12:エルフの墓地
「あぁ、エルフと獣人に挟まれて歩くお嬢様、本当に可愛らしい。まさに天使、妖精……。妖精みが凄い……」
「妖精み?」
「ベイガル、あんまり気にしない方が良いと思うよ。そまりさん、ラナーが睨んでるからせめてもう少し緊迫感を……」
マイクス君が背後を気に掛けつつ告げてくる。
試しにと振り返れば、確かにラナーさんが物凄い眼光で俺を睨みつけていた。小動物程度なら眼光だけで圧死させかねない程だ。
もっともこれがお嬢様に向けられていたら応戦したが、俺を睨んでいるだけなので問題無し。そう考え、前を歩くお嬢様に視線を戻す。
美しいエルフのリコルさんとふかふか獣人のシマエさんに挟まれ、お嬢様は夢心地だ。
まさかこれから行くのがエルフ達の墓地とは傍目には思うまい。それも、墓地を荒す人間を倒しに行くなどと、うっとりとリコルさんを見つめ、時にシマエさんの尻尾を愛しそうに見つめるお嬢様からは想像も出来ない。
まぁ、お嬢様は戦わないのでいつまでも夢心地でいてくれて問題は無いのだけど。愛らしいし。というかお嬢様の夢心地は俺が守る。
「それじゃ、件の人間が出てきたら俺が応戦するので、ベイガルさんとマイクス君はお嬢様を守ってください。死ぬ気で守ってください」
「なぜ言い直した」
「お嬢様に何かあったら俺が貴方達を」
「分かった。分かったからその冷めきった笑顔をやめろ!」
ベイガルさんに咎められ、ふぅと一息吐いて心を落ち着かせる。
そうして森の中を歩き、エルフの墓地である一角に辿り着いた。
だがそこは墓地という響きが不釣り合いなほどに美しく、花々が咲き誇っている。木々の隙間から日の光も差し込み、爽やかな風が吹き抜けている。
墓地といっても墓標や墓石といったものはなく、一見するとただ茂みが開けただけ。いや、周囲に漂う清涼感とこの美しい光景から、神々しさすら感じかねない。
「これは凄いですね……」
見惚れるように立ち尽くしていると、リコルさんが俺の隣に並んだ。
金の髪がふわりと揺れる。ピンと伸びた耳は、「これぞまさにエルフの耳なのよ!」とお嬢様が興奮しながら教えてくれた。変わった耳輪の形だが、彼等種族の特徴の一つだという。
「我々にとっての死とは一時的な別れ。再びこの地で息吹くため、彼等はここで眠りに着き大地に癒されるのです」
「なるほど、そりゃ神秘的ですね」
生まれ変わりを信じているのだろう。なるほど、死生観がそれならば墓地が華やかなのも頷ける。
だが俺の目には美しく見えてもリコルさんの目には違うらしい。眉を潜め、悲痛そうに周囲を見回した。
「空気が淀んでいる……」
そう呟くリコルさんの声は痛々しく、この場にいる事すら辛いと言いたげだ。
元より人ならざる美しさを持っている彼女に儚さが加わっている。周囲を見つめる瞳には過去を懐かしんでいるような色さえあり、俺もつられて周囲に視線をやった。
淀んでいる、と彼女は言うが、俺には今一つ分からない。まるで壮大なファンタジー映画のワンシーンのような絶景だ。
「俺にはよくわかりませんね」
「心が淀んでる奴には空気の淀みなんて分からないだろ」
「割って入ってくると同時に喧嘩売らないでください。ベイガルさんのその外見と実年齢の差こそ淀みの塊ですよ」
「喧嘩を売るなって言うなら買うな。それで、ここから先に例の人間がいるんだな?」
ベイガルさんがリコルさんに尋ねれば、彼女がコクリと頷いた。
表情には憂いを帯び、見ている者の胸まで痛みを覚える。……のだろう。多分。少なくともまともな人間なら胸に痛みを覚えるものなのだと思う。俺の胸は平常運転だけど。
そんな俺に、リコルさんが縋るような視線を向けてきた。
「そまり、本当に……本当に貴方にゆだねても良いのでしょうか」
「さぁ? やってみないことには分かりませんね」
きっぱりと告げれば、リコルさんの表情に悲痛そうな色が増す。
きっと自信たっぷりの宣言を期待していたのだろう。男らしく、勇ましく、俺に頼れと言って欲しかったに違いない。
だが生憎と安請け合いはしない主義だ。相手の手の内が分からない状況で「大丈夫です、俺に任せてください!」なんて言えるわけが無い。
そう俺が説明すれば、リコルさんが不安そうに、それでも「正直なんですね」と苦笑を浮かべた。
そんな俺達のやりとりを見て、ベイガルさんが「ふむ」と小さく呟くと、次いでお嬢様を呼んだ。「どうなさいました?」とパタパタと駆け寄ってくるお嬢様は最高に愛らしい。
「なぁお嬢さん、お嬢さんはそまりが解決出来ると思うか? 俺はどうにも不安で……」
「それなら大丈夫です、そまりなら絶対に悪い人を退治しますもの。ねぇ、そまり」
「もちろん大丈夫です! 俺に任せてください!」
お嬢様が俺を頼りにしている、俺を信じている、信頼に満ちたお嬢様の瞳のなんと輝かしいことか!
