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実りの神子と恋の花  作者: 稲葉千紗
天花編

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30/36

恋心と天の花

 華陽はなびは、私がまだ力に目覚めたばかりの、本当に幼い頃から目をつけていた、というのは千種ちぐさの言だ。

 けれど私はずっと後宮の奥にいて、それで手を出すことが出来なかったらしい。

 だから今回、私が外出したのを見てあのようなずさんな計画を実行したのだろう、と。


「どうして手が出せなかったの?」

「おヒメさまのつぼね周辺は結界があるからねぇ。中途半端な妖は手が出せないんだよ」


 あれだけの人数に魅了の術をかけられるのだ。華陽の力は決して弱くない。それならばなぜ何年もの間私は平穏に過ごせていたのだろうか。

 ふとした疑問は、とんでもない新事実を連れて帰ってきた。

 意味が分からなさすぎて怖いのもどこかに飛んで行った。


「へ?」

「あれ? 言ってなかったっけ? ボクがお姫様に会いに来たくらいの時期かなぁ。結界、張ったの」

「ものすごく昔の話だね?」

「年が変わるごとに張りなおしてるから劣化はしてないよ?」

「そういう話ではなくてね?」


 話が通じない。そうだこの狐はとても自由なのだった。

 上機嫌に手を振って、ボクもいるし、結界もあるし、これで安心だね! ああ、とは言っても華陽がキミ達の前に現れることは二度とないから安心していいよ、などとのたもうているけれど、聞きたいのはそこではない。

 いや、そこも大事な所ではあるんだけど。


「……なんで景子の局に天狐の結界があるのか、聞いてもいいかい?」

「おヒメさまを守るためだよ? それ以外に何があるの?」


 見かねた言継ときつぐが私の気持ちを代弁してくれたけれど、それでも返ってきた答えは要領を得ないものだった。

 微妙に惜しい。


「天狐が、景子を守るの?」

「そう」

「理由は?」


 神は気まぐれだ。いつだって、どんな時だって、思うがままに、好き放題に行動する。

 人の都合なんて彼らには関係ない。気が向けば助けてくれる神も、一度機嫌を損ねれば驚くほど簡単に祟るのだ。

 それは神の眷属たる天狐にも言える事で。

 だから、なぜこんなにも長い間天狐が私のために結界を張り続けるのか、理解が出来なかった。

 おそらく、見鬼の力は当代随一と言われている朔夜さくやも結界の存在には気がついていない。

 効果が強い上に隠密性も高い。それほどまでに緻密で繊細な結界を、張り続ける意味はなんなのだろうか。

 真剣な眼差しで問う言継に、千種は答えない。ただ目を細めて、唇を釣り上げるだけだ。

 まるで、これ以上踏み込むことは許さないと言わんばかりの表情だ。


「千種、理由は?」


 静かな笑みをたたえる千種に、言継が再度問いかけた。

 それを受けて、千種が一度目を瞑る。何かを考えるように。何かを計算するように。

 しばしの沈黙の後、そっと口を開いた。


「おヒメさまは黒姫の血筋だからね」


 それは、もうずいぶん昔、朔夜から聞いた神話に出てくる冬の女神の名前だった。


「……黒姫?」

「そう、黒姫。人に恋をした元・冬の女神サマ。おヒメさまは彼女の血を継いでいる」

「そんな、絵空事」

「ないとも言い切れないでしょう? 実際、皇室は天照さいこうしんの血を引いている。津守つもりだって神を祖としてるのだから、他の神を祖とする血筋だってある筈さ」


 白姫と黒姫。元は二人いたと言われている冬の女神様。

 その片割れは人に恋をして、高天原から追放された。彼女の行く先が、中つ国ではないと、彼女が血を繋ぐ事はなかったと、誰が断言できるだろう。


「ボクたち天狐が仕えている白姫はね、黒姫が大好きなんだ。たとえ黒姫が季節を狂わせた大罪人であろうとね。白姫にとって黒姫は代えのきかない唯一無二の存在なんだ」


 だから、黒姫の血筋はずっと見守ってきたのだと千種が言う。私は、その中でも特に血が濃いのだと。


「霜氷を呼ぶ始まりの白姫。黒土を呼ぶ終わりの黒姫。二人で一つの季節を司っていたけれど、その役割は完全に切り離されていてね。おヒメさまの実りの力は、黒姫のものだよ」


 この花を咲かせられた事が、何よりの証明だ、と見せられたのは、白い種だった。

 雪を思わせる真っ白な種。あの日、婚約の祝いだといって千種がくれた種はこんな形をしていなかっただろうか。

 はっと思い至って私は香袋を取り出す。

 確かここに入れていたはずだと中を覗き見るも、そこに種の姿はなかった。


「そこにはないよ。おヒメさまが咲かせちゃったからね」


 千種が手を傾ける。零れ落ちた種はてんてんと畳の上をはねて、言継の前で止まった。


「……天花の、種?」


 信じられない、とでも言うように言継はおそるおそる種を拾い上げる。

 その手は、かすかに震えていた。


「正解。触れればどんな病もたちどころに直してしまうといわれているソレを咲かせることが出来るのは黒姫だけ。おヒメさまに種を渡したのはお守りのつもりだったんだけどね。正直、花を咲かせるとはボクも思わなかったよ」


 思っていたよりもずっと血が濃かったみたいだ。それとも、必死だったのかな? なんて、笑いながら千種は私の力の意味を語る。

 私はあっけにとられるばかりだ。


「でもたしか、天花は地上に落とされた黒姫を思って、白姫が育て始めた花じゃ……」

「そう、言い伝えられているね」


 信じられなくて、信じたくなくて。

 朔夜に聞いた神話を思い返して疑問を口にすれば、それは即座に否定される。

 伝承と事実が異なっているのはよくある話だ、と。


「黒姫が地上に追放されてから天花が生まれたのは本当。でも白姫が育てているのは間違いだよ。天花は、白姫にどうこう出来るような代物じゃない」

「どういう事?」

「天花こそが、黒姫に与えられた罰だからだよ。おヒメさま」

「……罰……?」


 どこか物悲しそうに、千種は眉根を下げる。

 金色の、満月のような瞳が少しだけ揺らいだ。


「天花はね、黒姫の恋心を糧に咲くんだよ」


 とくん、と心臓が大きな音を立てた。


もっかい言うけどハッピーエンドするからちゃんとハッピーだから大丈夫だから!


後三話で終わるって言ってたのはいつですか。二話前ですね。つまりあと一話d(このデータは消去されました

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シリーズ作品「刻の乙女と天の華」開始しました。
狐と少女による年の差がえげつない事になってるお話です。
フリーダムの代名詞、千種をもふりたい方、よろしければどうぞ。
もふれる保証は今のところありませんが、時を重ねた結果こじらせた狐はいます。

刻の乙女と天の華
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