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俺とルルが現場へと向かうと一頭の大型の魔物と3人の冒険者が戦っていた。
魔物は獅子の頭を持ち、背には大きな翼を生やしていた。さらにその臀部には2匹の蛇が這いずっている。
「あれはキマイラなの。何でこんな穏やかな森に……」
「そうだな。キマイラはもっと人里離れた山岳部に住まう魔物のはずだ。討伐ランクは確かB。D~Fランク向けのこの森にいていい魔物じゃない」
キマイラは非常に獰猛な魔物だ。獅子の頭からは強烈な炎が飛び出し、背に回っても毒蛇が牙を剥く。間違っても初心者冒険者が相手にできる魔物ではない。
キマイラと戦っている三人は見たところ駆け出しとまではいかないまでも高ランクの冒険者とは到底思えない。まず勝てないだろう。
実際に三人は逃げる算段を考えているようだ。勝てない相手なのだから当然だ。
しかしキマイラは執念深い。狙った獲物はまず逃がさないと言っていい。不用意に背を向けようなら一気に殺される。
今は何とか剣士の二人で抑えている状況。もう一人は魔術師のようで魔法を唱える準備をしていた。おそらく抑えている隙にどでかい魔法でもぶちかまして逃げるつもりなのだろう。
しかしその時だった。キマイラはその重量のある前足で前衛の剣士二人をはじき飛ばすと、魔法を唱えようとしていた魔術師に突撃した。これはまずい。
「ルル、助けに行くぞ」
「はいなの」
すかさず俺は魔法を行使する。
「万物を動かす風よ、敵を吹き飛ばせ。『風の嵐』」
魔力で生じた突風は、今まさに魔術師に襲い掛かろうとしていたキマイラに直撃し、大樹に激突した。
しかしこの程度の中級魔法ではもちろんキマイラは倒せない。
「ルル。あの三人を頼む」
「かしこまりなの!」
俺はルルに三人の冒険者を任せ、キマイラの前に立つ。どうやら相手方も自分を吹き飛ばしたのが俺だと理解し、完全に俺に標的を移したようだ。
「ここは引いてください。相手はあのキマイラです。魔術師ではまずかないません」
すると疲れで掠れた少女の声が聞こえた。それはあのキマイラに襲われそうになっていた魔術師だった。
確かにキマイラは並みの魔術師では勝てないと言われている。なぜならキマイラの纏う表皮は魔法を弾くからである。
しかし俺は戦闘もバリバリこなせる超天才の魔術師だ。そんなキマイラの一匹や二匹相手にするなど造作もない。
「安心して見ていな。すぐにこのでかぶつをミンチにしてやるから」
「女の子の前ではすぐに恰好つけたがるの。相変わらずなの」
うるさい。黙ってみてろぺったんこ!
すると瞬間、キマイラの強大な右手が俺の目の前に覆い被さろうとした。
「おっと」
危ない危ない。ちょっと目を離した隙に攻撃してくるとは。
しかしたかがその程度の不意打ちを見切れない俺ではない。確かに通常ならすぐにあの世行きだろうが、俺は今『風の浮遊魔法』を纏っている。その機動力たるやそこらの剣士を上回る。
「油断は駄目なの。しっかりするの」
「はいはい分かってる。『武器召喚』」
俺は左手に剣を呼び出した。わが母国マルクィートで採れる魔法鉱石ミスリルでできた剣だ。キマイラの分厚い皮膚に弾き返されることはない。
キマイラはここで灼熱の炎を吐いてきた。俺が近接戦に移るとみたのだろう。そこそこ知恵がはたらくようだ。
キマイラの炎は骨まで溶かすと言われている。まともに喰らえば見るも無残な姿になってしまうだろうが、しかし当たらなければどうってことはない。
『風の浮遊魔法』を纏っている俺は軽くそれをかわし、まずはキマイラの尾を切り取った。切断面からは深紅の液体が飛び散る。
そしてそのまま俺は左の後ろ脚と前脚を切りつけていった。脚を切られたことでバランスを崩したキマイラはそのまま倒れた。だがこれで終わりではない。とどめはこれからだ。
「聖なる光よ、風を纏いて顕現せよ。『風光の十字架』」
巨大な光の十字架が緑色の風の魔力を纏い、キマイラに突き刺さる。これは風魔法と光魔法を合わせた俺専用の独自魔法。以前論文として提出したらこれを試した宮廷魔術師(あのギルドマスターの息子)が上手く風魔法と光魔法を合わせきれず暴発させてしまったらしい。実に悲しいことだ。
何はともあれ、これは魔物を弱体化させる光魔法と殺傷力の高い風魔法のブレンド魔法。いくらキマイラが魔法に強いとは言え、さしものこれには耐えきれまい。
キマイラはもはや肉片一つ残さず消え去った。