03:ゴブリン退治
ペンライトの謎はさておき、それ以外に関しての生活は好調。
ギルドにも町にも慣れ、今日は行き掛けに寄ったお店でお惣菜のおまけを付けて貰った。それとギルドの給湯室に勝手に常設しておいた茶器で腹ごしらえしていると、ベイガルさんが「慣れすぎだろ」と文句を言ってきた。
「失礼ですね。順応力が高いと言ってください。そもそも異世界ゆえに文化は違いますが、生活のベースは同じなので慣れて当然です。気が付いたらアマゾン奥地の伝説と言われている部族の集落ど真ん中に居た時に比べれば、ここでの生活は楽なものです」
「お前は前世でどれだけの罪を犯したんだろうな」
「あの時は衝撃でした。見た目も言葉も違う人間に取り囲まれ、人間の生首が飾られている洞窟に連れていかれた時はさすがに『今回けっこうやばいな』って思いましたから」
「それでその程度か」
俺の話に、呆れたと言いたげにベイガルさんが返す。
ちなみに俺の隣にはお嬢様がいて、ふわふわと光るコラットさんを捕まえようとしている。なんて愛らしいのだろうか。
今日まで一度足りとて捕まえられたことがないのに、それでも懸命に挑む……なんという不屈の精神。気高い。
「お嬢様、俺はこれから狩猟の仕事に行ってきますので、コラットさんの捕獲はお嬢様にお任せしました」
「任せてそまり、私今日こそ……隙あり!」
俺と話していると見せかけて、お嬢様がコラットさんに手を伸ばす。
だが相手はさすが精霊、するりとお嬢様の指の隙間を掻い潜り逃げてしまった。そのうえ、まるで反撃と言わんばかりにお嬢様の鼻を突っつきだす。
なんて熱い戦いだろうか!
「お嬢様、頑張ってください……!」
「常々思うんだが、なんでお嬢さんはコラットを捕まえようとしてるんだ?」
「さぁ? でもコラットさんを捕まえようとするお嬢様がさながら子猫の如く可愛らしいので問題は無いかと思います」
そう俺が断言すると、ベイガルさんが肩を竦めるだけで返してきた。呆れを通り越したとでも言いたげな表情だ。
次いで彼は俺の肩をポンと叩くと、
「まぁ順調なのに越したことは無いな。……だが無理はするな、駄目だと思ったら戻ってこい」
と告げて去っていった。
執務室に向かうのだろう。だがその途中で他の冒険者に声を掛け、逆に声を掛けられ、受付嬢にも声を掛けられ……と、随分と足止めを食っている。
周囲を気にかけて慕われているのだろう。彼の人望の厚さが窺える。
そうしてギルドを出て、町の外で依頼をこなす。
今日は森には行かず、町の周辺に出没するというゴブリンの狩猟である。
聞き慣れぬ生き物だが、聞けば元々は森の中で住む生き物だったらしい。人間に対して悪戯をする程度に過ぎず、不用意にちょっかいを出さなければ向こうも危害は加えてこない……というはずだった。
だが最近は森から出てきて田畑を荒し、家畜を襲い、それどころか子供や老人を襲うようになったらしい。元々森に居た者達が狂暴化したのか、もしくは余所者が来たのか……。
それを知る為に一匹は捕え、あとは狩りたい、というのが今回の依頼だ。
「しかし、本当に異世界だよなぁ」
身を隠した小屋から双眼鏡で覗けば、少し離れた先にゴブリンと呼ばれる生き物が見える。
身の丈は小学生児童と同じくらいか。よれや汚れは目立つがちゃんと服を着たり布を巻き付けている。姿勢は悪いが二足歩行もしており、シルエットだけを見れば子供と間違えかねない。
『動物』というよりは『人間』に近く、どこかノーム人形を彷彿とさせる。
五匹纏まって行動し役割分担もしているようだし、そこそこ知能もあるのだろう。異質な鳴き声を出しているが、あれも言葉を交わしているに違いない。
ワニや蛇とは違い、動物というより人間に近い。
それを採取する……つまり殺すのだ。
ベイガルさんに掛けられた言葉を思い出しつつ、俺は手にしていたペンライトを握り直した。
「冒険者といってもピンからキリまで。ゴブリンみたいな人型の生き物を殺すことに抵抗を覚える奴は少なくない。剣を手に殺そうとしてくる人間より罪悪感を覚えるっていう奴もいるな」
「なるほど。確かにゴブリンってのは小さくて子供を相手にしているようでしたからね」
「特に初心者は下手するとトラウマになったりするんだ。それを踏まえてそまり、今日の成果は?」
「あの場に居た5匹の内、1匹は撲殺、1匹は焼死、1匹は凍死、1匹は溺死。残りの1匹は情報吐かせるために八割程度に押さえておきました」
「罪悪感は?」
「なんで?」
「抵抗は?」
「何が?」
「トラウマは?」
「何に?」
ベイガルさんの質問の意図がさっぱり分からないと首を傾げれば、彼の頬が引きつっていく。
だが本当に分からないのだ。
罪悪感? 抵抗? トラウマ?
「なんでお嬢様以外の生き物に対してそんな感情を抱かなきゃいけないんですか」
「お前がいた世界は、なんでお前みたいなやつを野放しにしてたんだろうな」
「失礼ですね、野放しになんてされてませんよ。過去幾度となく精神病院にぶちこまれてます」
「……そうか。でもまぁ依頼をこなしてくれたならそれでいい。戻りも早いしな。ゴブリンはすばしこいから、狩猟も捕獲も逃げられると時間が掛かるんだ」
とりわけ森に入られると厄介で、下手に深追いするとゴブリンの群に襲われるらしい。
ちなみに俺が狩猟したゴブリンは引取所に渡しておいた。狩猟や採取で荷がかさばる場合、獲物は引取所に渡して完了証明をギルドで換金してもらう流れである。依頼の内容によって狩猟したものの部位だけでも良いという。
最初こそワニやら蛇やら持ち込んでいたが、今ではきちんとここのシステムに沿って行動している。お嬢様がおぞましいものを見ずに済む画期的なシステムだ。
「それじゃ、明日の仕事選んで今日はもう上がります。お嬢様と帰って、お嬢様のお風呂の準備をして、心地好いお風呂に奏でられるお嬢様の鼻歌を聞き、お嬢様に美味しい夕飯を召し上がって頂かなきゃいけませんからね」
「そりゃ大変だ」
「ではまた明日」
別れの挨拶を告げ、執務室で遊んでいるお嬢様を迎えに行こうと立ち上がる。
……と、それとほぼ同時にギルドの扉が開かれた。
姿を現したのは一人の老婆。腰を曲げ杖を突く姿に老いを感じさせる。この町では見かけたことのない老婆だ。
ギルドという場所には不釣り合いである。
そんな彼女はギルド内を見回すとベイガルさんに視線を止め、
「ベイガルさん、悪いんだけどまた頼まれてくれないかい?」
としゃがれた声を掛けてきた。
ちなみにそれに対するベイガルさんの返事は、
「……げぇ」
という、酷く嫌そうなものだった。




