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「はあ…」

冷たく悴む手に、私はそっと息を吹き掛けた。


…あっ、申し遅れました!

私は冬の女王様の御世話係をさせていただいている、アイと申す者です。


冬という季節は個人的に、とても好きです!

ですが、体が寒さを訴え始めてきてしまいました。

最近はお食事も豪華、とは言えませんし…。

いつもであれば、とっくに春の女王様と入れ替わる時期なのです。

ですが…………


「すまないな、アイ。」

世話係にすぎない私に、優しく声をかけてくださる冬の女王様。

気高く美しい女王様だけど今は弱々しくベッドに横たわっている。

冬の女王様は病を患われたのです。

重く、重く、苦しい不治の病なのだとお医者様は言っておられました。


「いいえ。

 御加減はどうですか?」

微笑みを浮かべながら私が聞くと、冬の女王様も笑みを浮かべた。


「問題ない。」

「そうですか?

 それは何よりです」

冬の女王様のご病気を治すために、私たちはずっとこの塔にこもっている。

凍てつく寒さが、ご病気の進行を少しでも送らせてくれるようにと。

…冬の女王様がご病気を患っていると知っているのは、この塔にいる極一部の者と春の女王様だけ。

だって、国民はもちろん…。

王様がその事を知ったらきっと卒倒されてしまう。

王様も女王様たちの次くらいに、お優しいから。


「アイ、もう下がってよい」

私が顔を伏せていると、冬の女王様の声が凛と響いた。

冬の女王様は本当にお優しい…。


「そうですか?」

「ああ。もう休め」

いつもは嬉しいその言葉だけど、私の眉は勝手に下がった。

いくらお優しいとはいえ、最近は過ぎていると思う。

冬の女王様は病にふせっていらっしゃるのだから、今こそ私の頑張り時だというのに。


「……では、お食事の準備をして参ります」

ささやかな反抗をすると、冬の女王様も私のように眉を動かした。

私と違ってとても威圧感がある。


「話を聞いていたか?」

けれど、長年連れ添った来た私にそんな威圧感も効くわけもなく。


「もちろん。

 冬の女王様の言葉は一語一句逃さず聞いております」

そう微笑んで返した。


「ならば」

「女王様のために何かしたいのです。」

女王様のために何かをするのが私の全て。

棄てられていた私を拾ってくださったあの日から。

女王様のためならば、何だって出来る。


「…お前に倒れられては困る」

照れたような言葉に私は顔が緩むのを感じた。

普段は凛々しい方なのに、極一部の者にはこういう表情を見せる。

そういうところもたまらなく愛おしい。


「休んでいる方が、気が滅入りますから」

一礼して私は部屋から離れた。

答えは聞いていないけれど、女王様は私の自由を許してくださる。

むしろ、いつもより食い下がってきた方だ。

心配をかけたくないのかもしれない。

女王様はよく言えば気高い、平たく言うと意地っ張りだ。

そこもまた、愛おしいんですけど



「調子は?」

部屋を出ると、私を待っていたのか冬の女王様の従者、シンが居た。

何故だか反りが合わず、いつも私たちは喧嘩してることが多い。

だから私は、いつものように、そっぽを向きながら無愛想に答えた。


「普通です。

 ご自分で確認されては?」

そう。

女王様は普通。

私はお医者様でもないので、調子を説明することは難しい。

というのが本心だ。

いくら私が女王様にずっと遣えてきたとは言え、安易に良いとも良くないとも言えない。


「じゃなくて!」

「へ?」

いつもならスルーされるか嫌みを返されるかだったのに、シンから帰ってきたのは怒りの否定だった。

じゃなくて?

ん?他に何かあった?


「いや、何でもない。

 そうだな、お前は信用ならんし自分で見ることにする。」

「はっ…?なぁっ……!!」

まさか遅れて嫌みを言われると思わなかった私は、反応が遅れてしまった。

最近、シンはこんなことばっかりだ。

…何だろ、怒られるようなことしたかな?

