始まりの予感
思い描くのは、黄金色――実りの色だ。
人里には稲と麦。野山には椚に団栗。
その地に住む者達が飢えることなく過ごせるよう、力を込めながら祈り、願う。
ゲームの景子のように、一気に植物を成長させるのではない。
違和感が出ないよう少しずつ、けれど確実に豊作へと導く力の使い方は、朔夜と練習していく過程で見つけた私のオリジナルだ。
目立つ事なくひっそりと生きていきたい私にぴったりな使い方だと思ってる。
……まぁ、力があるっていう時点でひっそり生きていくのは無理なんだけどね。帝、私が実りの力を持っている事を発表しちゃったし。
それでも、こういった使い方ならば急に力を失う事になってもすぐに露見してどうこうというような事態にはならないはずだ。
少なくとも、身の振り方を考えて根回しする猶予くらいは作り出せる。
というような小賢しい事を考えながら、毎朝神殿で祈りをささげるようになってから何年たったのだろう。
気がつけば私は12歳になっていた。
来年には裳着を控えている。その後には言継との婚姻も、だ。
……おかしい。なんで私はこんなにも順風満帆な人生を歩んでいるんだろう。
もういい加減薄れてきた記憶によれば、例のあのゲームに出てきた景子は12歳のはずだ。季節は夏。つまり、今である。
だから私はとっくに力を失っていなければならないし、言継との仲も冷めてしまっているはずのだ。この世界が、ゲームの通りに進んでいるのならば。
けれど現実はゲームと違っていて、私は力を失ってもいなければ、言継との仲も良好そのもの。
彼が元服した為に、褥を共にする事はなくなったけれどそれ以外はたいして変わらない……いや、隙をついて抱きしめられたり額やら瞼やらに口づけられたりするから、進展しているとさえいえる。
……どうしてこうなった。
首をかしげ、神殿を出る。外で待っていてくれた女房の紫と共に部屋に戻れば、くつろぎ切った千種のもふもふなお腹に出迎えられた。
「さすがにそれは油断しすぎだと思うの」
思わず脱力した私は悪くない。
「だぁってー遅いんだもん」
対する狐は呑気なもので、ゴロゴロと転がりながら尻尾を揺らしてる。
一応ごく普通の狐を装っているんじゃなかったのか。野生とはなんだったのか。
すっかり飼い猫ならぬ飼い狐のようになってきた千種の姿に溜息を吐きつつ、紫にお茶の準備をお願いした。
「人払いなんてしなくても、ただびとにボクの声は聞こえないって何度も言ってるじゃないか。おヒメさまの話す言葉もごまかしてあるよー?」
「それでもなんかイヤ」
「ふーん。おヒメさまは難しいねー?」
ころりころり。いったい何が楽しいのか、千種は部屋の中を転げまわる。
なんとなくむかついたので私は最終兵器を出すことにした。
「……いい加減にしないとそのお腹もふるわよ」
「それはダメっ!」
とてもよく効いた。
言継の元服あたりだろうか。言継と千種がそろって姿を消したことがあった。
ちょうど私が千種の尻尾で遊んでいた時だ。ふらりと立ち寄った言継がそのまま千種を連れて行ってしまったのだ。
そうしてしばらくの後、帰ってきた千種は私に触れられる事を拒むようになった。
理由を聞いても「おヒメさまは知らなくてもいい」の一点張り。
なにがあったのか、なんとなく察することはできるけど、それとこれとは別である。
もふもふ成分を没収された私がしばらく不機嫌になった事は当然の権利だと思う。
そんなわけで、千種に対して何かを要求する時は「もふる」という強迫が有効なのだ。
生活の知恵である。
「おヒメさま、可愛くなくなったー」
ふて腐れる千種は見ないふりだ。人の部屋で転がってる方が悪い。
「ほっときなさい。それよりも、ちょっと聞きたいことがあるの」
そこにいるのならばちょうど良いと、私はきちんとお座りをした千種にさっき疑問に思った事を聞いてみる事にした。
こういう時は、彼の存在をありがたく思う。
前世だのゲームだのの事は、まだ誰にも言えていない。
「――そういう訳で、時期的にいつゲームのヒロインが現れてもおかしくないと思うの。でもその割に私は力を失ってないし、言継にも嫌われてないしでよくわからなくて……」
思い浮かんだまま、つらつらと語る。
全てを見通す千種ならば、何か知っているかもしれないと思った。
「……何を言っているの。言継がおヒメさまを嫌うわけがないじゃないか」
どこか呆れたような声で千種が言い切る。
あまりにもキッパリと断言されたものだから、思わず「そんな事はわからない」と反論してしまった。
かわいそうなものを見る眼差しを向けられた。解せぬ。
「……だって、そういう設定だもの」
往生際悪く言いつのれば、千種の目に処置なしという色が浮かぶ。
「その設定とやらにどこまで強制力があるかはわからないけどね、言継がおヒメさまの事を遠ざけるなんて事は天地がひっくり返ってもあり得ないとボクは思うよ」
はい、この話はおしまい。と言わんばかりに千種が尻尾を振った。
「それから、おヒメさまの力の事はわからない。ボクにはおヒメさまに関する事は見えないからね。だからこうしてこまめに顔を出して観察してるんじゃないか」
「……役に立たないのね」
「万能な存在なんていないんだよ」
つい口をついて出た憎まれ口もさらりとかわされる。
結局何もわからないじゃないかと思いつつ溜息を吐けば「そういうものだよ」と返された。
普通の人は、先の事などわからない。
だからあまり考えるな、と千種は言う。気にするだけ無駄なのだから、今を生きろと。
それでも気になるのだから仕方がない。
この世界は、あまりにもゲームに似ているのだ。
「姫様、言継様がいらっしゃいました」
お茶を用意しに行っていた紫があわてた様子で戻ってきたのは、千種との話がひと段落ついてからだった。
何の先触れもない彼の訪れは珍しいなと思いながら、入室の許可を出す。
「景子、落ち着いて聞いてほしい」
きっと急いできたのだろう。言継の息は少し乱れていた。顔色もあまりよろしくない。
一体何が起こったのだろうと不思議に思いながらも先を促すと、言継が重々しく口を開いた。
「不思議な力を持つ娘が、現れたそうだ」