報告 (裏)
領主ラファイエの中途退出からうやむやになった報告会、デュオも聞くだけ聞くとたかぶった感情を静めに自前の傭兵部隊をいじm……しごきに行くと言って退出した。残ったのはセプテムとニクスだけだ。
お疲れと言うセプテムに誘われて、プルーヴィで彼が与えられている部屋へと連れてゆかれた。報告会で使われる部屋はあくまで重要な案件のために使われるからだ。
その部屋も全体的に飾り気のない、シンプルな部屋だったが、摘んできたのであろう小さな花が彩りを与えており、わずかに雰囲気が柔らかい。
テーブルを囲む席に奨められて着くと、侍女がソーサーとカップを並べて行く。ニクスは足をぶらつかせており、歳以上に幼く見える。侍女はそれを見てはしたないと叱るどころか頬を緩めてしまうのだからお察しである。
「ニクス、ありがとう。本当に助かった」
セプテムはニクスの言うことを全く疑っていなかった。立ち上がって静かに頭を下げると金糸の髪が垂れる。
「これは労力には見合わないがせめてものお礼だ」
と言って紅茶と思われるものを奨める。
しかしだ、さっきから湯気が立ち上っているわりに香りが貧相で礼と言うには粗末に思える。
だがまぁ、こう言うのだからよほど珍しいものなのかもしれない。カップを持ち上げて口に含み、
「苦っ!」
かろうじて吹き出すのを堪えたのだった。うへえと出した舌を引っ込めてセプテムを睨むと、
「こっちだよ」
と言いつつガムシロップを一回り大きくしたようなガラスの容器を差し出してきた。その中には白い半透明な液体が入っている。
器を掲げるように光に透かすように覗き込むと、液体は粘度が高いようでゆっくりと傾きを変える。顔に近づけたためか花のような淡い香りが漂っている。
「私のお勧めはこの薬茶の三分の一ほどの量だ」
そう言って自分のカップに白半透明な液体を入れて口にするのを見るが、先ほどのこともあるので、ニクスはおずおずと真似る。一度熱いねこまんまで痛い目にあったねこが警戒するようなものだ。目を閉じてプルプルと震えながらカップを小さな口につけるニクスをセプテムは穏やかな表情で見ている。
「美味しい!」
次の瞬間にはパッと花が開いたように表情を明るくするニクスだった。
「ハニー・ベア・ビーという蜂の魔物は四方で確認されているようなんだけどね、帝国では彼らの吸う花の密のせいか身体が白いんだ。だから帝国ではその花ハクロにちなんでハクロ・ビーと呼んでいる。そのハクロ・ビーの作る蜜だ。」
さっきは表情を曇らせた苦みは後から加えたハクロ蜜(ハクロ・ビーの蜂蜜)によって程よいアクセントとなり、蜜自体の爽やかな香りが心地好い。何よりハクロ蜜は蜂蜜と言ってもえぐみがな
くスッと甘味が引くのだ。
「当然ながら巣を狙えば襲い掛かってくるし、倒してしまえば収穫量が落ちてしまう。ハクロ蜜はとても希少でお金があれば手に入るというものじゃないから存在自体広がっていないんだ」
カップを手に上品に口にしながらセプテムは言う。
「元々は病弱だった私が飲む薬茶が苦くてね、こっそり用意してくれたんだが、今となってはこれがハクロ蜜の一番美味い飲み方だと思っているよ。最もニクスのおかげで薬茶が必要なくなってしまったけどね。」
セプテムの言うことも耳半分にニクスはハクロ蜜入りの薬茶に集中していた。自分の牧場より美味しいものを食べているところなんてない!と思っていたのにこれはなんたることであろうか。自らの傲慢さを諌めるお茶を再び口にしようとしたとき、
「で、ニクス。先ほどの報告は言わばよそ行きなのだろう?」
口元にもっていっていた手が震え、カップの中の液面に波紋を描く。隠しきれないどころかあまりにも正直に態度に表してしまったニクスは困惑していた。
顔を上げるとセプテムが穏やかに笑いながらニクスを見ていた。
やられた、と思う。警戒させてホッとした……させた瞬間を狙ってこちらを揺らしに来たのだ。
「どうしてそう思った?」
動揺を落ち着けようと思ったわけではなく、純粋にそう思ったことを口にしたニクスに、
「私にはなんとなくわかる。……ってそんな顔をしないでくれ。」
ごまかしていると思ったのかニクスが目を細めて睨みつけていた。
「……ニクスは帝国と王国の違いは何だと思う?」
帝国と王国、全く国柄が違う二国であり、質問の意味に戸惑うニクス。
「言い方が悪かった、帝国がなぜ“帝国“と名乗っているのか。どちらも王国ではいけないのか?文字通り“帝国“と“王国“の違いは何だと思う?ということだ」
椅子の上であぐらをかき、腕を組んだニクスはうー、と唸って考えている。その服でその座り方は折れそうなほど細いが、シュッと締まっている健康的な脚が一部露出していて危うい。
古代中国のことを思い出してみたが、歴史の授業の記憶は役に立ちそうもなかった。
「て、帝国の方が王国より上だぞ~、みたいな?」
首を傾げてそう答えたニクス。セプテムは首を振ってそれに応える。
