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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第二章

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10:白と黒の獣人


「マヌモフ家のとシマエともうしにゃ……もうします」


 柔らかそうな毛並みの白猫の獣人が頭を下げる。

 見た目は猫だがワンピースを纏っており、よろけることなく当然のように二つ足で立っている。流暢に話し品良くお辞儀をする姿は、まるで出来のよいアニマトロニクスだ。

 身の丈は十歳程度の子供と同じくらいだろうか。だがシマエさんの背後に控えるもう一人の黒毛の獣人は背が高く、ガッシリとしていて俺よりも体躯が良い。黒猫か、もしくは黒ヒョウか。シマエさんはもふもふと愛らしいのに対し、背後の獣人は威圧感がある。

 そのうえ片腕を包帯代わりの布で巻いており、敵意を露わにしてこちらを睨み付けているのだから尚のこと威圧感を感じる。お嬢様がシマエさんの虜になり「ふかふかよ、ふかふかでもふもふなのよ……」とうっとりとしていて良かった。


「彼はラナー、例の人間を見た者です。その時に負傷していにゃ……います」


 シマエさんがラナーさんに目配せをする。挨拶をしろということなのだろう。

 だがそれを受けても彼は依然として俺達を睨んでおり、渋々といった様子で頭を下げるだけだ。敵意がひしひしと伝わってくる。

 だがさすがにこの場では睨む以上のことはしないのか、リコルさんがシマエさんを呼ぶとふいと視線をそらしてしまった。


「シマエ、そちらの状況は?」

「私達の方も荒されていにゃ……いました。大柄の者達が……」


 シマエさんが言葉を濁らせる。

 きっとエルフの墓同様、獣人達の墓も荒されているのだろう。口にするのは辛いと言いたげだ。

 シマエさんの猫らしい三角の耳がペタンと伏せ、ラナーさんも敵意より嘆きが勝ったか険しい表情を浮かべつつも耳を寝かせている。


「見たところ鍛えてもいない人間だった。だが一人は俺さえも薙ぎ払われ、殴られてこのざまだ。先代族長の墓も荒され、俺の両親の亡骸も奪われた」


 悔し気にラナーさんが呻る。グルル……と低く動物らしい唸りは迫力があり、俺達に向けられる瞳に鋭さと警戒の色が増す。

 だがこれは確かに怒りを抱いて当然だろう。といっても、その怒りを俺達に向けられるのも困りものなのだが。

 そんなラナーさんの殺気を感じ取ったのか、マイクス君が慌てて彼を呼んだ。


「ラナー、そまりさんなら解決出来るかもしれないんだ」

「人間は信用できない」


 ラナーさんがよりきつく睨みけてくる。

 さすがにこの敵意にはお嬢様も気付いたのか、怯えの表情を見せて「そまり……」と俺を呼んだ。

 諾ノ森家の令嬢として、箱入りどころかラベンダーの香りがするふわふわコットン梱包で育ったお嬢様にとって、ここまで露骨な敵意は初めてだろう。

 それも、敵意を発しているのが体躯の良い黒毛の獣人なのだ。より恐怖が増しているに違いない。

 あぁ、怯えるお嬢様のなんと痛々しいことか……。


 というか、お嬢様を怯えさせるって大罪じゃないか?


 だってお嬢様だぞ。いくら墓を荒された獣人といえど、許されることじゃない。

 そう考えれば、俺の中で天使と悪魔とニャルラトホテプが揃って親指を下に向けて訴えだす。どこからともなく現れたラウンドガールが、『R1』と書かれたボードを持って歩き回りだした。

 これはやらねばなるまい。『お嬢様怯えさせ罪』だ。

 ……と、意気込んだはいいものの、先程からベイガルさんがテーブルの下で俺の足を踏み続けているので立ち上がれない。横目で見れば、無言ながら鋭い眼光で睨み付けられてしまった。「良いから黙って大人しくしてろ」と言われた気がする。


 その間にも、マイクス君がラナーを宥めるように彼の元へと近付いた。


「ラナー、人間を信じられないなら僕を信じてくれ」

「……お前がそこまで言うなら」


 渋々と言いたげにラナーさんが頷き、纏っていた敵意を僅かながらにやわらげた。マイクス君はかなり信頼されているようだ。


「もうしわけにゃ……もうしわけありません。ラナーは私達を守ろうとして、少し気が立っているんです……」

「胸中お察しいたします。どうか気になさらないでください」


 というお嬢様の言葉のなんと優しさに溢れたことか。発する音の一つ一つから万物に対する優しさが滲み出ている。

 シマエさんもそんなお嬢様の優しさに触れてか、ペタリと伏せていた耳をゆっくりと戻しつつ再び話し出した。




 件の『不思議な力を持つ人間』はエルフだけに留まらず、獣人の墓まで荒し、そして体躯の良い亡骸を奪っていったらしい。異変を感じ取ったラナーさんが駆けつけ応戦したが、人間の一人に打ち倒された……と。

