08:お嬢様の一張羅と森のエルフ
「そまり、どう?」
レースの着いた可愛らしいワンピースを着て、お嬢様が俺の目の前でクルリと回る。
髪には花とリボンの髪飾りがあしらわれ、なんて愛らしいのだろうか。革製の靴は少しだがヒールが高くなっており、俺の隣に並ぶとピンと背を伸ばした。
「ねぇそまり、私いつもよりそまりに近いのよ」
「愛らしい」
「コルセットなんて初めて着けたわ。なんだかお姫様になったみたいでドキドキしちゃう!」
「愛らしいソーキュート」
「見て、レースにお花が描かれてるの。少し動いただけで揺れて綺麗でしょ」
「愛らしいソーキュートマシェリー」
「布も珍しい布なんですって。キラキラ輝いて光って見えるの」
「愛らしいソーキュートマシェリーケボニータ」
「髪も綺麗に編み込んでもらったの。黒い髪は珍しいらしくて、ピンクのお花が映えるってほめられたわ」
「愛らしいソーキュートマシェリーケボニータ・-・・ -・- ・- ・-」
「いやん、そまりったらそんなに誉めないで!」
お嬢様が照れ隠しに俺の腕をペチペチと叩いてくる。
危ない、うっかりお嬢様の愛らしさで我を忘れかけてしまった。さすが異世界だけありこちらの一張羅は元居た地球の一張羅とは違っており、とりわけ正装はワンピースといえど舞台衣装のように豪華だ。もはやドレスと言っても差し支えない。
そんなワンピースを纏うお嬢様のなんと愛らしいことか。これはまさにプリンセス。花の飾りではなくティアラの方が良かったか……と、そんな事を考えてしまう。
対して俺はと言えば、お嬢様の華やかさには劣るもののそれなりの服を用意した。一応、話し合いの場なので着飾らなければならないし。
ぶっちゃけお嬢様さえ着飾っていれば俺なんかパンツ一丁でも良いのだけど、それやったら種族間の争い待った無しなのでやめておく。というか多分話し合いの場に行く前にベイガルさんに殴られる。
だが飾りの着いた上着に丈の長いコートはどうにも着慣れない。腰にも飾りが着いており、そのうえ胸元からハンカチが覗いている。
「落ち着かないですねぇ」
「そまりも素敵よ。普段のそまりとは違って見えるわ」
「お褒めに預かり光栄です。馬子にも衣装くらいにはなっていてほしいですね」
「まるで王子様みたい。うぅん、違うわ、だってそまりはいつだって私の王子様……」
「お嬢様……。いえ、今だけはこう呼ばせてください、『俺のお姫様』と……」
「そまり……」
頬を赤らめたお嬢様が俺にすり寄ってくる。だが抱きつきまでしないのは、きっと飾りのついた俺の上着に自分のレースが引っかかるのをおそれているのだろう。
対して俺も、普段とは勝手の違うワンピースを纏うお嬢様を抱きしめていいものかどうか悩んでしまう。
とりわけ髪は綺麗に編み込まれており、不用意に触れば崩してしまいかねないのだ。髪飾りも、生花を使っているのだというから丁寧に扱わねばならないだろうう。
これは焦らさせる……。
そう俺が歯痒い想いをしていると、
「……そろそろ話し合いの場に行きたいんだけど」
と、呆れを全面に押し出した声が割って入ってきた。
誰か? もちろんベイガルさんだ。
なにせここは彼の執務室。さすがに俺もお嬢様も服屋でいちゃつくわけにはいかず、服屋で着飾り終えて興奮をなんとかここまで抑えてきたのだ。
そうして部屋の主などお構いなしといちゃついて今に至る。
ちなみにベイガルさんも今日はきちんとした正装を纏っており、質の良い上着は堅苦しそうだが様になっている。
「ベイガルさんもそうやって畏まった服装をすると年相応の二十代後半に見えますね」
