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13:ギルドの―危険な―試験Ⅰ

 

 翌朝、俺が目を覚ますと既にコラットさんは起床していた。

 身嗜みを整えお茶を飲み、俺が下りてきたことに気付くと穏やかに笑って朝の挨拶を告げてくる。なんとも優雅なものだ。

 寝起きが悪く、起床後しばらくむにゃむにゃと不思議な言語を喋るお嬢様とは対極的である。――寝起きのお嬢様の愛らしさと言ったらない。「そまりむにゃむにゃおはむにゃにゃ」と言いながら俺に近付いてくるのだ。時には「むにゃむにゃもるげん」とドイツ語で寝ぼけて知的さを見せてきたりもする――

 そんなお嬢様のことを思いだしつつコラットさんに朝の挨拶を返し、出発の準備を整える。

 一晩過ごしたとはいえ所詮は森の中、長居したい場所ではない。コラットさん曰く何事も無ければ今日の昼には洞窟に辿りつけるというのだから、ここでのんびりしている理由はない。


「昼に洞窟に着くなら手早く済ませて夕方にはギルドに戻れそうですね。早くお嬢様に会いたい、おかえりって言って抱き締めてほしい、ただいまって言って抱きしめたい。あの甘い香りに包まれたい」

「そまり、まだ日も高いからほどほどに」

「おっと失礼しました。それはさておき、急ぐに越したことは無いんですが疲れたら言ってくださいね。担いで運びますんで」

「休むわけじゃないのね」

「重ね重ね言いますが早く帰りたいんです」


 一刻も早くお嬢様に会いたい。

 とりわけコラットさんはお嬢様そっくりでありつつお嬢様ではないのだ、これは焦らされているに近い。日頃から募ってる俺の思いがよりいっそう募ってしまう。

 そのうえここは異世界。諾ノ森家ならまだしも勝手の分からない場所にお嬢様を一人で残しているのだから、俺が急ぐのも当然だろう。


 だがいくら急げどもコラットさんを無理させるわけにはいかない。

 彼女の案内が無ければ洞窟まで辿り着けないし、ギルドの試験の基準が分からない以上依頼人代わりに無理をさせるのは得策とは思えない。

 厚遇とまではいかずとも、多少なり気を遣う必要はあるだろう。些か手間だが彼女優先で行動すべきだ。


 それを話しつつ森の中を歩く。――もちろん俺は全て包み隠さず、些か手間とまではっきりと話した。コラットさんが小声で「オブラート……」と呟いているあたり、どうやらこの世界にもオブラートが存在するらしい。生憎と俺は持ち合わせていないけれど――

 幸い天候も悪くなく、森の中といえど日の光が差し込んで視界は良好。獣や邪魔が入る様子もなく、まさに順調と言えるだろう。

 そんな中、何かを見つけたコラットさんがパタパタと小走りに駆け出した。草を分けて足早に歩き、「そまり!」と俺を呼んでくる。


「どうしました?」

「そまり、あれが鉱石のある洞窟よ!」


 こちらへと手招きしてくるコラットさんに応じて彼女の隣に並び、指先す方へと視線を向ける。

 今いる場所は少し高台になっており、急勾配な崖が続きその下に洞窟が見える。岩肌には点々と草が生えているが全体的に鬱蒼としており、明かりなど望めそうにない。こんな用事が無ければ足を踏み入れる気になれない洞窟だ。


「あの洞口に鉱石が? なんか変な生き物でも居そうですけど」

「変な生き物?」

「えぇ、化け物とかモンスターとか。まぁでもベイガルさんは楽な試験だって言ってたし、暗いのもランタンを点ければ問題ないですよね。さっさと採掘して……」


 帰りましょう、と言いかけた俺の言葉が止まる。

 なにせ洞窟の奥からゆっくりと巨大な蛇が出てきのだ。

 昨夜コラットさんの肩に乗っていたものとは比べものにならない巨大さ。全長は数メートルどころか二桁いきかねないほど、太さもまるで大木のよう。それがうねりながら進む光景はこちらの遠近感を狂わせかねない。

