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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第二章

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09:森の異変

 

 一枚の大きな紙に、目印らしき絵と見たことの無い文字が書き込まれている。

 この世界の文字とはまた違う、きっとエルフの文字なのだろう。だが幸い絵を見ればなんとなくは読み取れる。中央に描かれている大きな木が現在地、ここまでの道らしきものも描かれている。

 思っていたよりこの森は広く、聞けばエルフと獣人の領地が混ざり合っているのだという。


「私達と彼等は共に日を浴び大地と共に生きるもの。自然の恵みを均等に受け、そしてこの地で風を感じるのです」

「同じ森で生きるので明確な領地は無い、ってことですかね」

「そうです。ですがこの地だけは別です」


 話ながらリコルさんが地図の一角を指さす。

 森の一部。目印になる絵はなく、短い文字とその下に文章らしきものが綴られている。


「ここは?」

「私達の聖域です。歩みを止めたものが大地に包まれ眠る場所……」

「墓ですか?」

「そうです。貴方達や獣人と違い、私達は長命。永遠に近い時を生きます。ですがそれは真っ当に命を歩んでこそ。時には悲しみに足を捉われ、歩みを止める者もいます」

「さすがのエルフも不慮の事故で死ぬ、と」

「そうです」


 俺の確認に、リコルさんがコクリと頷く。悉く会話が面倒くさい……という出掛けた言葉はぐっと飲みこんでおいた。

 次いでリコルさんは再び話し始めようとし……その表情を暗くさせた。どうにも言い難いことらしく、彼女の背後にいる控え達も表情を渋め、中には怯えを宿して顔を伏せている者もいる。


「日の出る方角より混沌を纏いし者が現れ、私達の聖域を汚しました。眠りについた仲間達は魔の手に落ち、この森は深い悲しみで包まれたのです」

「えっと……。あ、駄目だこれは難しい。お嬢様、分かりますか?」

「さっぱりなのよ」

「ですよね。ベイガルさんは?」

「俺がエルフ達の詩的な表現を理解出来る男だと思うか?」

「まったくもって思いませんね。マイクス君、通訳頼めます?」

「はい、一応。というか、事情を知ってるので僕が代わりに説明しますね」


 よかった、どうやらマイクス君は事態を理解しているらしい。


「エルフ達の墓場は何より神聖とされていて、彼等の許可なしでは近付くことも許されない場所です。そこに、数人の人間が現れたんです。これが既に有り得ない話なんです」

「有り得ないって……。迷ったとかそういう可能性は?」

「考えられません。僕も一度だけ案内されましたが、道が酷く入り組んでいて、案内無しでは辿り着けないようになってるんです。それに、辿り着くまでの道には常に彼等が気配を消して監視をしています」

「気配を消す、ねぇ。それが出来るんなら、今ここでもやって頂きたいんですけど」

「えっ……」


 俺の言葉に、マイクス君が小さく声をあげる。

 リコルさんも彼女の周りにいるエルフ達も青く美しい瞳に驚愕を宿し、ベイガルさんもぎょっとして俺の名を呼んでくる。

 ただ一人、お嬢様だけが俺の言葉の真意に気付かず「そまり、そまり」と俺の服の裾を引っ張ってきた。


「そまり、どういう事?」

「お嬢様に挨拶したくて、部屋の外にエルフの方々が待っているんですよ。話が終わったら挨拶しましょうね」

「本当? 嬉しい!」


 お嬢様が嬉しそうに頬を赤らめる。なんて純粋なのだろうか。

 チラと横目で見ればマイクス君が苦笑いを浮かべ、リコルさんが背後に控える者達に何やら小声で話しかけている。次いで俺へと向けられる彼女の視線は、意外なものを見たとでも言いたげだ。もしくは見直したと言いたいのか。


「申し訳ありません。私達の中には強引な手段を持ってしても解決を急く者も居て」

「別に構いませんよ。部屋を出た時にお嬢様が貴方達に挨拶を出来れば、俺はそれで良いんですから。ねぇお嬢様、エルフのお友達が出来ると良いですね。……女性限定で」


 同意を求めるようにお嬢様に話しかければ、無垢な笑顔で頷いて返してくれる。

 なにせお嬢様は今もなおエルフに夢を抱いているのだ。これで仮に部屋の外には警戒心剥きだしのエルフが待ち構えているなんて知ったら、お嬢様の無垢なハートが傷ついてしまう。

