朔夜が知る世界【中編】
最初は景子の視点で続きを書こうと思ったのですが、景子さんが突然いちご畑を作り出しまして。ええ、はい、何を言っているかわからないと思うのですが、私にも何が起こっているのかわかりませんでした。
……なかった事にして朔夜君に頑張ってもらうことにいたしました(うつろ)
異能を操る稀人たち。
平時においては忌諱される彼らは、けれど人間の手に追えない事件が起これば引っ張りだこになる。
魑魅魍魎が跋扈し、八百万の神が座する日ノ本には欠かせない存在だ。
小野に安倍、津守に千秋。
名だたる家はその力の継承や、異能を持つ子どもの保護に心血を注ぐという。
「私もそうやって、保護された子どもの一人です」
朔夜が持つ見鬼の才は、とても強い。
当代随一と呼ばれるだけあって、見つけられるのも、保護されるのも早かった。
それを朔夜は「幸運だった」と認識している。
後ひと月でも遅れていれば、朔夜はこの世に留まることができなかっただろう。
妖怪に喰われていたかもしれないし、力を恐れる人間に殺されていたかもしれない。
自分にしか視えない存在に怯え、誰もわかってくれない世界に絶望して自ら死を選んだ可能性も捨てきれない。
もちろん、力に飲まれる未来もあっただろう。
だから朔夜が今、生きてこの場にいるというのは、ものすごく幸運な事。
異能を持つ者の9割はそう考えている。
残り1割は異能に目覚めると同時に保護されて大切に守られた景子のような世間知らずか、自らの能力を恨み心から死を望む存在である。
「みんなが知っているんです。力が強ければ強いほど、生きる事は難しいのだと。だからこそ、守る」
まずは自らの血筋を。そして、余裕があれば他家の子供を。
大切に守り、育てて、そうやって能力と血をつなぐ。
家によってとる手段は違うが、概ねの方向性は同じだ。
「安倍の家では現在、清明様が結界を張っておられます」
悪しきものを寄せ付けない結界は、一番手っ取り早いくて効率も良い。
媒介となるモノが存在していて、強力な結界を維持できるならば、まず間違いなく使う。
「黎明の巫女様も結界を張っておられたと聞いております」
「……その話は、私も母から聞いたな」
彼女の血は、とても優秀だったそうだ。
生まれてくる子も、孫もそろって強い力を有していて。
だからたくさんの良くないモノに狙われて。
老いた巫女には守り切れなかった、と智子は語った。
どうしても強い結界が必要で、迷った彼女は自身の血と守り切れなかった幼き者たちの骸を媒介とする事を選んだ。
苦渋の決断だったのだろう。結界が正常に機能する事を見届けた老巫女は、安堵の息と共に深いの眠りについた。
伝説と謳われた人とは思えないほどに、静かな最期だったという。
「私には結界の凄さなどわからないが、津守の家ではある程度の年齢に達するまで結界の外に出てはいけないそうだ」
自分には結界の有無など関係なかったと言継が自嘲する。
定められた範囲の外に出ればあっという間に攫われてしまう従兄弟たちとは違って、言継は狙われた事などなかった。
だから朔夜が言うような力などある筈がない、と。
朔夜には、言継が泣いているように思えた。
きっと彼の心の奥に残る傷は、まだ癒えていないのだろう。
景子という存在を得ても。少しずつ能力に目覚めてきていても。幼い頃に受けた痛みは変わらない。
どんなに今が幸せでも、いや、幸せであるからこそ、過去の記憶は彼を苦しめる。
どうすればいいのだろう、と考えて朔夜は静かに首を振る。
自分には何もできない。
言継を救うのは、自分ではない。
自分にできるのは、ただ可能性を告げるだけ。
そこからどうするのかを決めるのは、言継だ。
「言継様は、都でお産まれになったと聞きましたが、あっておりますか?」
「あっている。母は父の離宮で私を産んだそうだ」
産まれた場所を確かめて、それで何がわかるというのか。
聞こえた言継の心の声に応えるように、朔夜は大きく頷く。
「だからです。言継様は、結界の外で生を受けた。そこに原因があるんです」
特定の条件が重なった時にのみ、発動する守りがある。
広く知られているわけではない。効果もそれほど高くない。
とても難しくて、手間のかかる呪いだ。
実際に使える者もそう多くないだろう。
けれど、彼の巫女なら――黎明の巫女ならば発動できる。
彼女が心から子孫を守りたいと願ったならば、言継にはその守護がかかっている筈だった。
同じ世界観のシリーズ作品として、とあるお狐様をもふる為のお話を先日投稿しました。
「刻の乙女と天の華」
ヒロインは景子ではありませんし、なんだかおかしな事になっておりますが、若干こじらせてるお狐様に会えます。
下のリンク、あるいはシリーズ一覧から読めますので、よろしければどうぞ。