……………………心当たりが多すぎる。


「あ、そうだった。

 春の女王様が…、いや何でもない。」

言い掛けたのに、途中で言うのをやめてしまった。

春の女王様が、どうかしたのだろうか


「なに?」

「お呼び、だ。」

?!

なんでそれをもっと早くに言わないの?!


「ま、まさか!

 またあの様なところに?!」

「心配なんだろ…付き合い長いからな。」

た、確かに、冬の女王様と春の女王様は長い付き合いではあるけど…!


「けど、春の女王様がわざわざ冬のなかになど…

 お体を崩されては…もう!」

「あ!

 おい、アイ!」

私はシンが止めるのも無視して急いで外へ向かった。

私たちが今暮らしている、塔から少し離れたお庭。

春、夏、秋の季節の時は、誰かしら、人が居るけれど冬の季節に好き好んでいる人は少ない。

けれど、そこで甲斐甲斐しく待っている桜色の美しい女性が一人…。

屋根がついているベンチだってあるのに、春の女王様はどうしてか立って花壇の方を見つめていた。

もちろん、冬に咲いている花なんて一輪もないはずだ。

雪の積もった銀色の地面。


「春の女王様!」

思わず見いってしまいそうになったけど、それを振り切って春の女王様に駆け寄った。


「………アイちゃん」

振り向いた春の女王様は本当にその言葉のまま、花のような笑顔を見せてくれた。

帽子かと思っていた、白いそれは雪だったのでギョッとした。


「はっ、春の女王様!

 頭に雪が!」

「……まあ、ほんとう」

春の女王様は何故だか嬉しそうに笑って、頭に積もった雪を手に取った。

雪は春の女王様の肌の暖かさにすぐ溶け、手から滑り落ちた。


「………」

春の女王様は何故だか泣き出しそうな顔をした。


「はっ、春の女王様!

 あちらで休みましょう?!」

泣き出しそうな顔をされてしまっても困るし、このまま体調を崩されでもしたらもっと困る!


そう言うと、春の女王様はまた微笑んでくれた。

「…ええ。」


返事をしてくれたのを見て、私はいそいそと屋根のある所へ向かった。

こういうのにも名前があるのかもしれないけど、あいにく私は知らない。

冬の季節にわざわざ来ることもないし………。


「アイ…体調は、どうですか?」

ベンチに座ると、春の女王様はゆったりとしたペースで話し出した。


「はい。

 悪くないと思いますが…、依然治る気配は…」

「………そうですか…

 一体…どうしたら…呪いは解けるのでしょう……」

春の女王様は今度こそ、泣き出してしまいそうになった。

けれど、それを止めることはきっと誰にも出来ないのだろう。

誰とも違う、季節の女王様たちは血こそ繋がっていないけれど四人姉妹のようだ。

性格はそれぞれ違うし、会うことも中々出来ないのだけれど…。


「アイ!」

ハッとして屋根の外側を見ると、これまた雪を頭に乗せたシンが居た。

何でか知らないけど追い掛けてきたらしい。

馬鹿なのかな。前から知ってたけど。

だけど、春の女王様の涙が引っ込んでくれたのは良かった。


「まあ…シンじゃない……」

「春の女王様!」

私の横にいた、春の女王様の存在に気づいたシンは、慌ててかしずいた。

騎士だからなのか、律儀なやつだ。


「あらあらあら……そんな畏まらないで…?

 堅苦しいのは、無しよ……」

そうやって一々かしずいたりするから、女王様たちは一々こう言わなければならないのだ。

そんなことしなくたって、私たちが女王様達を軽んじたりするはずがないのに。

シンはやっぱり馬鹿だね!


「…はい。

 申し訳ありません、アイを帰しても宜しいでしょうか」

「なっ…」

今の今来たばっかりなのに、なんでもう帰らなくちゃいけないの?!

春の女王様にも失礼だと思わないのかしら…!


