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渋っているルルはさておき、俺は冒険者登録をするべくさっそく冒険者ギルドへ訪れた。
「くれぐれも目立つことはしちゃだめなの。分かった?」
「まるで俺が何かしでかすとでもいいたげなようだな」
「あら、違ったの?」
「ガキじゃあるまいしそんなことするわけがない。まぁ、俺の華麗なる容姿に女どもに群がられるなんてことはあるかもしれないがね」
「本気で言ってるの? もじゃもじゃの天然パーマの癖に」
「天然パーマは関係ない。それだったらお前もただのもじゃもじゃの物体じゃないか」
「むっ」
「いって!?」
肩に乗っているルルが俺の耳に噛みついてきた。
おい、やめろ。ここで喧嘩したらそれこそ目立つじゃないか。お前がその原因を作ってどうする。
俺は手でルルを制し受付のギルド職員の兄ちゃんのところに向かった。
ギルド職員っていったら看板となる可愛い女の子を期待していたが、そんなことはなくどこにでもいる若い男だった。
残念だったな。もし女の子だったらワンチャンあったかもしれなかったのに。ワンチャン。
「どのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録がしたい」
「かしこまりました。それではこちらの書類にご記入をお願いいたします」
ギルド職員が手渡したのは冒険者登録書。裏には情報漏えい防止の魔術式とともに、雇用契約の魔術式が描かれていた。俺は登録契約の諸注意に目を通した後、自身の名を書き、血判を押した。
「ありがとうございます。では次に何か身分を証明できるものはお持ちでしょうか」
俺は身分証明書を提示する。マルクィート国立魔法学院に卒業する際に発行された正式なものなのでれっきとした身分証明書と言えるだろう。
「はい。えっとライカ=エルモート……、ライカ=エルモート!? あの魔法学院で有名だった……」
途端、ギルド職員の兄ちゃんが大きな声を上げた。
まぁ当然か。俺の名はこの国では有名すぎると言ってもいい。何せ魔法学院創設以来の多大な成績を持って卒業したのだから。
あの時には少し前まで勤めていた研究機関だけではなく、宮廷や軍、ここのギルドからもスカウトが来たほどだ。
「まぁね。やっぱり俺くらいの大物なってくると脳筋ばっかの冒険者ギルドでも名が馳せてしまうものなのだね」
このギルド職員だけでなく、周りの冒険者たちも俺のことに驚き騒ぎ始めたようだ。『あれがあのライカか』、『これやばくね』とか。やっぱり有名人はつらいね。
「やばい……。ギルドマスターにこのことが知れたら……」
「ギルドマスター?」
するとその時、奥にあった豪奢な扉から一人の爺さんが出てきた。
「何じゃ、この騒ぎは」
「ぎ、ギルドマスター!」
どうやらあの爺さんはこの国のギルドのギルドマスターのようだ。
ならやるべきことは一つしかないな。
「おい、爺さん。この騒ぎの原因が分かるかい? 俺にはあまり分からないのだけども、俺の名を言った途端こいつらが騒ぎ始めたんだぜ――」
「このクソガキ!!」
途端、強烈なジジィの拳が飛んできた。
突然のことに神懸かり的な反射神経でぎりぎりで回避する俺。肩に乗っていたルルは驚いて床に降りてしまった。
「何すんだこのクソジジィ!!」
「お前ライカ=エルモートだな!?」
「そうだがそれが何か?」
名前だけでなく顔も知っているとはなかなか珍しい。
いや、ギルドマスターという立場であれば学院での魔法戦闘大会に顔を出しているはずだから、三連覇した俺の顔を覚えていても不思議ではない。
しかし本職が研究職とはいえ、ずば抜けた戦闘技術をも併せ持つ俺をこんな邪険に扱うなんてどうかしている。もしかしてこれがこのギルド流の歓迎のしかたなのか?
「お前のせいでな、ワシの息子が大変なことになったんだぞ!?」
「あんたの息子?」
こいつの息子になんか迷惑でもかけてしまったのか? しかし皆目見当もつかない。
「覚えていないのか? お前の研究の実証をしていた宮廷魔術師のことだ!!」
ここで懲りずにまた拳が飛んでくる。
さっきは不意をつかれたが、今度は余裕を持って避けきることができた。
それにしてもびっくりだ。俺の実証魔術師がこの爺さんの息子さんだったとは。
「それはお気の毒。俺の崇高なる風魔法の研究に付き合いきれないとかさぞかしそのお子さん、出来が悪かったんでしょう」
「このガキ!!」
「やめてください、ギルドマスター! ここで暴力を振るってはあなたの名声に傷がついてしまいます!」
再度暴力をふるおうとしたギルドマスターだったが、さすがに今度は受付の兄ちゃんが止めてくれた。
荒々しい冒険者と対面する職業ゆえか、なかなかに逞しい上腕二頭筋を持って押さえつけてくれた。
「まぁギルドマスター。過去のことは水に流しましょう。息子さんのことは置いといて俺は冒険者としてここに来たんだ。別に優秀な人材がやってくるのに問題はないでしょう? そうかっかなさっていてはお体に障りますよ」
「この、抜け抜けと……。だがな、俺の目が黒いうちはお前をこのギルドに足を踏み入れることは許さんからな」
「それは強引な。冒険者ギルドとはそもそも冒険者の貴賤を気にしないところであったはず。ましてや個人的感情で拒むのはいかがなものか?」
「別にお前を冒険者にするのを拒むとは言っていない。このギルドに足を踏み入れるなと言っているのだ!」
ああ、なるほど。つまり冒険者にはなれてもこの国で活動するなということか。理解した。
「しょうがない。俺もこんな爺さんがいたのではやりにくいからそれは呑もう。受付の兄ちゃん、とりあえずその文書の処理はしておいてくれ。それじゃあ」
「もう二度と来るなよクソガキが!!」
ギルドマスターの爺さんが顔を真っ赤にして言い放つ。
安心しろジジィ。俺もお前みたいな癇癪持ちにごまをすり続ける人生なんて二度とごめんだ。
しかしあの教授といい、このジジィといい、最近の年寄りは無駄に切れるからどうしようもないなまったく。
俺がジジィになってもああはなりたくないものだ。
「あなた、やっぱり目立ってしまったの。それも悪い方に」
俺に並行して歩くルルはどうだと言わんばかりに顔を上げる。
「馬鹿を言うな。あれはあのギルドマスターのジジィが癇癪持ちだったのが悪い。あんなのがいなかったら何事もなかったさ」
「また人のせいにして。そろそろ自覚した方がいいの。あなたはトラブルメーカーだってこと」
「ふん、天才というのはなかなか理解されない世知辛い人種ってわけだな」
「すごい解釈のしかたなの。私もそのポジティブ思考見習いたいの」
まぁともかくだ。
一応は冒険者になれたわけだし、さっさとこの国を出て新たな活動地を探すかね。