思わず解決を宣言すれば、リコルさんが柔らかく微笑んでお嬢様に頷いて返した。――ベイガルさんは言うまでもなく、してやったりと笑んでいる――
だがそんな話も、聞こえてきた足音に強制的に止められてしまった。
リコルさんやシマエさんが表情を強張らせ、マイクス君がそんな二人を下がらせる。
途端に張り詰めた空気に臆したのか、お嬢様が緊張した面持ちで俺の服の袖をくいと引っ張ってきた。
「そまり、大丈夫なのよね?」
「えぇ、もちろんです。お嬢様が信じてくれるなら、お嬢様のためになるのなら、俺は何だってこなしてみせます。だからリコルさん達と一緒に下がっていてくださいね」
「分かった。そまりを信じてる」
頑張って、と俺に告げて、お嬢様がリコルさん達のもとへと向かう。
本当は隣に居て俺に守らせてもらいたいところだが、流石に今はそうも言ってられない。なにせ足音は真っすぐにこちらに近付き、それも最初に聞こえてきた時より増えているのだ。
探るように意識を集中させていると、同じように周囲を窺っていたマイクス君が俺の隣に並んだ。
「そまりさん、何か分かりますか?」
「まともに歩いているのは二人。あとは歩き方がおかしいですね、動物でしょうか」
「凄い、そこまで分かるんですか?」
「えぇ、足音から敵の人数を探るのは爽やか三組で学びました。……待てよ、三組そんな事やってたか?」
俺の記憶の中の三組は何と戦っていたんだ……?
そう己の中の記憶を疑い、はたと我に返って首を振った。
今は三組のことを考えている場合ではない。聞こえてくる足音だ。
そう考えて腰に差しているペンライトを手に取った。ひとまず色を点けずに相手の出方を窺い……と思っていたのに、ペンライトは白い明りを灯している。
「あれ、いつの間にスイッチが……」
移動中に誤ってスイッチを押してしまっていたのだろうか。
そう考えて切る為にためにスイッチを押す。……が、ペンライトは反応しない。
明々と白く光っている。二度三度と繰り返し押しても消灯することはなく、それどころか色すら変わらない。
「壊れたかな。これって爺から貰ったもの……もしかして元いた世界で爺に何かあったんじゃ! やったぁ!」
「そまりさん、そこは心配するところでは……」
「あの爺を心配する、それは俺の精神が崩壊した時です」
っそう断言するのとほぼ同時に、周囲を窺っていたラナーさんが「来たぞ」と呻るような声色で告げてきた。
見れば、年若い少年が二人、怪訝な表情でこちらに歩み寄ってくる。見ためのは小津戸高校の生徒達と同年代ぐらいだろう。だが森の中で出会った生徒達とは違う。
彼等より粗暴が悪そうで、いかにもヤンチャしてますといった感じが漂っている。そのヤンチャの度合いもたちが悪そうだ。
そんな二人に続くのは……青白い肌と所々腐敗に近い傷みを見せる数人のエルフと、力なく肩を落としボロボロの毛並みの獣人。どちらも一目で異常と分かる。
その薄気味悪さに、流石に俺も表情を顰めてしまう。背筋に冷たいものが走る。
……が、お嬢様の「そまりぃ」というか細い声を聞いて、ダッシュで彼女のもとへと駆け寄った。
腐敗するエルフとか獣人とか、そんなもの怯えるお嬢様に比べたら些細なもの。
「お嬢様、大丈夫ですか!」
「そまり、怖いの……ぎゅってして……」
お嬢様がふるふると震えながら両腕を広げて求めてくる。
もちろんそれに応え、ぎゅっとお嬢様の体を抱きしめた。小さな体が弱々しく震えている。
「お嬢様、もう大丈夫ですよ。俺が居ますからね」
「でも、そまりは戦わなくちゃ……」
「何を仰いますか、お嬢様を放っておけるわけがありません。このまま抱き締めていますよ」
「そまり、なんて優しいの。……でも、ベイガルさんが恐ろしい形相で一歩また一歩こちらに近付いてるわ」
「まずい、あれは本気の目だ」
殺られる、と俺が呟けば、お嬢様が一度ぎゅうと強く抱き着いてきた後にぱっと離れた。
「お嬢様……?」
「そまり、私もう大丈夫だから戦って。大丈夫、私、怖くなんてないから……!」
そう震える声で訴えてくるお嬢様のなんと気高い事か!
恐怖に打ち勝つ強さ、崇高な精神、さながら戦乙女の如く。俺も拝みたい欲望をぐっと堪える。
そうして近くで畏怖の表情を浮かべているシマエさんを掴み、お嬢様に差し出した。「ニャー!」とあがる悲鳴はなんとも猫らしい。
「お嬢様、どうか俺の代わりにシマエさんを抱きしめていてください」
「もふもふ、心安らぐわ……」
「シマエさん、今がそのふかふか毛の生かしどころです。コラットさん、お嬢様の周りを飛んでください!」
俺の言葉に、お嬢様の胸ポケットから光が飛び出した。言わずもがな、コラットさんだ。
彼女はお嬢様の周りを飛び、わざとお嬢様の目の前でグルグルと回るとツンと鼻先を突っついて跳ね上がった。
お嬢様がシマエさんを抱きしめつつ「もふもふでキラキラ……」と呟いている。どうやら不安が少し解消されたようで、俺の中で安堵が湧く。
「良かった、これで問題解決」
「なわけあるか! さっさと戦え!」
ゴスンッという音と共に、俺の足に衝撃が走った。
ベイガルさんの蹴りだ。このおっさん、本当にえげつないローキックを放つ……。