「さらっと俺の年齢上げてんじゃねぇよ。23だ、23」
「おっとそうでした、失礼しました。それじゃ行きましょう。お嬢様、慣れないヒールで足を傷めたらすぐに仰ってくださいね」
ベイガルさんの訴えを軽く流してお嬢様に声をかければ、エルフに会えるのが楽しみなのだろう、「出発よー!」と掛け声と共にお嬢様が跳ねた。ヒールは大丈夫そうだ。
そうしてベイガルさんに案内されたのは、森の奥にある城。
といっても自然物が巧みに交じり建物の形を取っており、人間の考える『城』とはかけ離れている。本来なら真っすぐ上を目指すはずの木が柔らかな湾曲を描いている様は自然とも言い切れず、なんとも不思議なものだ。
神秘的とさえ言えるその城を前に、お嬢様の瞳が輝く。
「そまり、森の中のお城よ! なんて綺麗なのかしら……。夢かもしれないから、私の頬をつねってみて」
「お嬢様なつねるなんて出来ません。俺が出来ることと言えば、優しくその頬を撫でるだけです」
「くすぐったぁい」
お嬢様が嬉しそうに笑う。森の城と合わさってより愛らしく尊い。
着飾った姿で森の中を歩いても違和感を与えることなく、それどころか花を愛でる様はまるでお嬢様こそが花のよう。花弁を撫でる姿は繊細さを感じさせる。輝いて見えるのはコラットさんの光だけではないだろう、お嬢様自身が光り輝いているのだ。
常々お嬢様を天使だ姫だと褒め称えていたが、妖精の可能性も出てきた。
そんなことを考えつつ歩いていると、「ベイガル!」と声が掛かった。
見ればマイクス君の姿。彼の隣にいるのは……。
「そ、そまり……! エルフよ! エルフの女性よ!」
「ほぉなるほど、これは確かに美しい」
俺でさえ……真顔で『お嬢様以外の人間が美しかろうが醜かろうがどうでも良いです。所詮肉と骨の造形ですから』と言い切って精神病院にぶちこまれた俺でさえ、一目見て「美しい」と漏らしてしまう。
それほどまでにマイクス君の隣に並ぶ女性は美しいのだ。
金の髪は輝くように鮮やかで、添えられる木の葉の飾りがよく映える。白い肌に純白のドレスは幻想的な印象を与え、彫刻のようにバランスの取れた肢体が見る者の脳裏に焼き付けられる。
青い瞳は透き通る宝石のようで、俺達が視線をやるとゆっくりと細められた。
『美』等という表現では足りない、寒気を覚えるほどの美しさ。
「いやはや、凄いですねぇ。『お嬢様以外の人間を純粋な気持ちで褒めるなんて年に三回あるかないか』とまで言われた俺でさえ、純粋な誉め言葉しか出ませんよ」
「エルフの族長を見てもそれか……。俺なんて初めてエルフを見た時は三日腑抜けたぞ」
「一分くらいなら腑抜けても良いかもしれませんね。ねぇお嬢様……あぁ、エルフを前にして感動で震えるお嬢様の愛おしさ! ピンクの唇から漏れる感嘆の吐息! どれをとってもソーキュート、愛らしさの詰め合わせ!」
「下手に惚れこんで仕事に支障が出ても困るし、お前が変わらずにいる事は有難いと言えば有難いな」
「あ、やばい、お嬢様が愛らしすぎてよだれが出そう」
「前言撤回、族長の前だから控えろ」
ベイガルさんに宥められ、頷いて返すと共にマイクス君達のもとへと向かった。
そうして案内されたのは森の城にある一室。
ここもまた自然物が巧みに絡まり壁を作っているに過ぎず、釘を打ち付けることも鉄で固めることもなく部屋として成り立つのは見事と言える。人の力では到底不可能、根本から違うのだと、そう思い知らされる。
この空間にいることを許されたと、そう考える者も出かねない。
そんな部屋に通され、円卓を囲むように配置された椅子に腰掛ける。