 お嬢様の夢は壊させない。絶対にだ。

 だからこそじっとリコルさんを見つめれば、意図を察した彼女は背後にいる仲間に小声で何かを告げた。それを聞いたエルフが頷いて部屋を去っていく。


 多分、部屋の外で待ち構えている者達を散らし、代わりに友好的なエルフを連れてきてくれるのだろう。

 出来ればお嬢様が部屋を出た際に拍手で迎えてくれると有難いのだが、そこまで求めるのは野暮というものか。


「それで話を戻して、墓地に人間が現れてどうなったんですか? 森が悲しみにどうのっていうのは?」

「……それが」


 言い難そうにマイクス君がチラとリコルさんに視線をやる。

 彼女のことを気遣っているのだろう。労わるような視線に、向けられるリコルさんも悲痛そうな表情を浮かべている。青い瞳は伏せられ、形良い唇が耐えるように固く閉じられている。

 それでもリコルさんはマイクス君の視線に気付くと、小さく目配せをすることで先を促した。話をしなくては先に進めない、そう分かっているのだろう。

 それほどまでの事なのか……。


「彼等の墓地に人間が現れてから、死んだはずのエルフ達が蘇って、この森を荒しているんです」

「死んだはずのエルフが蘇る? まさかそんな」

「事実です。僕も見ました。だけどあれはかつての彼等ではない……操られているんです」


 マイクス君の発言に、さすがに俺も言葉を失ってしまう。

 エルフというだけでもファンタジーなのに、そのうえ死者が蘇る……。

 所謂ゾンビ。いや、操られているというのならゾンビとはまた別か。なんにせよ日本では作り話めいた存在だ。

 だがマイクス君にも彼の話を聞くリコルさんにも嘘をついている様子はない。彼等は悲痛そうな表情を浮かべ、心なしか部屋中の木々もざわついているように思える。


 そんな彼等を横目に、俺は隣に座るベイガルさんに身を寄せた。


「ベイガルさん、こっちの世界じゃこういう事ってよくあるんですか?」

「無いな。人もエルフも、死んだらそれで終わりだ」

「となると『不思議な力』ってのが関係していると考えるべきですかね」


 俺は下半身に直結した能力と不思議なペンライトを所持しているが、最初の森で出会った高校生達は別の能力を持っていた。炎や土を操ったり、怪我を治す子もいた。

 となると、死霊術を使える子がいてもおかしくない。とりわけ自分が下半身の欲望というとんちきも良いところな能力を授かっているのだ、他を有りえないと切り捨てる事は出来ない。


「しかし死霊術とは面倒だな……。お嬢様、ここは適当な理由をつけて辞退を」

「なんて酷い話なの、可哀想。そまりぃ……」

「俺に任せてください! びゃびゃっと解決してみせます!」


 お嬢様が小さく震え、か細い声で俺を呼ぶ……。となれば俺が立ち上がらないわけがない!

 勢いよく立ち上がれば、お嬢様が縋るように見上げてくる。愛らしい瞳が今は潤んでおり、長い睫毛に涙が溜まっている。急いで胸ポケットからハンカチを取り出し、そっと拭ってやった。


「お嬢様、安心してください。必ずや俺が解決してみせます」

「そまり、本当……?」

「えぇ。ですからその瞳に涙を貯めないで。お嬢様が切なげにしていると、俺の胸が張り裂けそうに痛みます」

「分かった、泣かない」


 グスンと一度洟を啜り、お嬢様がぎゅっと目を瞑る。次いで開かれた瞳はいまだ潤んでいるものの、もう泣くまいという決意が見える。

 なんと愛らしく気高いのだろうか。

 そのうえ、嘆くように溜息を吐くリコルさんに対し「そまりが居るからもう大丈夫ですよ」と慰めるという優しさまで見せる。まさに天使。森の中に舞い降りた天使。


 そんなお嬢様を見つめていると、一人のエルフが室内を窺うように現れリコルさんを呼んだ。

 どうやら獣人の代表者が現れたらしい。

 まふまふだかもふもふだか言っており、リコルさんが通すように返す。

 自然と俺達も部屋の入口へと視線を向け、そして現れた猫の獣人に……、


 ベイガルさんとマイクス君が頭を下げ、


 お嬢様が瞳を輝かせて小さな声で「にゃーん」と声を漏らし、


 そして俺はそんなお嬢様の愛らしさについによだれを出した。――ほんの少しだけど!――



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