10:ギルドの試験Ⅱ
森の奥にある洞窟、そこにある鉱石を取ってくるのがギルドの試験だという。
もっと危険なものを予想していたが、聞けばギルドの仕事は狩猟や討伐といった物騒なものに限らないらしい。時には森の中で採取をしたり、それどころか町の中で仕事をすることもあるという。
ギルドの仕事と言ってもピンからキリまでということだ。となれば試験は多少楽なものにしなければ、難易度の低い仕事を受ける者が居なくなってしまう。
「案内役と合流と言われたけど……」
そう町の入り口で一人呟きつつ、ショルダーバッグの中を漁る。
ベイガルさんが貸してくれたものだ。中には森での採取に必要なものが一式揃っており、次回からは自分で揃えるようにと言っていた。
狩猟の武器にはじまり採取道具や寝袋やランタン、それ以外にも足代や宿泊料……そういった掛かる費用は全て実費だという。
もちろん費用の掛かる依頼は相応に報酬も高い。だが調子に乗って高い依頼を受けてばかりだと、出る金も増えて気付けば儲けは雀の涙……なんて事もあるのだという。
「仕事も選ばなきゃならないってことだな。まぁそれもこの試験を終えてからだけど」
とりあえず目の前の試験だ。そう考えて周囲を見回す。
ベイガルさん曰く、ここで待てば案内役が来てくれるのだという。その人を連れて森を散策し、指定の鉱石を採取するのだ。
洞窟は森の奥深くにあり、順調に進んでも森の中で一泊は避けられないという。
それを聞き、当然俺はお嬢様を一人で残すなんて出来ないと訴えた。……というか、
「おいおっさん、てめぇ俺とお嬢様を離して何企んでやが……。おっと失礼しました、何が潜んでいるか分からない異世界でお嬢様を一人で過ごさせるなんて出来ません」
と訴えた。ちょっとうっかり口汚くなってしまった気がしないでもないが、きっと大丈夫。気付かれてない。
それを聞いたベイガルさんが、お嬢様が一人で過ごすのが不安なら受付嬢の家で一泊したらどうかと提案してくれた。若干引きつった表情で。
曰く、受付嬢の一人の家では主人が簡易的な宿を経営しているのだという。
最高級クラスのホテルにしか泊まったことのないお嬢様を異世界の宿に一人で過ごさせるのは不安が残るが、まぁ一晩だけなら大丈夫だろう。宿泊代にかなり色を付けて、身の回りを揃えて常に気にかけて貰うよう頼んでおいたし。――あのワニが意外に良い金になったようで、ワニ様様だ――
「でもお嬢様が待ってるんだから、悠長には過ごしてらんないし、さっさと試験を終わらせよう。でもランク付けの基準って何だ?」
シンプルな試験だがらこそ、どうやってランク付けされるのかが分からない。
戻りが早ければ良いのか、もしくは採取した鉱石の質か。もしかしたら依頼人こと案内役をいかに護衛するかも掛かっているかもしれない。もしくは散策中に何か狩猟する必要でもあるのか。
その成績によってランクが分かれ、出来る仕事の幅が変わる……と。
「高ランクで厄介な仕事受けるより、低ランクの方が良いよな。採取ならお嬢様と一緒に行けそうだし」
二人で森の中を散歩し、二人でキノコだの鉱石だの採取し、ギルドに帰ってお金に変える。
……待てよ、これってデートじゃないか? つまりデートしながらデート代が稼げるわけだ!