さすがに椅子やテーブルは自然物のままとはいかず、木を切るのか……と想いながら座った瞬間、まるで肘置きにあった蕾がゆっくりと花開いた。
……この椅子、まだ生きてる。
「リコル、ベイガルとは前に会ったことがあるよね」
マイクス君が仲介するようにリコルと呼ばれたエルフに確認すれば、彼女が頷いて返した。
金の髪が揺れる。「えぇ」と返すたった一言でも、鈴の音のように室内に響く。
「リコル、こちらがさっき僕が話してたそまりさんと詩音さん。二人とも、彼女はリコル、この森のエルフの族長です」
手早く紹介され、俺とお嬢様がリコルさんに向けて頭を下げた。
彼女は頭こそ下げないが穏やかに微笑んでいる。
「リコル、そまりさんと詩音さんは今回の件に心当たりがあるらしいんだ。きっと助けてくれるよ」
「随分と買い被られたもので……。でもまぁ、そうですね。助けられるかは分かりませんが、心当たりはあります」
どうやらマイクス君は俺達のことを誤魔化してリコルさんに伝えてくれたようだ。
きっと『不思議な力を持つ素性の知れない人間と同じ境遇』等と言えばエルフ達の不信感を買うと考えたのだろう。気が利く青年だ。
本当、どっかの情報漏洩のオッサンモドキとは大違い。
「獣人の代表者もこちらに向かっております。それまでに私の口からこの悲劇についてを紡がせてください。誰か、導きの図を持ってきて」
リコルさんが仰々しい説明と共に背後に控えるエルフ達に声を掛ける。その態度も口調も落ち着きと威厳を感じさせ、さすが族長と言える。
見た目だけならば二十代前半の女性、それも気品と儚さを併せ持ったか弱い女性だ。だがそこには言い得ぬ貫禄がある。
エルフは長命の種族というのだから、きっと俺が想像も出来ないほどの時間を生きているのだろう。種族ゆえの貫禄か、その重みか。
「そまり、緊張するわね……!」
「そうですか?」
「するのよ! だってリコルさんはエルフの中でも偉い方よ。緊張して汗を掻いてきちゃった」
ハタハタとお嬢様が己を扇ぐ。
「お嬢様、喉は渇いていませんか? 紅茶なら用意出来ますよ」
「持ってきてくれたのね。ありがとう、頂くわ」
「こっちの世界は自販機がありませんからね、ちゃんと水筒を持ってきましたよ。はいコップ持っててください」
「ありが……クピクピ」
「早い」
コップを受け取るやお嬢様が飲み出す。
相変わらずの早さではないか。というか早すぎる。なにせ俺はまだ注いでいない。
そもそも、今お嬢様が持つコップの中に入っているのは水色のーー森の中でもよく光るーー液体だ。どうみたって紅茶ではない。
それをお嬢様は一気に煽るように飲み干し、ぷはっと息を吐いた。
……と、そのさいにコップの縁に伝っていた一滴が椅子の肘かけに落ち……、
ブワァァッ
と花が咲いた。
「あらこぼしちゃった、恥ずかしい……! そまり、ハンカチを貸して」
「はぁ……。俺が拭いておきます。水滴が残っていればの話ですが」
鞄に水筒をしまい、代わりにハンカチを取り出して肘掛けを拭く。……が、わさわさと花が咲き誇っているのでいまいちどこを拭いていいのか分からない。
それでも一応はとそれらしく数輪突っつくように拭いて、反対隣に座るベイガルさんに身を寄せた。
「ベイガルさん……。俺達はエルフの話を聞くより前に確認すべき事がある気がするんですが」
「あぁ、さすがにこれは後回しには……しまった、地図を持ってきた」
「今回も後回しですね……。わぁ、花が咲き誇る椅子に座るお嬢様、なんというフラワープリンセス。愛らしい!」
お嬢様の愛らしさで現実逃避し、改めて広げられた地図に視線をやった。




