お狐様のいうこと
「ボクはね、暇なんだよ」
なんだかよくわからないけれど、とてつもない神通力を持つ神の眷属、天狐の千種様はそんな事をおっしゃられた。
「ほら、ボクって長く生きているでしょう? 来る日も来る日も似たりよったりでねぇ。飽き飽きしてところだったんだ」
一説によると、天狐は最低でも1000年生きた狐がなるらしい。ゲームでは年齢不詳となっていた彼だが、それくらい生きているのだろうか。
「暇つぶしに人間たちの観察を始めたのはもうずいぶん昔の事なんだけどさ、なんというか、どこを見ても皆同じような感じでつまんなくて」
はぁ、と息をついた千種がふるふると首を振る。
やれやれと言わんばかりのしぐさが妙に人間臭くて、ちょっとだけ面白い。
……言ってる内容はどっちかというと怖いんだけどね。
「……それで、こちらにいらしたのですか?」
おそるおそる、という風に言継が問う。気持ちはわかる。
そんな彼の様子に千種は軽く尻尾を振ると「もっとくだけていいよー。ボクは別に祟らないから」と返した。
そういえば、千種の属性は「きまぐれ」な「愉快犯」だった。
いつ何時現れるのかは誰にもわからない。ただ気の向くままに主人公の前に姿を見せては意味深な言葉を残して去っていくのだ。その自由奔放さに、ルート解放はしても攻略しきれずに涙をのんだ乙女の数は知れない。一回だけでもエンディングにこぎ着けた前世の私は本当に運がよかったのだ。
「天狐はね、見る事に長けているんだ」
「見る事、ですか?」
「そう。千里の先も見通せるよ」
四本の尾をピンと立てて、千種が言う。
「ひとつは現在」
言葉と同時に立てられた尻尾を一本おろして、千種は続けた。まるで指折りのようだ。
「ひとつは過去」
更に一本、尻尾がおろされる。
「ひとつは未来」
そうして尾の数が残り一本になると同時に、千種の目が私に向けられた。
「そして、最後は可能性」
「……かのうせい?」
よくわからなくて首を傾げれば、千種が丁寧に説明してくれる。
「人は生れ落ちる時、運命を選ぶ権利が与えられる」
例えば、いくつかに分かれた道に行きあたった時、どれを選ぶのかで行きつく先は大きく変わる。
占術や神託によって選択肢を減らす事や行き着く先に何が待っているかをある程度把握することはできても、最終的に選ぶのは本人であり、その意思に干渉することは神にもできない。
約束された自由なのだ。
運命は決まっているなどと言うけれど、そんな事はないと千種は語る。
「それでね、人の子はよく振り返るのだよ。もしもあの時違う道を選んでいたら、って」
天狐は、その「もしも」を見る事が出来るのだと千種はいう。
「そのような事が……」
「できちゃうんだよねー。ボクは力が強いから」
感嘆の息をつく言継に、千種はどこか満足げな表情を見せる。
狐のドヤ顔など初めてだ。珍しいものを見た。
「……まぁ、だからこそ暇なんだけど」
けれどその貴重なドヤ顔はすぐにつまらなさそうな顔にとってかわられる。「沢山の人間を見てきたけど、誰も彼も似たり寄ったりで……もういい加減飽きたんだよねぇ」と物憂げに嘆く千種に、私はどう言葉を返せばいいかわからない。
「そんな時にね、見つけちゃったんだよ。このボクが未来も可能性も、何も見る事が出来ない存在を、さ」
――おヒメさまだよ。
強いまなざしが、私を射抜いた。
トクリと鼓動が高鳴る。
「わ、たし……?」
こぼれた声は、きっと震えていただろう。
だって、仕方がない。
すごい力を持っているのだと、だからなんでも見えるのだと、そう自慢げに言っていた千種が、唯一見る事の出来ない存在。
自分がソレなのだと告げられて、混乱しない方がおかしい。
「そう。ボクはおヒメさまの現在と過去を見る事はできる。でもね、未来と可能性は見えないんだ。不思議だろう?」
もしかして自分は特別なのだろうか、などと自惚れる隙などない。確かに私は特別だ。
前世を覚えている点でも。
この世界をゲームで知っているという点でも。
意識して、未来を変えようとしている点でも。
……特別というよりも異質なのかもしれない。
思い当った可能性にぞっとした。
握りしめた手が、だんだんと体温を失っていく。
きっと顔も青ざめているだろう。
怖くて、恐ろしくて、どうしようもない。
けれど、震える私を抱きしめてくれる存在はいた。
言継だ。
まるで失われた体温を補うかのように、手が重ねられる。
そっと背に回された温もりが、大丈夫だと伝えてくれた。
ぽんぽんと優しく背をなでられて、そうして私はようやく息を吐く事が出来た。
「ああ、うん。いいねぇ。先の見えないおヒメさまと、寄り添うオウジさまかな。魂がまじりあって、興味深いよ」
千種が、目を細める。
「キミ達は一緒にいた方が良いよ、たぶんだけどね」
くつりと喉を鳴らして笑う彼は、本当に楽しそうで。だからこそ、与えられた助言は本物なのだろうと思った。
意味こそわからないが。
「それは、どういう事ですか」
言継が投げた問いかけに、答えはなかった。
どこか満足げに私たちを眺めた千種が、そのまま背を向けたからだ。
まるで答えは自分たちで見つけろと言わんばかりに。
「まぁ変な事はしないからしばらく観察させてよ。気が向いたら加護なんかもあげるからさぁ」
ゆらりと、白い尾が空をなぞる。次の瞬間、仔狐の姿は跡形もなく消えていた。
※天狐の能力は創作です。