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16:ただいまお嬢様!


 ギルドに戻ってきた俺を出迎えてくれるのは、お嬢様の抱擁ではなく、ベイガルさんの抱擁とキス……!?

 これには思わず蛇の頭部を抱きしめてしまう。


「汚される! お嬢様のために守り抜いた純潔が、おっさんに汚される!!」

「人聞きの悪いことを言うな! あと俺は23歳だ!」

「来ないでください! 爺の『オカマバーって面白そうだよな』って言葉を最後に意識を失い、気付けばどこぞのオカマバーに居てナンバーワンに上り詰めた時も守り抜いたのに!」

「落ち着け! 話を聞け! 俺に蛇の頭部を投げようとするな!」


 せめてもの抵抗と抱きしめていた蛇の頭を投げようとすれば、察したベイガルさんが制止の声を上げる。

 その言葉で俺もはたと我に返り、投げようとしていた蛇の頭部を近くにあった棚の上に置いた。

 こうやって飾ってみると立派なものだ。剥製にすればより様になるだろう。飾りとして申し分ない。俺は絶対にいらないけど。


 だがそんな蛇の頭部を見たお嬢様が「きゃっ!」と声を上げ、俺はすかさず壁に掛かっている誰かの上着を掴んで蛇の頭部に被せた。

 しまった、お嬢様にこんな過激なものを見せるなんて失態だ。お嬢様の愛らしい瞳に映って良いのは、美しい景色と可愛らしくふかふかした動物と俺だけなのに。

 お嬢様のガラス細工の如く繊細で小鳥のように愛らしいハートは傷つかなかっただろうか。


「お嬢様、おぞましいものを見せて申し訳ありませんでした。大丈夫ですか?」

「怖いわそまり……ぎゅってして」

「たまらない」


 震えながら両腕を伸ばして求めてくるお嬢様の愛らしさと言ったら無い。

 すぐさま駆け寄り抱きしめ、震える肩を擦り艶のある髪を掬い、全身全霊で癒してさしあげる。

 出来れば仕上げにラベンダーの香りがするフワフワのコットンで頬を拭ってさしあげたいところだが、あいにくとベイガルさんの執務室には無さそうだ。鞄の中には治療用のコットンが入っていたが、ラベンダーの香りどころかさっき見たら蛇汁でびちゃびちゃになっていた。――やっぱり蛇汁が出てた――


 そうして俺がお嬢様を慰めていると、


「あとどれくらいかかる?」


 と冷め切った声が割って入ってきた。

 横目で見れば――あくまで横目である。お嬢様が腕の中にいるのに他所を向くなんて出来るわけが無い――ベイガルさんが心底呆れたと言いたげに蛇の頭を眺めている。


「あと15分です。15分経ったら声を掛けてください」

「分かった。この蛇の頭を預けてきてやる」

「お願いします。あと、きっかり15分で声を掛けてください。もしも15分経過してしまった時は……」

「経過してしまった時は?」

「部屋の外で4時間ほどお待ちください」

「たがが外れて手を出すんじゃない」


 ぴしゃりとベイガルさんが咎めてくる。

 この人ならきっと15分ジャストに止めに入ってくれるだろう。そもそもここは彼の執務室だし、多分俺を殴ってでも止めてくれるはずだ。

 そう考えて15分かけてお嬢様を癒しつくそうと抱き締め直す。

 小柄なお嬢様は俺の腕の中にすっぽりと収まり、細い腕がそっと俺の背に回される。胸元に頬を擦り寄せてくるこの愛おしさは、最早言葉で言い表せられるものではない。

 ぎゅっと強めに抱き締めればお嬢様もまた俺を抱きしめ返し、ふわりと甘い香りが鼻を擽ってくる。パーフェクト。


「それじゃベイガルさん、蛇の頭はお任せしました。30分経ったら声を掛けてください」

「しれっと延長するな。15分だ」


 呆れを詰め込んだ声と共にベイガルさんが蛇の頭部を持って部屋を出ていく。

 パタンと扉が閉まる。その直後、俺の腕の中でお嬢様が「15分で離れられるかしら……」と悩まし気に呟いた。

 その焦らすような甘さ、肌を通じて伝わってくる熱っぽい吐息……。

 15分の時間設定を早々に後悔してしまう。もっと短くしておけば良かった、せめて5分くらいに……。

 己の理性がさっそくガッタンガッタン揺れるのを感じながら悔やんだ。



 それでもなんとか15分を抱きしめるだけで持ちこたえ、ベイガルさんの「よし15分だ。終了。ストップ。……ストップ!止めろ!離れろ!ストップって言ってんだろうが!」という言葉と鋭いローキックでお嬢様と離れた。

 そうして改めてソファーに座り直せば、ベイガルさんが「それで」と話し出す。俺のお茶を注ぎつつ。律儀な人だ。


「そまり、せっかくだから頂いたらどう?」

「えぇ、そうですね」


 両手でカップを持って飲むお嬢様に促され、俺もまたお茶を頂く。

 以前に飲んだお茶は紅茶に似ていたが、これはどちらかと言えばハーブティーに似ている。香りが強く、甘さは控えめ。

 今後のお嬢様のティータイムのためにもこの世界のお茶事情を学んでおかなければ……。そう考えつつまた一口飲めば、ベイガルさんが不思議そうに俺とお嬢様を交互に見始めた。


「……俺、今そまりに淹れて……えっと、お嬢さんにも淹れたか?」

「どうしたんですかベイガルさん。ボケるには流石に早くないですか?」

「相変わらず失礼な奴め……。まぁ良い、それであの蛇はお前が倒したんだな」

「そうです」

「どうやって?」

「どうって……」


 ベイガルさんに問われ、数時間前のことを思い出す。

 あの瞬間、蛇は口を大きく開けて俺に襲い掛かってきた。巨体からは想像もつかぬ速さだった。

 下手をすれば風を切る音だけが耳に届き、いったい何かと振り返るまでもなく蛇の口の中……という事だって有り得る。それほどまでの速さだったのだ。

 そんな蛇をどう倒したのかと言えば……。


「ジュッ! ゴブブォ……ジュゴゴゴボッ……ゴボォ! ボドゴン! って感じですね」

「なるほどさっぱり分からん」

「だから最初はジュッ!って」

「それは何の音だ?」

「俺のペンライトが蛇の皮を焼く音です」

「ゴブブォってのは」

「蛇の皮を焼き切って肉に到達しました」

「ジュゴゴゴゴボッ」

「蛇の肉を焼きながら進んでます」

「ゴボォ!」

「蛇の皮を焼き切りました」

「ボドゴン!」

「絶命した蛇が地面に落ちました」


 きちんと全部説明すれば、ベイガルさんがまるで化け物でも見るかのように眉間に皺を寄せ「えげつなぁ……」と呟いた。

 このおっさん、失礼すぎやしないか?



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