03:諾ノ森家のワンと鳴く護衛達
ふと目を覚ませば、先程いた諾ノ森家の屋敷の中……ではなく、諾ノ森家の庭。そのど真ん中。
最低限の心遣いなのかコートを羽織らされレジャーシートが敷かれているが、野晒しである。
だが今更この状況に困惑するわけがない。盛大に溜息を吐き、胸ポケットから携帯電話を取り出した。どこかから監視しているのか、俺が手にするとほぼ同時に着信が入った。
「そこに何人居るのか分からないが、全員息の根を止めてやる」
『こわっ! やめろよ物騒だな! 今年も訓練に付き合ってくれよ』
怨念を込めた俺の声とは対照的に、電話先の男の声は明るい。
ちなみに先程俺と通路で話していた男だ。その他にも数人の声が聞こえてくる。だが誰一人として案じることなく「よろしく」だの「今年は負けないからな」だのと暢気に言ってくるだけだ。
一人ぐらい、俺を案じ、かつ中止を言い出してくれないものだろうか。
「分かりました。とっとと終わらせるので、首を洗って待っていてください。全員無事で明日の朝を迎えられると思うな」
『お前、なんで発言が悉く物騒なんだよ。聖なる夜だぞ、もっと穏便に行こうぜ』
「諾ノ森家を守る番犬達のもの凄い鳴き声が聞こえてくるし、徐々に鳴き声が近付いてくるんですが。この状況で聖なる夜だの穏便だの言ってられません」
『あぁ、仕掛けた。今年は番犬の訓練も強化してるからな。ここで成果を見せたいところだ』
「……なるほど。ところで、さっきの麻酔、俺が一瞬で気を失うってそうとうな代物ですね。出所は」
『源十郎さんが、今年はこれを使えって。むしろあの瞬間に吹き矢でお前に麻酔針さしたのも源十郎さんだ』
「あの爺!」
クリスマスの夜に孫に麻酔針を放つとはどういう了見か。
思わず怒りで声を荒らげ、その勢いのまま通話終了ボタンを押す。
次いで携帯電話を上着にしまい、こちらに駆けてくる番犬達に視線をやった。さすが諾ノ森家の番犬、一直線に俺というターゲットの元へと向かってくる。
歯を剥き、吠える。その姿は並の人間ならば臆してしまうだろう。仮に悪意をもって諾ノ森家に忍びこんだとしても、これを前にすれば腰を抜かすはず。
定番のドーベルマン、威圧感を出すジャーマンシェパード、軽やかな動きのボーダーコリー。
そして先頭を走り、どの犬よりも獰猛さを見せる……チワワ。
「お前……最近屋敷で見ないと思ったら番犬になってたのか……」
異例の採用に驚きながらもひとまず庭の一角へと向かい、木の太枝に手をかけてするすると登っていく。当然だが犬達も俺を追い、さすがに木には上れないが頭上の俺へと吠えだした。
とりわけチワワの獰猛さはすごい。小柄で愛嬌のある風貌ながらに吠えて唸って跳ね回り、俺が木から降りた瞬時に噛み殺さんとする勢いだ。――もちろんこれは訓練であり、諾ノ森家では訓練と同時に躾もきちんとしている。犬達もそれは分かっているはずで、本気で俺を噛んだりはしないだろう。……多分。チワワだけは別かもしれない――
そんな犬達を見下ろし、俺はあらかじめ木の上に隠していた袋を取り出した。
中から取り出したのはガスマスクと催眠ガス入りのお手製手榴弾。
手早くマスクをつけ、手榴弾をポイと放り投げた。
次の瞬間、周囲に白いガスが舞い上がり……。
先程まで俺を捕まえんと吠えて木の下に集っていた犬達が、一匹また一匹と倒れていった。
最後に残ったのは……チワワだ。
頭上の俺を睨みあげ、歯を剥いて唸り続ける。だがそれも長くは続かず、最後に一度キューンと高い鳴き声をあげるとその場に倒れた。
小さな体を横たえて眠る姿は一見すると愛らしく、先程までの獰猛さが嘘のようだ。
「次の訓練はガス対策だな。さすがに犬にマスクは付けられないから、ガスを見たら風上に逃げるように覚えさせるか……」
訓練案を考えつつ、木から降りる。
先程まで唸っていた犬達も今やぐっすりと眠っている。この寒空の下と考えると可哀想な気もするが、睡眠ガスは10分程度で効き目が切れるので問題ない。
「ともにお嬢様を守る身として、その勇ましさに敬意を評しましょう」
そう告げて、犬達の口元に袋から取り出した骨を置いていく。
犬用のおやつ。俺からのクリスマスプレゼントである。
俺がお嬢様以外のものに贈り物……と考えれば珍しい話だが、愛らしいお嬢様は常々「ふかふかしてニャーって鳴く生き物には優しくしてね」と言っているが、同じように「ふかふかしてワンって鳴く生き物にも優しくしなくちゃいけないのよ」と仰っているからだ。――あと「ふかふかしてウサーって鳴く生き物にも……今の生き物なに!?」と仰る時もある――
それに今夜はクリスマス。犬達だってゆっくり過ごしたかったはずだ。
つまり、諾ノ森家の防犯訓練に駆り出された同類への哀れみでもある。
「お前達の仇は俺が必ず取ってやるからな。……というわけで警備共、首を洗って待っていろ」
今いくからな……と監視用隠しカメラに向けて告げ、諾ノ森家の屋敷へと向かって歩き出した。




