隠し事をすること
「内緒話をする時はね、見晴らしがいい場所の方が良いんだよ」
そういって言継が私を連れだしたのは朝露の残る庭だった。
顔を出したばかりの太陽が周囲を照らしている。
冬はつとめて、などと言うけれど私にとっては寒いだけだ。日の出を見るのならば今くらいの季節がちょうどいいかもしれない。
……二人そろって抜け出したのがばれたら、怒られるかな。
色づき始めた木々を眺めながら現実逃避する私は今、言継の右腕に座るような格好で抱き上げられている。
景子はまだ小さいからね、などと言っていたがたぶんこれは抱っこではなく捕獲だ。
私は逃げられない。
きっとこれから「今朝のひとりごと」について追及されるのだろう。
ごまかすべきか、素直に話すべきか。でも、話すとしてもどこまで? と頭を悩ませていると、言継が小さく笑った。
「ねぇ景子。子供の成長は、とてもはやいよね」
「にいさま?」
突然そんなことを言い出した彼の意図がわからなくて、私は首をかしげた。
「目を離していると、すぐに大きくなってしまう。そうして、こちらが思いもしない事をしでかすんだ」
でも、それは決して悪い事ではないんだよ? と諭すような彼の声はどこまでも穏やかで優しい。
細められた瞳からは、慈しみの感情が読み取れた。
「このひと月、ずっと君の側にいて、誰よりもそばで君を見ていて、それで思ったんだ。景子は少し変わったよね」
自分が知っている小さなお姫様はもう少し活発で、屈託なく笑う子供だった、と彼は言う。
それがこのひと月で印象がずいぶん変わったのだと。
お転婆さはなりを潜め、笑顔には陰りが宿った。
最初はそれだけ悪夢に苦しんでいるのだろうと思った。
けれど共に眠るようになって、嫌な夢を見なくなってからもそれは続いた。
物思いの原因が他にもあるように思えて、けれどそれがなんなのかはわからない。
……変わったのは、前世を思い出したからです。
とは言えなくて、私は内心頭を抱える。
何も答えることが出来ずに目を見開く私の髪を秋風がもてあそぶ。
乱されたそれを整えながら言継が最後の言葉を紡いだ。
「ねぇ、景子。何があったのかな」
何か、ではなく、何が。問いかけですらない。
真剣味を増した声音から、彼が景子の身に何かが起きたのだと確信しているだろう事が読み取れた。
――何も。
そう答えようと口を開いたが、音にはならなかった。
言継が、あまりにも真剣な目をしていたからだ。
ごまかすことは許さないと言わんばかりの視線が突き刺さる。
少しでもそんなそぶりを見せれば、すぐにでも見破られてしまいそうだった。
「私は、景子の力になりたい」
それとも私では頼りにならない? と囁かれて、私は陥落した。
頼りにならないはずがない。このひと月、ずっとそばで私を支えてくれたのは言継だ。
そんな彼にここまで言わせれば、退路などあるはずもない。
「……さきみを、しました」
蚊の鳴くような声だった。
前世を思い出した、と言えない私はずるいのだろう。
けれど、どうしていうことが出来るのだろう。あなたの大切な「景子」は「私」の意識と混じってしまったのだと。
言えるはずがない。
この時初めて、私は自分が「景子として生きる事」を覚悟したくせに「景子である事」をまだ受け止めきれていない事に気が付いた。
なんて、情けない。
私は既に景子なのに。それ以外の何物にもなれないと言うのに。
ひと月も使っておいて、まだこの体たらく。過去を捨てきれない自分に嫌気がして、涙がこみ上げてきた。
「わたしの、これから。いつかくる さきを、ゆめにみました」
どうか弱い私を許してほしい。
嘘はつかない。ごまかしもしない。だから、少しだけ。ほんの少しでいい。隠し事をしてしまう事をどうか見逃してほしい。
そう思いながら私は言葉を紡ぐ。
前世の事は言わなかった。違う記憶を持っている事、そこではこの世界が物語である事を隠して、私はゲームで知った知識を夢で見た事にして言継に話した。
私がいずれ異能に目覚める事。
けれどそれはいずれなくなってしまう能力である事。
同時に異能を持った娘が現れて、私は彼女に嫉妬してしまう事。
そうして、怖い事が起こる事。
言継と将来を約束した事は、なんとなく言えなかった。
つっかえながらも懸命に話す私を、言継は静かに見つめていた。
言葉に詰まるたびに、そっと先を促すように頬を撫でる手が心地よかったことを覚えている。
たいへん、はなしが、すすまない!
……子供抱っこという萌えシチュは正義だと思うのです(ごまかした)




