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02:聖なる夜の靴下

 


 諾ノ森家の屋敷はどの部屋も冷暖房が完備されている。

 当然、諾ノ森家の宝である大事な一人娘の部屋も冬であっても暖かい。

 暖かな部屋で、ふわふわの布団に包まれ、お嬢様が少し微睡んだ表情で俺を見上げてきた。


「ねぇそまり、今年もサンタさんは来てくれるかしら?」


 お嬢様の問いかけに、傍らに立っていた俺は「もちろんです」と頷いて返した。

 クリスマスイブの夜。お嬢様の枕元にあるローテーブルには赤い靴下が置かれている。サンタクロースにプレゼントを貰うための靴下だ。

 それを見つめるお嬢様の愛らしさと言ったらない。お嬢様ほどの良い子を見逃したとあらば、サンタクロースは職務怠慢で訴えられても文句を言えないだろう。

 そう俺が断言すれば、お嬢様がクスクスと楽しそうに笑った。


「それじゃ、良い子は早く寝なくちゃいけないわね。起きてたらサンタさんがビックリしちゃうわ」

「そうですね。サンタクロースを気遣って早く寝る、これもまたお嬢様が良い子の証です」

「……でも。ねぇそまり?」


 寝ようとしていたお嬢様が引き留めるように俺を呼ぶ。

 次いで枕元の靴下をそっと手に取り、自分の布団の中に入れようとしだした。


「もしも靴下を隠してしまったら、サンタさんは靴下を探すために布団を捲ってしまうのかしら……」

「な、なんてことを! 聖なる夜に性の駆け引きはいけませんよ!」


 お嬢様の妖艶な言葉に、慌てて彼女の布団の中に消えようとする靴下を取り上げる。

 見せつけるようにローテーブルの上に置きなおせば、お嬢様が悪戯っぽく笑った。俺の反応を見て楽しんでいるのだ。なんて妖艶で、それでいて愛らしいのだろうか。


「まったく……。そんな冗談を言う方はもう大人です。サンタクロースが来てくれないかもしれませんよ」

「それは困るわぁ」

「それなら大人しく今夜は眠ってください」


 俺の説得に、今度は素直に従う気になったのかお嬢様が頷いて返して目を瞑った。

「おやすみなさい」という声に俺も就寝の言葉を返し、明かりを消すと音を立てないように部屋を後にした。



 お嬢様はサンタクロースを信じている。……わけではない。

 まだ幼さの残る愛らしさと純粋さに溢れたお嬢様と言えども、さすがにサンタクロースの正体に関しては相応の年齢で気付いている。

 ならばなぜその名を口にしあれこれと言うのかといえば、お嬢様のもとを訪れるサンタクロースの正体を知っているからこそだ。


 クリスマスイブの夜に、お嬢様の部屋に忍び込んでプレゼントを捧げるサンタクロース。

 言わずもがな、俺である。

 というか俺以外は認めない。


 ちなみに、いくら俺でも認めざるを得ないのがお嬢様の両親である旦那様と奥様だが、お二人は枕元にそっと置く派よりもツリーの下に山のようにプレゼントを積む派である。

 ――この時期、諾ノ森家の大広間には大きなツリーが飾られる。そしてクリスマスの朝にはツリーの下にプレゼントの箱が詰まれているのだ。これもまたクリスマスらしい話である――


「お嬢様、ご安心ください。今年もサンタクロースは現れますよ。お嬢様限定の俺というサンタクロースが……!」


 明日の朝、プレゼントを貰ったと嬉しそうに俺に報告するお嬢様の姿を想像すれば、自然と表情が緩む。

 もちろんお嬢様へのクリスマスプレゼントの準備は万端だ。

 純粋でいて優しさの固まりであるお嬢様は、この時期になると自主的にサンタクロースに頼むものを教えてくれるのだ。それは俺相手に限らず、旦那様や奥方様相手でも同様。プレゼントが被らないよう、それでいてサンタクロースを信じている体でそれとなく伝えてくる。

 これもまた諾ノ森家の定番のやりとりであり、リクエストを聞く側もまたお嬢様がサンタクロースが存在する体で受け答えをするのだ。


 なんて微笑ましいのだろう。十二月も終わりに差し掛かる時期でありながら、諾ノ森家はお嬢様を中心に暖かさに満ち溢れている。


 ……と、ここまでならば微笑ましいクリスマスで終わる。




「そまり、お茶でもどうだ」


 そう声を掛けてきたのは、諾ノ森の警備員。

 片手にマグカップを持っており、ほんのりと湯気が立っている。

 それを、俺はジロリと睨みつけた。


「結構です。俺は日付が変わると同時にお嬢様の枕元にプレゼントを置くので、邪魔をしないでください」

「なんだつれないな。お茶の一杯ぐらい良いだろ」

「お茶の一杯ぐらい?」


 男の言い分に、俺が恨みを含めた声で返す。

 だがこんな態度になってしまうのも仕方あるまい。


「去年その手で睡眠薬を飲ませ、一昨年は俺の部屋に睡眠ガスを撒き、その前は庭の手入れをしているところに麻酔銃を打ち込んできた。そのうえでの正当な警戒だ!」

「そう怒るなって。仕方ないだろ。それに毎年同じ手は使ってないから、これは紛れもなくただのお茶だ。なにも仕込んでない」

「お茶だろうとなんだろうと、いりません。そもそも、俺はただ静かにお嬢様とのクリスマスをっ……」


 クリスマスを楽しみたい、という俺の訴えは、最後までは発せられることが出来ずに終わった。

 俺の首筋に何かが刺さり、その瞬間に俺の意識が急速に薄れていったのだ。辛うじて聞こえてきたものといえば、先程まで俺と話していた男の、


「これより、諾ノ森家防犯訓練を開始する」


 という言葉だった。




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