1 上司とのいさかい
マルクィート王国にあるマルクィート国立魔法学院。
ここでは世界中から志の熱い魔術師候補たちが切磋琢磨しあい優秀な魔術師へとなっていく。
この学院は常に弱肉強食にして成果主義。成果を上げられなかった者は半月も経たずに辞めてしまい、優秀な者しか残らない。
そのためこの学院は自然と世界最高峰の人材を揃える魔法学院となるのだ。
そしてこの魔法学院のなかで数百年、いや数千年に一人と言われる大天才が現れた。
彼は魔力量が多い学生ばかりが集まる学院の中でもずば抜けて莫大な魔力量を持ち、せいぜい4つ扱えるのが限界と言われる六大属性魔法のすべてを扱えた。なかでも彼が扱う風魔法は誰も右に出るものがいなかったという。
当然彼は首席で学院を卒業。その後は王国の魔法研究機関に破格の待遇で招待され、風魔法の権威としてこれからの将来を待望された。
その彼の名はライカ=エルモート。
そう、この俺だ。
「エルモート! エルモートはいるか!!」
俺の研究室のドアからドンドンと乱暴なノック音が響いてきた。この怒り声はスーザン教授か。また来たのかあのジジィ。
「はいはい、今開けますから静かにしてくれませんかねぇ。頭に血が上りすぎてぽっくり逝っても知りませんよ」
俺が紳士的に迎え入れようとドアに手を伸ばしたがその前に教授がドアを思いっきり開けズタズタと踏み込んできた。人の研究室なのだから礼儀くらいわきまえてほしいものだ。
「エルモート! この論文はなんだ!!」
教授は持っていた紙束を俺の机に叩きつける。
「ああ。例の風魔法を用いた浮遊魔法ですよ。無属性の浮遊魔法と違い流れるように移動することができ、かつ消費魔力を抑えられる画期的な発明なんですがね。それがどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるか! この魔法の実証をした宮廷魔術師がどうなったか分かるか!?」
「あまりに素晴らしい魔法に涙を流してしまいましたか?」
「違う! 魔法を使った途端あらぬ方向に吹っ飛び壁に激突! 全治半年の大怪我を負ったんだぞ!」
「おかしいですねぇ。俺がやった時はまるでワルツを踊っているかのような華麗な空の旅ができたんですけどねぇ。しっかり論文通りやったんですか?」
「やったに決まっているだろう! それにも関わらずお前の研究でまた起こったんだ!」
『また』というのはこうして俺の論文の実証が失敗したということである。
「どの研究も俺の時はしっかりできたんですが。ここまでくるとその宮廷魔術師の方に問題があるんじゃないですか? この程度もできないなんて宮廷魔術師も底が知れますね」
「それ以上言うと王国に対する不敬罪にあたるぞ? ともかく! お前はこの1年で実に12回も不始末を起こしている! これ以上何かしてみろ? どうなるか分かっているんだろうな?」
「そりゃあ上司であるあなたの首が飛ぶでしょうね」
「ああそうだ。そうなったらお前をぶっ殺してやるからな! 覚悟しとけ!」
教授はそう言葉を残して帰っていった。 全く、あの老人がここに来る時はろくなことがない。
「あなたは相変わらず怒られてばっかなの」
俺に声をかけてきたのは背後にいる緑色の毛むくじゃらの猫、もとい俺の従魔である猫又のルルだ。
「毎回そうだが怒られているのは俺が悪いからじゃない。俺の風魔法を理解できないあいつらが悪い」
「そりゃあ、あなたの魔法は風の霊獣である私であっても難しいの。それを風を極めてもいない人間が扱うなんて厳しい話なの」
「ふん、なら黙ってこの俺を崇め奉ればいいんだ」
「そういうわけにはいかないの。この国の研究機関は戦力拡大を目標に誰でも使える汎用的な魔術の開発、改良を目指しているんだから、あなたオリジナルの魔術を採用するなんて土台無理な話なの」
ルルはつまらなそうにあくびをして足で頭を掻く。
国の研究機関に来て早1年。魔法学院首席から抜擢された今の地位だが、これほどまでにつまらないものになるなんてな。これも俺の数々の革新的な発明を無駄と切り捨てる無能どもが悪い。
まぁルルの言う通りそれもしかたない。誰も俺以上に風魔法を極めているやつはいないんだ。凡人では俺の発明した魔法を使いこなせないのは当然か。
そもそもこの研究機関は新しい魔法の発掘というよりも、誰でも使えるよう魔法を改良することを評価する傾向にある。なぜならそうした方が国としての総合的な魔法戦力が上がるからだ。
「これからどうするの、あなた? スーザン教授曰く、次はないそうだけど」
「どうしたものかね」
正直な話、俺にこの研究機関は向いていない。魔法を研究すること自体は好きだが、凡人のために魔法の敷居を下げる研究なんて興味すらわかない。どちらかと言えば俺は新しい魔法を作って時代を切り開きたいのだ。そして俺にはその能力がある。
そんな優秀な俺にとってここははっきり言って不自由な鳥かごでしかない。
はぁ、もっと自由に生きてみたいものだ。今まで神童だともてはやされて生きてきただけに窮屈な生き方しかできていなかった気がする。
……転職でもするかね。