練習すること
ゆっくりと、指先に力を集める。
強くなり過ぎないよう加減をしながら慎重に、慎重に。
「そう、その調子です」
隣から聞こえてくる少年の声に導かれるまま腕を伸ばし、つぼみが膨らみ始めたばかりの水仙に触れた。
花は、あっという間に開いた。
「……しっぱい」
咲かせるつもりではなかった。
花開く寸前、ほんの少し蕾をほころばせる程度で止めるはずだったのに、と肩を落とす私の頭を小さな手が撫でる。
「焦らなくてもいいのですよ。姫宮はまだ幼いのですから」
幼いながらも、凛とした声だった。
言継のように柔らかくはない。どちらかと言えば固い、彼の生真面目な性格を表したかのような声だ。
「ずっと れんしゅう してるのに」
「力の流れを読むことはできるようになっているのですから、もう少しですよ」
しょんぼりする私を慰めてくれているのは安倍朔夜。
人ならざる者の姿だけではなく、他者の力や気の流れをも見る事が出来る彼は当代随一の見鬼と目されている子供だ。
年は私の三つ上。新年を迎えた今は6歳になっていたと思う。
余談だが、未来の攻略対象様である。
本来なら童殿上を許される身分ではないが、それでも彼が殿上童の格好で私の側にいるのは、私の遊び相手を務めるため――と言う名目で陰陽寮から派遣された私のお目付け役である。
子供に何をさせるんだと思うかもしれないが、朔夜はとても有能だ。
力を読むことに長けた彼は、私がうっかり花咲か幼女と化そうとすると即座に止めてくれるのだ。ありがたい限りである。
そんな彼を巻き込んで、私は現在、庭の片隅で力の制御を練習している。
ぱぱぱーと植物を育てきってしまうような大雑把な使い方ではなく、少しだけ成長を促進させるような繊細で細やかな使い方が出来るようになりたいのだ。
そうすれば、目立たないように豊作を呼べるようになるかもしれない。ゲームのように大げさに祭り上げられずに済むかもしれないという浅はかな考えだ。
……試せることは試さなきゃね。力の制御ができるようになるのは悪い事ではないし。
まぁ、なんというか……私は今、暇なのだ。
年明け早々、私は守宮邸から内裏に戻り、内親王宣下を受けた。
これは、私の地盤を固める為だ。帝は、私の力を公表するつもりでいる。その時のためにしっかりとした地位を与えたのだろう。そして確固たる地位を得たのだから大丈夫だろうと内裏に戻した、と。
これでまた一つゲームの設定に近づいたと言う訳だ。
まぁそれはいい。知っていた事だ。
問題はそこではない。
母が、局を賜ったのだ。
私が内親王宣下を受けると同時に、母は更衣として正式に入内した。
新たに移り住むことになった局は淑景舎。通称、桐壷。
七殿五舎の中で清涼殿からは一番遠い、奥まったところにある局だ。
不便極まりないが、私を隠すにはぴったりだと言えるだろう。何というか、申し訳ない。
そんなこんなで、私の周囲は今現在引っ越し作業の真っ最中。
私の事があるからそう簡単に人手も増やせず、猫の手も借りたいほどの忙しさだ。
そうなると私のような役に立たない子供は内親王といえど忘れられがちになるわけで。
さらに言うなら、空気を読むことを知っている前世持ちな私には彼女らの手を煩わせないようにふるまう事も出来るわけで。
一日目は、朔夜と一緒に陰陽術の巻物を読んで過ごした。
様子を見に来てくれた女房にはほほえましいものを見るような眼差しを向けられた。
二日目は、顔を出した言継に構ってもらっていた。
言継がいたからか、それとも私がおとなしいからか、女房が顔を出す回数が減った。
そして三日目。
女房達の忙しさも佳境を迎え、私は存在を忘れ去られた。誰も様子を見に来ないってどういう事だ。
あまりにも放置されたのもだから、ついつい部屋を抜け出してしまった。ほんのいたずら心だ。
止める朔夜の声は聞かなかったことにした。
言継ならば私を抱っこして連れ戻せただろうけれど、朔夜には無理である。私は自由だ。
……まぁ、遠くには行かないけど。
植物の側にしゃがみ込む私に、溜息をつきながらも朔夜は付き合ってくれる。
そうして力の練習が始まった。