06:紆余曲折のクリスマス
「……というのが、かつて日本で過ごした俺のクリスマスです」
過去の記憶を――思い出とは言いたくない――話せば、聞いていたベイガルさんが眉間に皺を寄せて「そうか」と答えた。
随分と渋い声と表情だ。だがそれだけでは足りないようで、盛大な溜息を吐き、挙げ句に肩を落としてしまった。
「どこの世界でも、部屋に入り込む身内を止める術は無いんだな……」
これはきっと、かつての自分を――詳しく言うのであれば、養父と義兄に毎夜部屋に入り込まれ寝顔を覗かれていた自分を――思い出しているのだろう。
どこでもなく遠くを見ており、その目は酷く濁っている。以前の己の生活を――養父と義兄から構われ倒した生活を――思い出しているのだろう。
だが今の俺も同じ心境なのでなんとも言えずにいると、横から楽しそうな声が聞こえてきた。
過去の記憶を思い出してしょっぱい気持ちになっている俺達とは真逆に、クリスマスパーティーの計画を立てるお嬢様と西部さんは賑わっている。
あれを飾ろう、これをやろう。
何を作ろう、誰を呼ぼう……。話題は尽きないようだ。
「しかしよく考えれば、こちらの世界には意識を失わせてまで警備訓練に参加させる同僚も、真っ赤な妖怪こと爺も居ないんですよね。ようやく穏やかなクリスマスを過ごせそうです」
「そまり、個人的に依頼したい事がある」
「おや、お嬢様と西部さんは招待状を書き始めましたね。コラットさん、マチカさん、満田さんやリコルさん、それにシアム王子にまで。きっと王子も喜んで来てくれるでしょう」
「……言い値を払う。俺の一年間の収入ぐらいなら喜んで出そう」
「必死すぎる」
ベイガルさんが小切手を差し出してくる。金額の欄は無記入で、そのうえ早く書けとせっつくようにペンを押し付けてきた。
それ程までに必死なのだろう。言わずもがな、依頼とはシアム王子襲来の阻止である。
一国の王子に対して失礼な。……とは思うまい。
なにせベイガルさんにとってのシアム王子は、俺にとっての爺。俺だって爺の襲来を阻止できるなら年収ぐらい喜んで差し出す。
だからこそペンを受け取り、金額記入欄に書きこんだ。
『クリスマスツリー 一本』
こちらの世界にもみの木があるかは分からないが、あれば立派な生木を一本、無くとも似通った木か、作り物にしても相応のものを用意してくれるだろう。
もちろんオーナメントも必要だ。星とベルのオーナメントは必須。あと大きめのリボンもあると華やかになる。それに雪を模した綿も良いだろう。
諾ノ森家に飾られていたクリスマスツリーは、一般家庭に飾られるには惜しいほどの立派な代物だった。あれを越えるツリーを用意せねば。
そう考えながら必要なものをあれこれと挙げていると、西部さんと打ち合わせをしていたお嬢様がこちらに気付いてちょこちょこと近付いてきた。
「そまりとベイガルさんはツリーを用意してくれるの?」
「えぇ、お任せください。立派なものをご用意いたします」
「本当? それならお願いね! クリスマスパーティーにはツリーが無くちゃ!」
お嬢様が弾んだ声で託してくる。瞳は輝き、なんて眩いのだろうか。
「良いですか、ベイガルさん。お嬢様に任命された以上、妥協したツリーなど出せるわけがありません。最低限平屋の屋根を越える高さのツリーです」
「シアム王子の襲来を防げるのなら何でもやろう」
真剣みを帯びた声で話せば、ベイガルさんも深く頷いて返してきた。
そんな俺達の気合いに当てられたのか、お嬢様もより瞳を輝かせ興奮し、西部さんも「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。
それから数ヵ月後……、
『とある村では二階建て家屋を越える巨木を飾り、赤い服を着た村民が不可思議な言葉を口にしクッキーを配る奇祭が行われているらしい』
そんな噂がまことしやかに流れ始めた。
これを聞いたお嬢様は不思議そうに首を傾げ、
「不思議なお祭りもあるものねぇ」
と、のんびりと話していた。
日本でもこの世界でも、行事というのは紆余曲折を経て変わりゆくものである。
…end…
クリスマスの番外編、これにて完結です!お付き合いいただきありがとうございました。
クリスマスというよりは警備訓練の話でしたが、いかがでしたでしょうか?
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