「………そうねぇ…

 けれど、アイは…寒さにだって、強い…でしょう?」

「…はい!もっちろんです!」

春の女王様の言葉に、私は自信満々に答えた。

生まれた頃から冬の女王様と一緒に生きてきたのだ。

冬が苦手なはずがない!

むしろ大好きだ!

…春も好きですよ?!


「し、しかし…」

「寒さなど無意味なのよ」

春の女王様の言葉に、シンはビクッと体を震わせた。

何かに動揺したようだ。

けれど、何に動揺したのかは分からない…。


「…いつまで…、こんな茶番を続けているの……?

 長くは続かないと……分かっていた、でしょう……?」

春の女王様は話すペースはそのままに、強い瞳でシンを見ていた。

茶番…?

………!


「ふ、冬の女王様を見棄てるのですか?!!」

言い終わってから、私は後悔して、慌てて頭を下げた。


「もっ、申し訳ありません!

 そんははずが無いですよね……!」

春の女王様が冬の女王様を見棄てるなんてこと、有り得るはずがない。

冬の女王様が居なくなってしまっては、国中の誰もが困るのだ。

冬は、生命にとって無くてはならない季節。

隠れやすいけれど、ちゃんと…大切な………!


「その通りよ……アイ…」

やっぱり…!

春の女王様が見棄てるなんて…そんなこと有るわけ無い!


「私は…見棄てようと…、しているの」

え………………?

心臓が1回大きくなった。

それを合図にするように、鼓動は次々と早くなっていた。


「………っ!」

「アイ!」

私は恐ろしくなって、塔へ向かって走り出した。

早く!

速く!

ハヤク!

冬の女王様の元へ…!!!


冬の女王様の部屋に着き、慌ててドアを開けたがそこに冬の女王様の姿はなくて…

本当に血の気が引いていくようだった…。

まるで、貧血にでもなってしまったように、私はグラリと自分の体を支えられなくなった。

反射的に、冬の女王様が使うはずの、ドレッサーに手を掛けた。


どうして…、どうしてこんなことに………。

…………どうして。






…どうして?


…………あれ…、どうしてだったっけ…?


カサッ…。


ドレッサーから、紙が落ちてしまった。

普段、そういった紙は冬の女王様がしっかりと仕舞っていたはずなのに…。


慌てていた…?


冬の女王様は、これを読んで、慌てて、部屋をあとにした………。


「…!」

私はいけないことと知りながら、読まずには居られなかった。

読めば分かるかもしれないと思ったから。

どうしてこんなことになってしまったのか。

これから、どうしたら良いのか…!




“親愛なる冬の女王へ

待っておりました。

探しておりました。

ずっとずっと…。

けれど、食料はそこをつき始めています。

このままでは、本当に呪いにより人々が死んでしまいます。

そこで私は考えました。

優しい貴方には出来ないことです。

私は、彼女に真実を話します。

話して、彼女に選ばせます。

答えは…分かっているでしょう。

貴方くらいに優しい子です。

誰も悪くないのです。

誰も犠牲になるべきではなかった。

けれど、もう時間がない。

解決の糸口などない。

冬の魔女を取り除く手段など無かった。

冬の魔女はすべてを凍らせる。

貴方の制御もいずれ及ばなくなる。

いいえ…、もう、十分、制御は外れている。


悪いのはすべて私。

冬を殺すのは、春の仕事。

春は自らの手は汚さずに、非道な手段を取ります。

どうぞ、憎みなさい。

憎めば良い。

けれど、私は止めなどしない。

冬の魔女と、最も長い時間を過ごしたシンが、冬の魔女殺す。

春の英雄となる……。

それしか方法がないから。

冬の魔女が自ら死のうと、他のものに殺させようと冬は終わらない。

シンだけが、冬の魔女を…すべてを凍らせる冬を………………


アイを、殺せる。



非道なる、春の魔女より。

下へ続きます

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