05:決着と終幕とタスキ
詩音の部屋を目前に、警備員達に混乱が広がる。
「どういうことだ、詩音お嬢様はいったいどこに……。おい警備室、詩音お嬢様は間違いなく部屋を出ているんだよな! もう部屋に着くのに、どうして姿が見えないんだ!」
『…………』
「おい警備室、返事をしろ! 詩音お嬢様はどこにいるんだ!」
『……お前達と同じエリアだ』
「はぁ!? なに言ってるんだ、どこにもいらっしゃらないぞ! 見間違えてるんじゃないか!?」
『……お前達がモニターから消えた。……やられた』
俺達の負けだ。
そう通信機から弱々しい声が聞こえてくる。
それに対して、誰もが困惑の色を宿して顔を見合わせる。口にせずとも互いに嫌な予感を感じているのだ。背筋に冷たいものが伝う……。
しびれを切らした男が上着にしまっていた装置を手に取った。
「こうなったらお嬢様を説得するのは諦めて、直接そまりを討つしかない! 今年こそやつを負かすんだ!」
覚悟を決めたというよりは、追いつめられて躍起になったと言うべきか。
それでもこの状況下での男の言葉には言い得ぬ説得力があり、誰もが奮い立った。
……約一名、平然と歩く青年を覗き。
「おい、なんだよ」
「ここまでご案内頂きありがとうございました。せっかくの聖夜なので、どうぞみなさんごゆっくり」
「は……。ま、まさか、その喋り方、おまえっ……!」
まさかと男が声をあげる。だが青年はそれに答えず、男の手から起動ボタンをさっと奪い取った。
一瞬のこと、それも会話が終わる直後という隙をついてのことだ。これには誰も反応出来ず、とりわけボタンを取られた男はあっと声をあげ……。
そして次の瞬間、仲間だと思っていた青年が上着からガスマスクを取り出し装着したのを見て息を飲んだ。
「まずい! みんな、逃げろ!」
「残念、もう遅いですよ」
叫ぶような撤退の指示に、ここに居るはずのないそまりの声が応える。……発したのは警備員の青年。
それとほぼ同時に天井から頑丈な壁が下り、一瞬にして周囲が閉鎖された。だがそれに驚く暇もなく、次の瞬間には通風口からガスが一気に吹き出す。
雪州源十郎作の睡眠ガス。そまりでさえ一瞬で意識を持っていかれる代物なのだから、いかに日頃鍛えている警備といえども堪えられるわけがない。白靄があたりに蔓延する中、バタバタと人が倒れる音が続く。
そうして蔓延しきったガスが徐々に薄れて一掃されれば、死屍累々と床に伏せる警備員達の中、ガスマスクを付けた青年一人だけが堂々と立っていた。
次いでおもむろにガスマスクを取り外せば、その下にあるのは諾ノ森家に仕える警備員の顔。
……だが、ガスマスクに続いて、それすらもまるで剥がすように取り払った。
「過去の映像と特殊マスクに騙されて誘き出されるなんて、まったく情けない」
やれやれと溜息を吐くのは、もちろんそまりである。
上着の内ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認すれば、床に転がっていた通信機から盛大な溜息が聞こえてきた。
警備室に残った者達である。
そまりの変装に気付かず罠の詳細を説明し、いつの間にやら切り替えられていた過去の映像に踊らされ、挙げ句に詩音の部屋前の閉鎖エリアまでそまりを案内してしまったのだ。もはや溜息しか出ないのだろう。
ちなみに警備室のモニターは既に正常な映像に切り替えられており、それを知った上でそまりは優雅に一礼して見せた。
『……今年も俺達の負けか』
「去年より三十秒は足止め出来ましたね。すばらしい成長ですよ」
『もはや恨み言を言う気にもならない』
「というわけで、明日から年末まで、警備室勤務は全員『今年もそまりにやられましたタスキ』を掛けてくださいね。もちろん勤務時間外だろうと非番だろうと関係ありませんよ」
『な、なぁ、それなんだけど。せめて勤務時間内だけにしないか? ほら、この時期はデートしたり帰省する奴もいるわけだし……』
「大人しく年末までタスキをかけ続けるか、睡眠ガスで起きたら年明けか、どちらが良い」
『……タスキかけます』
全面降伏と言った通信機からの声にそまりが満足気味に頷き、ぷつと音を立てて通信を終了した。
◆◆◆
警備室とのやりとりが終われば、残すはお嬢様にプレゼントを届けるだけである。
そっと扉を開ければ部屋は暗く、布団が緩やかに山を作っているのが見える。耳を澄ませばスゥスゥと微かな寝息が聞こえてきた。
足音をたてないように注意しながらベッドへと近付き、枕元に置かれた靴下を……と視線をやり、そこに置かれているものを見て思わず表情を緩めた。
プレゼントを貰うための真っ赤な靴下。
その隣には、可愛らしい包みに入ったクッキーと、『私の愛しく勇敢なサンタクロースへ』と書かれたメッセージカード。
これはもちろんお嬢様が用意したものだ。サンタクロースへ……俺というサンタクロースが、今年も警備との勝負に勝って自分の部屋を訪れると信じて、用意してくれていたのである。
それを思えば、なんと愛おしいのだろうか。
「メリークリスマス。俺の愛しく優しいお嬢様」
小さな声で囁いて、お嬢様の額にキスをする。
そうしてあらかじめ用意しておいたプレゼントを真っ赤な靴下に入れ、その代わりにクッキーを貰って部屋を後にした。
……と、ここまでで終われば、まだ良いクリスマスである。
いや、防犯訓練に巻き込まれている時点で良いクリスマスなわけがないのだが、それでも最後にはお嬢様の優しさに触れて心温まるクリスマスと言えるだろう。
そんな俺の暖まった心も、自室に戻り……、
「そまり、めりぃくりすます」
と開口一番に言ってくる真っ赤な衣装の爺を見た瞬間、一気に冷め切ってしまった。
誰かなど言うまでもない。
もはや反応する気も起きず、おもむろに携帯電話を取り出してかける。数度のコール音が聞こえた後に繋がったのは、つい先程まで話していた、どころか一戦やりあった警備室である。
「俺の部屋に真っ赤な妖怪がいるんだけど、捕獲してくれません?」
不法侵入です、と訴えるも、返ってきたのはうんざりとした『お前がどうにも出来ないものを俺達がどうにか出来ると思うな』という答え。
そのうえ直後にブツンと通話が切れた。