 曰く、ラナーさんはこの森に住む生き物の中で何より強く、そんな彼が一撃も打ち込めなかったという。

 圧倒的なこの力の差に、獣人やエルフの中に絶望に似た諦めを抱く者が出始め、中には絶望を通り越して人間達を襲おうと企み始める者まで出ているのだという。

 事態は思ったより深刻だ。下手をすると獣人とエルフが手を組んで人間を襲いかねず、これにはベイガルさんも真剣な顔つきでシマエさんの話を聞いて居る。――テーブルの下ではいまだ俺の足を踏みながらだけど――

 ちなみに、死者を操る人間とラナーさんを打ち倒した人間は別だという。


 となるとこれもまた能力なのだろう、ますます面倒くさい。


 だがこの話にお嬢様は眉尻を下げ、ラナーさんにまで労りの言葉を掛けている。先程まで怯えていたというのに、なんというパーフェクトレディ。優しさの集合体。万物全てはお嬢様の優しさにひれ伏すべき。

 そんなお嬢様の優しさに感動していると、リコルさんがベイガルさんを呼んだ。


「この森に生きる全ての生き物が悲しみが晴れることを願っています。ですが私達は此度の事を解決に導いてもらうための“人間が欲するもの”を持ち足りていません」

「ん? え? えっと……マイクス、どういう事だ」

「そこまで高い報酬は払えないって」


 だよね、とマイクス君がリコルさんに確認する。

 エルフも獣人も人間の通貨は使用しないようで、有事の際にと用意している分も報酬と呼ぶには心許ない金額らしい。何かを売れば金にはなるはずだが、それもどれを売ればいいのかどう売れば良いのか分からない……。

 その話に、ベイガルさんが参ったと言いたげに頭を掻いた。


「エルフや獣人の物はあんまり市場に出してほしくないんだよな……」

「どうしてですか?」

「希少価値が高くてコレクターも多い。出回ってる分で満足してくれりゃ良いが、下手すると裏ルートに回ったりエルフや獣人達から強奪しようとする者まで出始めるんだ」

「なるほど」


 問題解決のため物を売ったのに、それが別の問題を招いては本末転倒も良いところだ。

 かといってベイガルさんもギルド側として話を聞いている以上、無償で引き受けるわけにもいかないらしい。


「俺としては、被害がこっちにまで及ぶ可能性があるし、そこまで高額を求める気はない。ギルドとしての体裁を繕える程度の金額、それもマイクスが有益な情報を幾つか回してくれりゃ負けてもいい。……だけど」


 チラとベイガルさんが俺達に視線を向けてくる。

 彼が受け取るのあくまで仕事の仲介料。実際に仕事をこなすのは俺なのだから、俺はそれ以上を貰わねばならない。

 どうするのかと問うような彼の視線に、俺は答えられるわけもなくお嬢様と顔を見合わせた。お嬢様もまた困ったような表情を浮かべている。


「お嬢様、どうしましょう」

「どうしようと言われても……。ギルドの報酬のことは私もよく分からないわ」

「参考までにだが、報酬は金じゃなくても大丈夫だ。報酬に見合ったもの、たとえば……この森の城を案内してもらったり、エルフに伝わる話を聞かせて貰ったり、獣人の尻尾や肉球を触らせてもらったり」

「それでお願いします!」


 ベイガルさんの提案に、お嬢様が興奮するように食いつく。あまりの勢いに身を乗り出し、俺の膝に乗るようにしてベイガルさんの話を聞いている。

 瞳が輝き、頬が上気し、まるでクリスマスプレゼントの話をする子供のような愛らしさ。伸し掛かられる俺も幸せだ。

 そんなお嬢様の反応にベイガルさんがニヤリと笑みを浮かべ、次いで話を聞いて居たマイクス君達の方へと向き直った。


「そういうわけで、こっちから提示するのは最低限の仲介料と、お嬢さんへの接待だ」

「……そんな。そまり、貴方はそれで良いのですか?」


 リコルさんが窺うように俺に視線を向けてくる。青い瞳、威厳を感じさせる美しさだが、今は困惑の色が見れる。

 そんな視線に、俺はチラとお嬢様を横目で見た。ベイガルさんの話に興奮冷めやらぬ状態なのか、成功した際のことを考えて夢心地だ。うっとりとした表情、なんて愛らしい、愛おしい。


「えぇ、構いませんよ。お嬢様の為になるなら」


 その為なら何でもします、そう俺が答えれば、お嬢様が柔らかく微笑んで俺を見つめてくれた。





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