「そまりってば……」


 俺の話に感動したのか、お嬢様が恥ずかしそうに顔を背ける。

 だが恥ずかしがりつつもツンツンと俺のあばらを突っついてくるあたり、俺の話が嬉しいのだろう。

 この可愛さ、あばらなんて何本折れたって回復出来てしまう。……理性は粉砕されるけど。

 そんな俺達のやりとりに痺れを切らしたのか、先程の女子学生が「あの……」と声を掛けてきた。


「あの……詩音さんには治癒の能力は無いんですよね? それなら別の能力があるのかも。何か聞いてませんか?」

「私、そまりにしがみつくので必死だったから、声は聞こえなかったわ……。そまり、貴方は?」

「俺もですね。お嬢様をお守りすることだけを考えて……いや、でも待てよ」


 この森の中でお嬢様に起こされた。だがその直前、揺らぐ意識で何かを聞いた気がする。


「そうだ……あの時、男の声で何か」


 朧気な記憶を必死に手繰り寄せる。

 あの瞬間、俺を呼ぶお嬢様の声の前に、確かに何か聞こえていた。

 なんだったか……。そうだ、なにか、能力がどうの……。


「なんだったか……ち、ち……」

「ちょこれーと?」

「違いますね。もっと短かったような……」

「ちょこ?」

「んぅ……近いような遠いような」

「ちょっこ、ちょこ、ちょと?」


 唸りつつ悩む俺に、お嬢様が助言をくれる。

 形の良い唇を少し尖らせて「ちょ、ちょ」と発するお嬢様の姿はこれ以上ない程に愛らしく、そしてあと少しで回答に辿り着きそうな俺の記憶をもどかしく刺激してくる。

 だがおかげで『ち』から始まる言葉だったことは思い出した。それも短めの言葉で……。だけど『ち』の後に続くのは何だったか……。


 ちょこ、ではない。

 だけど近いような気がする。

 ち……ちょ……ちぃ……と……こ……?


「……そうだ!」


 落雷を受けたかのように俺の記憶に一つの単語が浮かぶ。

 お嬢様を始め、学生達までもが俺に注視してくる。

 期待と警戒、そんな視線を一身に受け、俺は記憶に蘇ったばかりのことばを口にした。


「ち()こ能力!」


 ……と。

 その瞬間、ざぁと風が木々を揺らし、お嬢様が「きゃっ!」と顔を赤くさせて両手で己の顔を隠した。



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