11:覚悟の確認
件の人間は森の一角、それもエルフの墓地より奥に寝城を構えているらしい。
今から出発しても到着する頃には日が暮れてしまうようで、ひとまず今日はエルフの城で一晩過ごすことになった。
暗い森は行動に危険が伴う。常時ならばエルフと獣人がいれば危険は無いだろうが、不穏分子が紛れ込んでいるのだから話は別だ。
なによりお嬢様を夜に出歩かせるなんて出来ない。夜10時からはシンデレラタイムと言って、健康と美を保つために眠らなければならない時間、その時間にお嬢様に行動させるわけにはいかない。なにせお嬢様は現代のプリンセス、諾ノ森のご令嬢なのだから、灰被り時代のないシンデレラと言っても過言ではない。――と、あつく語ったところ、ベイガルさんが足を踏むに留まらず脛を蹴ってきた――
そうして夕食をごちそうになり自然溢れる客室へと案内され、あとは寝るだけ。
エルフに森の城に獣人に……と興奮しているお嬢様の話を聞いていると、俺の部屋にベイガルさんが来た。
「そまり、話がある」
「夜這いですか、やめてください」
「お嬢さんも居るな、ちょうど良かった」
「お嬢様も!? 俺だけでは満足出来ずお嬢様までも夜這いするつもりですか、このケダモノ!」
「悪いな、ちょっと邪魔するぞ」
ベイガルさんが室内に入ってくる。俺の冗談を悉く無視するのは酷くないですか? という俺の訴えさえも無視されてしまった。
そうして室内に用意されているテーブルに着く。ちなみに室内には椅子は二脚しかなく、俺がベイガルさんの向かいに座ると、あぶれたお嬢様はベッドに腰掛けた。そのうえ枕にポテンと身を寄せる。コラットさんがお嬢様の周りをくるくると飛び。じゃれ合う姿は可愛いの一言では語り尽くせない。
「で、何の話ですか?」
「さっきマイクスが『人間』の特徴を教えてくれたんだが、やっぱりお前達と同じ『ニホンジン』で間違いなさそうだ」
「そうですか。となると遺体を操るってのも能力ですかね。前に聞いたことがあるんですが、死体を操る術者……。そうだ、お嬢様、ちょっと怖い話をしますから布団に潜っていてくださいね」
死体がどうのと血生臭い話、お嬢様には聞かせられない。お嬢様の耳に届いていいのは川のせせらぎと小鳥の鳴き声、そして俺の愛の言葉だ。
だからこそ告げれば、お嬢様がもそもそと布団の中に潜っていった。ほわほわした光のコラットさんがその隙間から入り込み、中から楽しそうに話す声が聞こえる。今この瞬間、あの布団の中は世界で一番神聖な場所になった。
良かった、お嬢様の愛らしい耳は守られた。
「それで遺体を操る能力ですが……そうだ、ネクロマンサーだ」
「根暗パンダ?」
本当に良かった、お嬢様の愛らしい耳はオッサンモドキの大ボケからも守られた。
「ネクロマンサーです。死人使い。以前に爺の『シャーマンって格好良いよね』という言葉を最後に意識を失い、気がついたら運び込まれていたアマゾン奥地の部族から聞いた伝承です」
「お前はこっちの世界の方が安全に生きていけるんじゃないか?」
「考えさせないでください。とにかく、世の中には『ネクロマンサー』が存在するんです。といっても、俺が聞いたのはあくまで伝説じみた話ですけど」
シャーマンだのジプシーだの色々と会ったことはあるが−−会わざるを得なかったとも言うが−−ネクロマンサーは今まで出会った事がなく、あくまで伝承の中の存在だと思っていた。
だがこの状況では別だ。『能力』として授かったなら有り得ない話ではない。
現に、リコルさん達もかつて死んだ同胞が動いているところを見たというのだ。彼等に、友の死を汚してまで俺達を騙すメリットはない。
そこまで話すと、ベイガルさんが難しい顔をして頭を掻いた。
「言いにくいんだが、お前がその学生達を捕らえても……それからの保証が出来ない」
「保証?」
「あぁ、今回の件、エルフも獣人達もかなり頭にきてる。マイクスが居てぎりぎり押さえてるくらいだ。仮にそまりがそいつらを捕らえた場合、身柄は寄越せと言ってきてる」
「身柄ねぇ……。正座でお説教なんて事にはなりそうもないですね」
冗談めかして告げれば、ベイガルさんがぎろりと睨んできた。
もちろん俺だって説教程度ですまされるとは思っていない。とりわけエルフ達にとっては墓場は神聖なもの、そこを荒らされれば元より気高い種族が怒らないわけがない。
獣人達も、先代族長の墓を荒らされたのだから種族としての沽券に関わる。
種族間戦争がいつ起こってもおかしくない、マイクス君の人望あっての現状である。
となれば、主犯の身柄を渡したらどうなるか……。考えてもあまり気分の良いものではなく、「運が良ければ殺される」というベイガルさんの言葉がより薄気味悪さを募らせる。
「俺からしてみれば、今まで保っていた種族間の均衡を崩した主犯だ。どうなろうが構わない。だけどそまり、お前にとっては同郷の」
「あ、そういう気遣いはいらないんで」
「薄々そんな予感はしてたが最後まで言わせろ。お前にとっては同郷の若者、捕らえて相手に渡すのは胸が痛むだろ」
「お嬢様以外の人間がどうなろうと欠片も痛みません」
「あいつらも突然わけの分からない世界に来て、必死だったのかもしれない。そう考えればお前が情を抱くのも分かる。だがここは心を鬼にして折れてくれ」
「お嬢様、寝る前に暖かいものを頂きましょう。明日のためにぐっすり眠って……おや、すでにぐっすり」
話し声が聞こえなくなったと思いそっと布団を捲れば、お嬢様が丸くなって眠っていた。
なんて愛らしい姿だろうか。俺のベッド、俺の布団……これはもう体を重ねたと言っても過言ではない。
そんなお嬢様の眠る姿に見惚れていると、ひとしきり気遣いの言葉を喋っていたベイガルさんがぐっと背を伸ばした。言い終えたことで爽快感でも覚えているのか、先程まで神妙な面持ちで話していたのが嘘のようだ。
「よし、これで俺の人としての最低限の気遣いは完了した! 寝るぞ!」
「建前だとしても、もうちょっと言葉選んだらどうですか」
「後半から聞いてすらいなかった奴が何を言う。とにかく、お前に迷いが無いのが分かってよかった」
最後に一度念を押すように告げ、ベイガルさんが立ち上がる。
どうやら用件は先程の一件だけだったらしく、押しかけてきたくせに「早く寝ろよ」と言って寄越す。
そうして部屋を出ようとし……ふとベイガルさんが室内に視線をやった。見送る俺を通り越し、彼の視線はベッドへ……ベッドで眠るお嬢様へ……。
「……お嬢さんはどうするつもりだ?」
「起こすのも忍びないので、あのまま寝かせてさしあげます」
「……お前はどうするつもりだ?」
「え? そりゃ、添い寝ですよ言わせないでくださいよ」
「……その場合、お前はちゃんと眠れるのか?」
「理性と欲望の狭間で一睡も出来ませんね!」
当然ですよ! と胸を張って答えれば、そのまま強引に部屋から引きずりだされた。
酷くないか!?