「こいつは最高だ。よし、最低ランクになるようギリギリのところで手を抜こう。お嬢様とデート三昧だ!」
「ねぇ、貴方がそまり?」
「もしかしたら二人で海に行けるかも! 『お前絶対に水着姿のお嬢様を見たら理性崩壊して、他の奴らに見せてなるものかと周囲の奴らに襲い掛かるだろ』って皆に言われて禁止されてた海に……! お嬢様の水着姿!」
「……そまり、ねぇ!」
お嬢様の水着姿を想像して滾る俺に、横から声がかかる。
はたと我に返り声の主に視線をやり、そしてそこに控える一人の少女を見て息を呑んだ。
目鼻立ちの整った顔つき、長い睫毛、小柄ながらにスタイルが良くスラリとした手足……。紫がかった髪と同色の瞳という色合いこそ違うが、他は目を疑うほどお嬢様とそっくりなのだ。
人懐こく笑う笑顔も、「そまりだよね?」と尋ねてくる声も、全てがお嬢様を彷彿とさせる。まるで双子のようだ。
「……あ、貴女が、案内役ですか?」
「えぇ、私コラット」
コラットと名乗った少女がよろしくと朗らかに笑う。
次いで彼女は「案内は任せて」と歩き出した。
こちらの世界の服装であろうシックなワンピースがふわりと揺れる。野営用具を淹れているのだろう大きめのショルダーバッグ。一見すると遊びに行くかのような格好だが、腰にはナイフが備えられている。
その姿はまるでお嬢様がコスプレでもしているかのようで、俺は怪訝そうに彼女を見つめつつ、案内されるまま町を出ると森へと向かった。
「そまりはギルドで仕事をするのは初めてなのよね?」
「えぇ、ギルドという仕組みも良く理解してないぐらい初心者です」
「そうなんだ。ベイガルから、期待できる手練れって伺ってから、以前に仕事をしてたのかと思ってた」
「俺は生まれてこのかた執事業一本です」
「ひつじ?」
「執事」
「やぎ」
「ひつ……執事。バトラーとも言いますね」
「バトラー、強そうね」
素敵、とコラットさんが微笑む。
なんか勘違いをしてそうだが、面倒なので訂正しなくて良いだろう。
羊よりマシだ。それに爺の「格闘技って……良いよね!」という発言を最後に――若干の間が腹立たしい――意識を失い、気付いたらどこか分からん国に居てよく分からん格闘技を覚えざるを得なかったことが何度かあったので、あながちコラットさんの考えるバトラーでも間違いはない。
国内の格闘技は勿論、カポエラやマーシャルアーツ、サバットなんかも覚えた。もとい、覚えないと日本に戻ってこれないので覚えざるを得なかった。
……もしかしたら、俺は元いた世界よりもこっちの方が平穏に暮らせるのかもしれない。
いや、でも元いた世界で爺がのさばってるのもそれはそれで腹立つんだよなぁ……。
と、そんな事を考えつつ森の中を歩く。
洞窟に辿り着くまでは時間が掛かるらしく、それなら日が出ているうちに寝泊まり出来る場所を探した方が良いだろう。
そう俺が提案すればコラットさんも頷いて返してきた。寝泊まりする場所に関しては俺に任せるという。きっとこれもランク付けの基準になるに違いない。
「私は寝袋を持ってきてるけど、そまりは?」
「俺は適当な木を見つけてそこで寝るんで大丈夫です」
「木の根元? まさか野営をするのに寝袋を用意して来なかったの?」
「いえ、木の上です」
上を指さしながら告げれば、コラットさんがつられるようにクイと空を見上げた。
木が生い茂っている。中には太い枝もあり、大人一人くらいなら乗っかって一晩過ごしても支障は無いだろう。
「ワニが出るのが分かっているなら、木の上の方が安全じゃないですか?」
「……そう、かもしれないわね」
「あ、不安ならコラットさんの寝袋も木の上に引き上げましょうか? それとも俺が頭上で寝ますか?」
「近くにいてくれれば良いわ」
どうやら木の上では眠りたくないらしい。
俺としては、不用意に地面で眠るより木の上の方が安心できるんだけど。まぁでも無理強いはするまい。人の好みはそれぞれだ。
そう考え、森の奥へと向かいつつも寝床に適した場所を探す。コラットさんが寝袋で横になれる程度の広さと、そして俺が寝れるくらいの大木だ。
時には休憩を挟みつつ歩き続け、ここで良いかと程よい場所で足を止めた。日は少し落ち始めており、森の中ならあっと言うまに暗くなるだろう。
視界が明るい内に野営の準備をしておくべきだ。少なくとも、暗くなる前に火を起こさなくてはならない。
そう判断し周囲から木々を集めて組み、鞄の中からマッチを取り出した。……が、火を点けようした直前でコラットさんが待ったをかけてきた。
「そまり、今夜は月も出てるしランタンもあるから、火を起こす必要な無いんじゃない?」
「動物がいるなら火を焚いた方が良いですよ」
「そうだけど……ほら、この森はそんなに危なくないし、獣もあんまりいないから」
「直近でワニに襲われましたが」
「……私、火が怖いの」
だからせめてランタンだけにしてくれ。そう弱々しくコラットさんが呟き、逃げるように視線を逸らしてしまった。
その表情は怯えの色を見せ、自分の体を抱きしめるように体を押さえている。庇護欲どころか謂れのない罪悪感すら誘いかねない表情だ。
そうして形良い唇を固く閉じ、縋りつき乞うような瞳でチラとこちらを見上げてきた。
お嬢様にそっくりで、それでいてお嬢様とは違う。そんなコラットさんに見つめられ懇願されると何とも居心地が悪、俺は仕方ないと肩を竦めると組んでいた焚き木を崩してランタンに火をつけた。