「ニクスがどうしてそう思ったかには興味があるが、帝国は王国に対して立場を振りかざしたことはないし、これからもないだろう。だが、ニクスの言い分が完全に間違いということもない、かな。時代は神話にも遡る。王国の初代国王は神の代行者とも謳われる真人様によって冠を授けられたと聞いている。だが、初代国王様は紛れもなくこの地の人間だったと言う。一方で帝国の国祖シグムンド・ルグリア・ド・オーズ様は自身が真人だったと伝えられている」
その内容にはニクスも驚きを隠せない。LETは18禁ではない全年齢対象のゲームだった。当然ながら性的な行為は非対応だった。
最も黎明期のVRゲーム機である、本体はもちろんソフトの値段もお高く、ゲームとして子供に容易に与えられるものではなく、プレイヤーの平均年齢は高かったのだが問題はそこではない。
プレイヤーが初代皇帝としてやることをやったということは考えられないので、NPCの真人が居て、シナリオが進んでいたのだろうか。
「そのことから当時王国と同列には出来ないと紛糾した者もいたらしいが、当のシグムント様自体が初代の国王陛下を認めていたこともあり、名を帝国としたものの、立場は対等であると仰った。帝国民は生まれると親族から初代様の話を聞かされて育つ。初代様の言葉に逆らう者はいない。我の強い帝国民が皇族の名の下に従うのは初代様の威光のお陰と言うわけさ」
なるほど、教育的に問題はあるような気がするが、自らの国に対する敬意と誇りを感じられる。何より500年の時を経て未だに皇族が敬われているのなら、初代皇帝に続く者たちもその名に恥じぬ生き方をしてきたのであろうと思われる。
「最も、皇族と言ってもやっていることは他国との折衝だけだけどね」
とセプテムが少し恥ずかしそうに付け加えたのは、自慢しているようで恥ずかしくなったからだ。
しかし、ここまでの話では何が言いたかったのかイマイチ話が見えないのだ。
「初代様より500年以上の歳月が流れ、真人様の血はもうすっかり薄れてしまった。」
そう言うセプテムの表情には真人への憧景と寂しさが相まっていた。
「だが、時折皇族の中には不思議な力をもって生まれてくる者がいる。皇族には身体的に優れた子が生まれやすいがそれとは別だ。」
そう言ったセプテムの表情はどこか困っていた。
「自分自身ではそんな気がないのだが、私もそうらしい。私には人が見えていないものが見えている、と。私は“天啓“と呼んでいるが、人がと話をしていて違和感を感じたり、こうすべきだという確信が妙にはっきり感じられるんだ。デュオ兄はともかく、他の兄弟には煙たがられたのさ“どうして役にたちそうもない弟にそんな力が“ってね」
「それで私の言うことにも違和感を感じた?」
「そうだな、嘘はついていない、言っていることは本当だが、話していないことがあるといった感じか」
「……鑑定、してもいいかな?」
驚愕のニクスに頷くことでセプテムは応える。
名 前:セプテム・ベルラント・ド・オーズ
年 齢:26
所 属:オーズ帝国
役 職:第7皇子
健 康:最良
スキル:【第零感(覚醒)】【話術】【交渉】
「……第零感」
個人情報に配慮して必要最低限だけ確認したニクスが注目したのは一つのスキル。尚年齢と健康状態は一応確認だ。
「大霊感?本当に見えないものが見えているということか?」
全てのクラススキルを習得しているはずのニクスにもわからないスキルであった。
「違う。直感のことを“第六感“と呼んだりするけど、その0番目っていうのはわからないな。だが話を聞いた限りこれの影響だろうな」
ちなみにスキルコレクターとしてニクスはちょっと羨ましく、自然とジト目になってしまい、セプテムはわけがわからず疑問符を浮かべている。
「黒曜の森が消え去った。」
「は?」
「敢えて言わなかったことだよ。竜との戦闘の余波で吹き飛んだ。調査隊を編成して向かわせても空振りに終わるかもしれないな」
セプテムは珍しく驚いた顔をした後に堪えきれないとばかりに笑い出す。
「ははは、怒るとでも思ったのか。国の恩人にそんなことは言わないさ。無事で帰って来てくれて良かった。始めに姿を見た時は心臓が止まるかと思ったぞ」
「う、うるさい!あんな会議のことなんて聞いてなかったぞ!」
「すまない。私が問題は解決した、と言って済むレベルの問題ではなかったのでな。調査した者から直接報告を聞きたいと言われればどうしようもなかったのだ。後のことは何とかしてみせるさ、ありがとう」
「ふん、やるべきことはやったからもう帰るっ」
後ろ手に手を振りながらニクスの姿が宙に消える。
「……ふぅ。」
ドサッと椅子に越しかけるセプテム。彼の【第零感】はニクスがまだ何かを隠していることを告げていた。
……同時にそのことに触れるべきでないことも。
「さて、残りの問題に備えるか。これ以上ニクスに頼ってばかりもいられないしな。」
カップに手を伸ばす。中身はすっかり冷めきっていたが、
「これは冷たくても美味しいな」
セプテムは書類に目を通し始めた。