 そんな蛇はゆっくりと周囲を徘徊し、爬虫類独特の眼球をギョロリと動かすとジッと一点を見つめだした。

 その視線の先に居るのは……一羽の鳥。形は元いた世界の鷹や鷲に似ているが、一回り二回りほど大きい。蛇の存在に気付くことなくまるで日光浴のように佇んでいる。


 シンとした空気が漂う。


 次いで巨大な蛇はまるでバネのように体をうねらせると、数メートルの距離を一瞬にして詰めて鳥に噛みついた。……いや、噛みつくことすらせず一口で飲み込んだ。

 憐れ鳥は逃げる隙もなく、驚愕と共に羽根を広げるも抵抗することも許されず、蛇の口の中へと消えていった。

 蛇と比べれば小さいとは言えるが、あの鳥だって相当のサイズがあったはずだ。

 それを蛇は一口で平らげてしまったのだ。羽根を広げてより幅が出来たというのに、それすらもなんら苦も無くだ。

 パクッ、と、そんな軽快な音がしそうなほどあっさりとしている。

 そのうえ蛇はいまだ食い足りないと言いたげにウネウネと周囲をうねって餌を探している。とんだ食いしん坊スネークだ。

 きっと俺がテリトリーに入り込んだら一瞬でパクッとしてくることだろう。


「あのオッサンモドキめ、なにが楽な試験だ。騙された」


 ぼやきながら蛇を眺める。

 用心深いのかまだ活動時間ではないのか、もしくはその必要が無いのか、洞窟の周辺こそ徘徊しているが離れる様子はない。

 丸一日見張っていれば少しは遠出するだろうが、それだってどれだけの範囲に、どれくらいの時間離れるか分からなのだから迂闊には近付けない。

 そもそも洞窟内がどうなっているのかも分からないのだ。

 蛇が離れたからといって洞窟内に入り、真っ暗闇で道に迷い、そのうえ戻ってきた蛇に追いつめられて……。なんて、B級パニック映画さながらの状態は遠慮したい。

 となればどうするべきか、答えは一つ。


「太陽のもとあの蛇を殺しましょう」

「そまり、決断が早い」

「だって明るい方が殺しやすいし、前もって殺しておけば洞窟で追いかけられる心配も無し。俺は早くお嬢様のもとに帰れるし、蛇だって最後に見る光景が太陽と美しい自然なら本望でしょう。win-winですよ」


 まぁ、winの片方は死ぬんだけど。


 それはさておき、決めたならばすぐ行動と腰元から武器を取り出す。

 もちろん今回もペンライトだ。今後も狩猟の仕事をするなら、ナイフとかそれらしい武器を用意しておいた方が良いのだろうか?

 だが異世界の武器に何があるのか分からない。モーニングスターや円月輪、ジャマダハルあたりを嗜んだ俺も、さすがに異世界の武器は怖くて手を出せない。

 当分はこのペンライトを相棒に、手に馴染むものを探していった方が良いだろう。


 爺から貰ったペンライトと考えると盛大に叩き割りたい気持ちになるけど。

 あぁ、今もこうやって光を点けると爺の顔がぼんやりと浮かんでくる。

 満面の笑みで親指を立て、爽やかに笑って……。

 爺がこの笑顔を浮かべると、決まって俺は次の瞬間に気を失うのだ。そしてどっか知らない場所で目を覚まし、無茶難題を押し付けられる……。


「爺め……積年の恨みをいつか……いつか…。…諾ノ森に仕える雪州は俺一人で十分……!」

「そまり、それは?」


 カチカチと色を変えつつ憎悪を滾らせていると、コラットさんが俺の手元を覗き込んできた。

 興味深そうにペンライトを見つめ、試しにオレンジから緑に切り替えると「凄い!」と声をあげる。どうやらこの世界にペンライトは無いらしい。


「これがそまりの武器なの? 見たこともないし、光って色が変わるなんて不思議」

「これはペンライトというものです。光らせて振り回すんですよ」


 コラットさんに説明しつつ、ボタンを一度押す。

 色が緑から赤へと変わった。その瞬間……、


「きゃっ!」


 と、コラットさんが高い悲鳴を上げ、逃げるように怯えるように身を引いた。




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