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実りの神子と恋の花  作者: 稲葉千紗
幼少期編
13/36

知られたこと

 そのゲームは、コンプリートする事がひどく難しい事で有名だった。

 発表されているすべてのキャラクター、すべてのルートをクリアしても、どうしても埋まらないスチルがあったのだ。

 何度繰り返しても、メモを片手にすべての選択肢を選んでみても、どうしても埋まらない。

 隠しキャラがいるのでは? と囁かれるまでに、そう時間はかからなかったと記憶している。


 けれどそこからが長かった。

 公式からの情報はない。インターネットの攻略掲示板にも何も出回らない。

 埋まらないスチルはバグなのかと、メーカーに問い合わせる者が続出し、コンプリートをあきらめる声もちらほらと出回り始めたその時。


 SNSに、一つのつぶやきが落とされた。


「ちょ、なんか狐が出た……!」


 添付されたゲーム画面の写真には、一匹の白狐。

 当初は合成である事すら疑われたそれが、千種ちぐさだった。


 どうやらゲームには、和モノ好きなら一度は通るだろう萌えの最高峰ともいえる狐キャラが、シークレットとして投入されていたらしい。


 それを知った乙女たちは、千種を見るために寝食を忘れる勢いでゲームに没頭した。

 が、彼に出会えたのはほんの一握り。


 なんと千種はとんでもないレアキャラだったのだ。

 ゲーム内で選ぶ選択肢やキャラクターの好感度はもちろん、現実の月の満ち欠けや行動を起こす時間帯、プレイヤーの誕生日によって決まる五行の相性など、数々の条件をクリアしないと出会えないらしい。

 何故伝聞系かと言うと、確実に千種に出会うための条件はまだ正確に割り出されていないからだ。噂によると方角も関係あるとか、ないとか。そんな馬鹿な。


 かくいう私も当時涙をのんだ者のひとりであった。

 気合と根性と時の運で一回だけルート解放したからスチルはコンプリートできたけどね。

 二度目はなかった。


 そんな稀有な狐が。

 一度でもルートには入れたら奇跡! 二度目ならば宝くじが当たり、三度目なら石油を掘り当てられる! とか訳の分からない事を言われていた狐が。


 今現在、私の目の前でのんきにお茶なんかをすすっているわけだ。どうしてこうなった。




「人の子のお茶も、なかなかにおいしいねぇ」


 ぺろりとお椀に入ったお茶をなめて、狐は目を細める。

 確か千種は人の姿ももっているはずなのだが、そのままでいいのだろうか。などと現実逃避をしながら私はニコリと笑った。余計な事は言うまい。


「ボクが気になるかい?」


 それは気になるだろう。突然現れた狐だ。

 私や言継ときつぐはもちろん、女房達だって気になっているはずだ。

 その証拠に、御簾の向こうから彼女たちの気配がする。

 きっと覗き見をしているのだろう。人払いはどこに行った。


「素直にお言いよ」


 言葉を探しているのだろう。未だに黙ったままの言継に向かって千種が尻尾を振った。

 ゆらり、ゆらり、四本の尾が揺れる。

 ああ、これで明日から私が物の怪を拾ってきた事が噂されるのだ、と少しだけ気が遠くなった。ただでさえ一部、力の事で注目を浴びているのにやめてほしい。


「大丈夫。普通の人にこの尻尾は見えないよ。声も聞こえないようにしてあるから、ごく普通の、無害な可愛い迷い狐にしか見えていないはずさ」


 くつり、くつり、と狐が笑う。

 百歩譲って「可愛い」は認めるが、無害かどうかはまだわからない。そもそも迷い狐ってなんだ。と言う突っ込みをぐっと飲み込む。


「……べんりね」


 かろうじて、それだけを返した。

 なにせ相手は天狐……神の眷属だ。下手な言葉は紡げない。

 この事態にどう対処すればいいか、どう対処すべきか。一生懸命「千種」の設定を思い出そうとするが、焦る思考はから回ってばかりでどうでもいい情報ばかりを拾ってくる。

 例えば、千種はねこじゃらしにじゃれつく習性がある、とか。果てしなくどうでもいい。


「そう。とても便利だ。でも、ボクにこの力がある事をキミは知っていたはずだよ? おヒメさま」


 いつまでとぼけているつもりなんだい? という副音声が聞こえた気がした。

 いったい私に何の恨みがあるんだ、と叫びださなかった私を褒めてほしい。

 とぼけているつもりなど全く、これっぽっちもない。言いがかりは違うところにつけてほしい。

 確かに私は千種が力をもっている事を知っている。彼はそういう存在だと、前世で知っていたからだ。

 でも、だからといってどうすればいいというのだ。そんなの、誰にも言っていないのに。


「ねぇ、おヒメさま。ボクはね、ちゃーんと知っているんだよ?」


 その言葉に、言継がギギギと音を立ててこちらを向く。


「……景子?」


 説明しなさい、とその眼が雄弁に語っていた。


「……さきみ、しました」


 私はそういう事にした。

 もう泣きだしたかった。


 ずず、と音を立てて千種がお茶をすする。

 金色の目が悪戯っ子のように煌めいて。


『仕方がないからそういう事にしてあげる』


 脳裏に直接声が流れ込んできた。

 たぶん彼は、私が転生者であることを知っている。


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シリーズ作品「刻の乙女と天の華」開始しました。
狐と少女による年の差がえげつない事になってるお話です。
フリーダムの代名詞、千種をもふりたい方、よろしければどうぞ。
もふれる保証は今のところありませんが、時を重ねた結果こじらせた狐はいます。

刻の乙女と天の華
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